第8話『夢を輝かせる』とは
放課後になり、夕日が落ちる頃、仁は瑠美菜が路上ライブをする場所にやってきた。
仁は辺りを見渡す。
聖城らしき人物は見当たらない。
瑠美菜がライブを終えたところを仁が話しかける。
「成海、おつかれ」
「あ、桐生くん。今日も来てくれたんだ! ありがとう!」
瑠美菜は踊った後で額に汗をかいており、爽やかな表情をしている。
その輝かしい表情は本物のアイドルのようだと仁は思った。
「成海、この後少し時間いいか?」
「え? うん、大丈夫だよ。ごめん、ちょっと着替えてくるから待っててもらっていい?」
「ああ」
瑠美菜はそう言って、近くのトイレまで駆け足で去って行った。
「…………」
瑠美菜に母のことを問いただすべきか。
わざわざ秘密にしていたんだ。それを問いただして、不安にさせるのもアイドル活動に支障が出るかもしれない。いやしかし、この話をしなければ話は進まない。
仁はこの先どうしようか悩んでいると後ろから急に肩を叩かれる。
「精が出るね」
「っ!」
勢いよく振り返るとそこには笑顔の白髪の男が立っていた。
「お前は、聖城真白か?」
「キミは、桐生仁くんだね?」
聖城は飄々とした態度で仁に微笑みを向ける。
異様な雰囲気を持った人間だ。飄々とした態度、と一言でいっても霞のような態度とはまるで違った。仁を見る目はまるで面白いおもちゃを見つけた子どものように純粋で、しかし狂気的な興味を持ったものだった。
「俺に、何の用だ」
「キミと一度話がしたかったんだ」
「なんだと」
「本当は色々とゆっくり話したいんだけど、とりあえず、成海瑠美菜から手を引いてくれないかい?」
聖城は笑顔で言う。
「俺がその提案に乗ると思うか?」
「良い提案だと思うけどね」
「どういう意味だ?」
仁は眉間に皺を寄せる。
「キミもバンカーならわかるだろう、彼女のアイドルとしての素質が」
「……」
聖城は仁の肩に手をやる。
彼女、成海瑠美菜の素質はわかっている。
アイドルとしての素質はいまいちだ。
しかし、アイドルになりたいと思う気持ちは本物だ。
「あいつには、アイドルとしての素質がある」
「へぇ」
聖城は相変わらず不敵な笑みを向ける。
「だからお前には譲らない」
「後悔するよ。キミじゃ彼女の輝きを増すことはできない」
「お前ならできるっていうのか」
「僕にはできる。彼女の夢を叶えることを」
聖城は手を広げ、空を見上げる。
夢を叶えることができる、か。
「夢を叶えるのは、成海自身だ」
「……バンカーらしい考えだね」
聖城は目を細めて仁を見据える。
夢を叶えるのは本人のやることだ。
その夢を叶えるために支援するのがバンカーの務めだ。
仁は聖城を真っ直ぐ見つめる。
「聖城、お前の目的はなんだ?」
「聡いキミならわかるだろう。とてもシンプルだ。成海瑠美菜の夢を輝かせることだ」
「夢を輝かせる? いまいち要領の得ない解答だな」
夢を叶えさせるならわかるが、夢を輝かせるとはどういうことだろうか。
「この言葉を知らないんだね。まあきっと、いつかわかるさ。とにかく、キミの気持ちはわかった。成海瑠美菜から手を引くつもりはないんだね」
「ああ」
仁はきっぱりと言い放つ。
「そうか。それじゃあ今日はこの辺で。また会うことがあるだろう。その時に気持ちが変わっていることを願うよ」
「…………」
そう言い残し、聖城は夕日と共に去っていった。