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第6話 バンカーであった母

 仁が聖城の件について霞に聞いた翌日、学校で瑠美菜に接触していた。


「成海、ちょっといいか」


 昼休みに仁は、弁当を食べている瑠美菜に話しかける。


「う、うん。どうしたの?」


 仁は手近の席に座る。


「最近、路上ライブの調子はどうだ?」

「うん、いつも通りやってるよ。そう! 最近は見てくれる人もいるんだよ!」

「そうか、それはよかったな。ちなみに、どんな人が見てくれるんだ?」


 探りを入れる。聖城がどれだけ瑠美菜に近づいているかを知りたい。

 それによってはこちらの動きも変わってくる。


「うーん、若い女の子とか、サラリーマンの人がね、見てくれるの。継続は力なりだね!」


 瑠美菜はぱっと笑顔を仁に向ける。


「そうか。他には? たまに見かける変わった人とかいないか?」

「変わった人? 特に変な人には見られていないと思うけど……」


 瑠美菜は不思議そうに首を傾げる。仁は顎に手をやる。

 

 そうか。聖城は直接、成海に接触していないのか。

 ということは、まずは様子見といったところか。

 もしくは、単なるファン?

 いや、それはないだろう。


「なんか、変な人がいるの?」


 瑠美菜が不安そうに尋ねる。


「いや、そういうわけじゃない。若い女子が毎日路上ライブをしているんだ。悪質なファンがいないか心配になってな」

「心配してくれるんだ。やっぱり、桐生くんは優しいね」


 瑠美菜は微笑む。


「そんなんじゃない。俺は優しくない」


 そう、優しくない。

 常に利益のために動いている。

 自分の不利益になる要素は排除しておきたいだけだ。

 それに、瑠美菜に対する評価が変わった。


 霞が警戒するほどの大したバンカーが成海に近づいているということは、瑠美菜がそれなりに何らかの価値があるということの裏返しともとれる。


 それは、おそらく大きな金のチャンスだ。


「ううん、桐生くんは優しいよ」


 瑠美菜は綺麗なロングの茶髪を横に揺らす。


「どこがだ?」


 仁は眉間に皺を寄せる。


「だって、桐生くんのおかげで、私、なんだかアイドルになれる気がする。自信がついたんだ。実際、見てくれる人も増えたし」

「それはお前の努力と実力だ。俺は何もしていない」


 事実、仁は何もしていない。そもそもバンカーはプロデューサーやコーチではない。そういった人物を紹介することはあるが、基本的には顧客自身で夢を叶えてもらうのが前提だ。バンカーの仕事は顧客の能力を評価し、価値を売買することだ。


 それよりも、気になることがある。

 少ない観客の中で、成海は聖城に気が付かない。

 仁は霞のマンションに行ったとき、気になって聖城の外見について聞いた。


 どうやら、聖城は白髪の美青年とのことだった。

 だとしたら、目立つような存在だ。

 瑠美菜がそれにまったく気が付かないというのも違和感がある。


 いっそのこと、聞いてしまおうかと仁は悩む。


 白髪の人間はいなかったかどうか。

 いや、それは悪手だ。

 これ以上、瑠美菜を不安にさせるわけにはいかない。


「そうだ、俺のおかげだというなら聞かせてほしい」

「なに?」


 瑠美菜は弁当を食べながら、仁を見やる。


「お前はどうしてお金が必要なんだ?」

「それは……前に話した通りだよ」


 瑠美菜が目線を逸らす。


 やはり嘘だ。

 だとしたらなぜ嘘をつく。


「アイドルになるための資金を俺が出すと言ったらどうする?」

「え?」

「お前はアイドルになるための資金が必要だと言ったな。だから俺に接触した。違ったか」

「ううん、たしかにそう言った」

「もう、嘘はつかないでくれ。俺は、本当にお前の力になりたいと思っているんだ」

「じゃあ」


 瑠美菜は真剣な眼差しを仁に向ける。


「じゃあ、どうして桐生くんはそこまで私を支援してくれようと思うの? 私には才能がないみたいなことを言った。それが、どうして今はアイドルになるための資金をくれるって言ってくれているの? 何か裏があるんじゃないの?」


「…………」

「桐生くん言ったよね。隠し事は信頼に関わるって。私も、隠し事をされるのは嫌。裏があったら桐生くんを信頼できない」

「そう、だよな」


 仁は頭を掻く。


「俺は、お前の路上ライブを見て応援したくなった。お前には将来性がある。だから支援したいと思っているんだ」

「それは、本当?」

「本当だ」


 仁は瑠美を真っ直ぐ見つめる。


「そっか!」


 瑠美はぱっと笑顔になる。


「それじゃあ、その期待に応えないとね」

「ああ」


 結局、瑠美菜の秘密はわからなかった。

 これは、霞に頼るしかない。

 もし、その秘密がどんなものでも金にしてみせる。

 仁はそう決意した。




 霞は翌日、病院に来ていた。

 自分の治療のために来たわけではない。

 仁から頼まれた調査の件で病院に来ていた。


 どういうことか。

 それは、瑠美菜の後を付けたら自然とこの病院にたどりついた。

 病室の前に立つ。


 表札には『成海 留美子』と書かれている。


 おそらく、瑠美菜の母親の名前だろう。


 なるほど……そういうことね。

 霞は察する。

 ついでと言ってはなんだが、霞は他の病室にも足を運んだ。

 病室の表札には『桐生きりゅう氷花ひょうか』と書かれている。


 桐生氷花。桐生仁の実母。


「……桐生部長」

 氷花は霞の上司だった。とても優秀な上司で、将来、役員の席が約束されているほどの人間だった。しかし、氷花は役員の席に座ることなく、今、この病院で寝ている。

霞は病室に入ろうかと思った。しかし、入れなかった。

 氷花は銀行に対して強い不信感を抱いている。霞はすでに銀行から離れた人間だが、事件が起こった当初、霞は氷花に対して何もしてあげることができなかった。


 ただ一言、霞は氷花の一言を思い出す。


『人の夢を輝かせなさい』


 冷たく無表情で言う姿を思い出す。仕事に対して常に厳しい姿勢で取り組み、真面目に働いていた霞に対しても容赦なく叱責するほどだった。そしてそれは、霞だけではない。


 聖城真白もよく、氷花に叱責されていた。


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