第5話 欲望を叶える人間
霞が瑠美菜を観察した翌日、仁は霞から連絡があり再び、霞の住むマンションに足を運んでいた。
たしかに霞は仕事が早いが、いくらなんでも早すぎるのではないかと仁は不安のままやってきた。
そして、霞から言われたことは予想の斜め上をいっていた。
「仁くん、申し訳ないけど、今回の件は身を引いておいた方がいいわ」
霞が珍しく、真面目な調子で言う。
「どうしてですか?」
手を引けと言われて、はいそうですかと言って引き下がるわけにはいかない。
まさか本当に成美が反社に関わりがあるとも思えない。
仁も真面目に問う。
どうやら霞が悪ふざけで言っているわけではないことはこの時点で仁も察していた。
「聖城真白が案件に絡んでいる可能性が高い」
霞は適当な紙に『聖城真白』と書く。
「聖城 真白?」
「知らない? まあ、あなたは同業とはあまり関わらないから知らないのも無理がないわね。彼は私の元部下で優秀な人間だった」
「優秀だから、俺ではその聖城さんとやらに勝てないと?」
仁は眉間に皺を寄せる。
心外だ。
霞には一役買われていると思っていたが、そうではないのかと仁は怒りを露にする。
「そうじゃない。彼とは勝ち負けどうこうの話じゃない」
霞は表情を曇らせる。
「どういうことですか?」
「キミとは正反対の人間なんだよ」
霞はソファに寝転びながら言う。
「キミは言うなれば金の亡者、わかりやすい人間だ」
頭の後ろに手をやり、だらけたポーズを取る。
「でも、聖城くんは違う。何を考えているかわからない。いや、彼は――」
「……なんですか?」
「彼は、人間の欲望を叶えるためならどんな手段も厭わない人間なのよ」
「大したバンカー思想じゃないですか」
「まあ、そうともいえるね。キミは金のためなら何でもする。聖城くんは人の欲望のために何でもする。どっちが怖いんだろうね」
「……俺は、ちゃんと手段を選びますよ。基本的には」
仁は呟く。
「彼は常に手段を選ばない」
「どうして聖城はそこまでするんですか?」
霞はため息を吐く。
「わからない。それは、本人にしかわからないんじゃない? キミがお金に執着するのも、キミにしかわからないでしょ」
「……そう、かもしれませんね」
仁は俯く。
「まあ、そういうわけだから今回は手を引きなさいな」
「そういう訳にはいきません」
仁は即答する。
「どうして?」
「………」
理由をすぐには言えなかった。
どうして瑠美菜を支援するか、それは単に金のためになるからだろうか。
いや、将来性で言えば、そこまで執着するに値しない。
それでも――
「利益を横取りされるのは癪なんで」
「キミもやっぱり若いね~。老婆心で言わせてもうらけど、関わらない方がいい人間ってのはいるもんだよ。そのひとりが聖城真白よ」
柄にもなく、冷たい眼差しを仁に向ける。
「俺もできることなら面倒事は避けたいですよ。でも、成海瑠美菜は俺の顧客候補です。成海が俺を拒絶するまでは支援したい」
「強情だね」
「バンカーとしての意地ですよ」
「その意地は、お父さんに対しての意地?」
霞が笑顔で言う。
「……何を言っているんですか」
それを仁は苦笑いで返し、続ける。
「それで、成海の隠し事に関しては何かわかったんですか」
仁が問う。
「ごめんね~、聖城くんに出くわしちゃったからそこまでは調べられなかった。でも、キミの言う通り、彼女に特別なカリスマ性はない。それなのに、聖城くんが目をつけているには何か理由がある。私は気が進まないけど、キミが望むなら、そこらへんのところも調べてみるよ」
「お願いします」
仁は丁寧に頭を下げる。
霞はあくびをしながら言う。
「ふぁ~、どうなっても知らないよ」
「バンカーが危険な目に遭わされるのは日常茶飯事です。それぐらいの覚悟はできています」
「そっか、じゃあキミもさ、同じ学校なわけだし瑠美菜ちゃんの隠し事に関してはキミも探ってみてよ」
「はい」
仁はそう返事をして霞のマンションを後にした。
聖城真白。
霞が警戒するほどの人間。
一体、どんな人物なのか。
面白い。
かかってくるなら来い。
望むところだ。
聖城真白と桐生仁。
このふたりが出逢うとき、ふたりの人生に大きな影響を及ぼすことになる。