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第4話 最悪との遭遇

 仁は翌日の放課後、都内の高層マンションに足を運んでいた。

 15階の最上階に住む、ある人物に会いに来ていた。


「やっ、久しぶりだね。少年」

「お久しぶりです、霞さん」


 仁はゆっくり頭を下げる。

 稲葉いなば かすみ。今現在、仁が働いている丸壱銀行の元バンカーで現在は情報屋を生業としている。

 高層マンションの最上階に住むぐらいだ。相当の稼ぎがあることは想像に難くない。


 仁は霞を少し苦手に感じていた。

 飄々とした態度、人の心を見透かすようなブラウンの瞳に畏怖を感じていた。

 そんな苦手な霞のもとに今日来たのは、目的があるからだ。


「それで、今日はどんな相談?」


 霞が高級ソファに寝転がりながら問う。


 霞は長身黒髪の美人だ。しかし、それを意識させないほど、中身はズボラだ。

 いつも灰色のパーカーと水色のショートパンツを着ている。


 本人曰く、何着も同じものを持っているらしい。


 ソファに寝転がると、ショートパンツから下着が見えそうになっている。

 仁は目線を逸らし、口を開く。


「教えていただきたいことと、調べてほしいことがあるんです」

「えー面倒くさい」

「あなたの仕事でしょう」

「だってキミの持ってくる案件ってなんかいっつも面倒くさいこと絡みなんだもん」

「それは、すみません」


 たしかに霞の言う通りだった。


 仁が霞に頼るときはだいたい自分では踏み込めない領域のことだった。

 例えば、顧客が反社に関わりがあるかどうか、などだ。

 それを知るには当然、対象者に近づかなければならない。それが反社の人間だったら、反社に近づく危険性がある。

 そのように危険なことを毎回頼んでいるのだ。


「でも、今回はおそらく危ないことはないんで」

「ふ~ん、だったらいいんだけどさ。で、何が知りたいの?」

「それが――」


 仁は瑠美菜のことを話し、隠し事が何か、アイドル業界が今どうなっているかを問う。


「なるほどね~、アイドルか」


 霞は相変わらずソファでごろごろ転がっている。


「やっぱり、厳しいですかね」

「うーん、供給過多になっているのは間違いないけど、その代わり需要も大きいからね。それにアイドルといっても、テレビに出るようなアイドルもあれば昔からある地下アイドルなんてのもあるひろーい業界なわけよ」

「地下、アイドル……ですか?」

「まあ、詳しく話すと長くなるからさ。とにかくその子、瑠美菜ちゃんがどんなアイドルを目指しているか聞いてみるといいよ」

「はい、それで気になるのは――」

「瑠美菜ちゃんの隠し事だね」


 仁が言い終わる前に霞が口をはさむ。


「ええ、アイドルになりたいという意思と、俺にお金を要求してきたことにいまいち歯車が合わない。俺は、金を稼ぎたい。でも、もし煙があるならそれは避けたいんです」

「そうだね~でも、瑠美菜ちゃんがアイドルになりたいっていう気持ちは本物っぽいんでしょ?」

「はい、それは間違いないと思います」


 プロのバンカーとして目に狂いわないという自信が仁にはあった。


「さっすが、最年少バンカー。すごい自信だね」


 霞がニヤつき顔を仁に向ける。


「自信がなきゃ、最年少でバンカーにはなれませんよ」


 仁はそれを微笑で返す。


「ま、わかった。調べてみるよ。報酬は――」

「わかってます。金銭はちゃんと払います」


 今度は仁が口をはさむ。


「べつに高校生にお金をたかるつもりはないよ」

「急にどうしたんですか」


 今までちゃんと霞が仕事をすれば、仁はその仕事に見合った金銭報酬を渡していた。


 どういう風の吹き回しだろうか。

 霞がソファから勢いよく立ち上がり、仁に近づく。

 仁は後ずさる。


「報酬は、体で払ってよ」

「金で払います」


 仁はぴしゃりと言い放つ。


「つれないな~」


「俺は未成年なので、捕まりますよ」

「げ、そうだった」


 霞は残念そうに首を垂れる。


「冗談もほどほどにしてくださいよ。本来なら今の発言だけでもセクハラで訴えられますよ」

「こんな可愛い男の子とできるならお縄も歓迎」

「110番は簡単に押せて都合がいい」


 仁はスマホを手に取りだす。


「ちょっと! 冗談だってば! もう~ほんと、キミはそういうのに全く関心がないね」

「それはどうも」

「褒めてないよ~」


 細めた目を仁に向ける。

 何かにつけて霞は仁を誘惑する。

 それも霞を頼りたくない理由のひとつだった。


「俺は、金だけあればいいんです」

「はぁ、まったく。若者の台詞じゃないね~」


 ――そう。俺は金だけあればいい。

 金を持つ人間が勝者だ。

 そして、俺の野望には金が必要なんだ。


「霞さんもまだ若いでしょう」

「やだ、もしかして誘惑してる?」

「自意識に問題があるんじゃないですか?」

「あ、興奮してきた」

「それじゃあ、失礼します」


 霞が何か理解できないことを言っている間に仁は霞の家から去る。

 

 これで、瑠美菜の秘密がわかる。

 その秘密によっては早急に手を引かなければならない。

 そして、もしその秘密が利用できるものならば――

 利用して、金を稼ぐだけだ。





 霞はいつものパーカーにジーンズを履いて、外出していた。

 路上ライブをする瑠美菜を見るためだ。

 まずは対象人物がどんな人物かを見定めるため。

 仁の言うことを疑っているわけではない。


 これでも一応、霞にとって仁は信頼できる唯一の人物といってもいいし、仁の観察眼も買っている。しかし、万が一という場合がある。


 人間は千差万別だ。人間に超能力を持つ者はいないけど、特殊な技能を持つ人間はいる。


 例えば、男を魅了し、懐に入るのが得意な人物もいる。


 仁は人を見る目がある。しかし、経験はまだまだ霞からしたら浅い。そんな仁が瑠美菜に騙されている可能性を懸念していた。


 仁に言われた通りの場所に行く。

 すると、案の定、対象の人物だと思われる少女がいた。

 アイドルの衣装を身にまとい、歌って踊るアイドルが路上にいた。


「見た感じ、普通の子ね」


 霞は呟く。


 そして観察をする。

 仁の言っていた通り、総合評価はDもしくはCといったところだろうか。

 しかし、まだ情報が足りない。


 金に目が眩んでいる仁が、普通で平凡な女の子を相手にするわけがない。仁は常に金のために動く。そんな仁が加担している人物だ。何か、仁を魅了する何かがあるに違いない。


 しばらく霞は路上ライブを見ていたが、それらしい特殊なカリスマ性は感じなかった。


 強いていうなら、彼女は必死に歌い、踊っていることだった。


 どこか、焦っているように思える。


 大衆が彼女に目を向けないことは珍しいことではない。

 ほとんどの人間がこの路上でライブをしていることはよく知っている。

 ダンサー、シンガーソングライター、数々の人間がここでは路上ライブをしている。


 そんな中で特別見られる方が珍しい。

 霞が見たところ、彼女にその特別見られる素質はない。


 だとすれば、何があるのか。


 夕日が暮れ、夜も更け始めるころ、瑠美菜は一段落終え、帰る準備をしていた。

 彼女の手持ちは少なく、そのまま駅に向かっていた。

 駅のホームに行き、改札を通る。


 霞はその後を追う。


 瑠美菜はそのまま駅のトイレに向かい、個室に入った。

 どうやら着替えているらしい。

 霞もついでに用を足し、彼女が着替えるのを待つ。

 そして瑠美菜がトイレに出るところ、同時に霞も出る。


 瑠美菜は制服を着ていた。

 彼女は少し疲れた様子で歩いていた。


「本当に、こうしていると普通の女子高生ね」


 霞は率直な感想を言う。

 しかし、気になることがひとつあった。


「…………」


 彼女をずっと見ている人物がいる。

 ここまでは仁は気づかなかったか。

 人物の視線を察知するのは難しい。

 ましてや、それが自分に向けられたものでなければ尚更だ。


 それでも察知できるのは、元々人の視線に敏感で、情報屋として得た霞のスキルと言ってもいい。


 誰だろう。


 霞はあたりを見渡す。

 対象はひとり、男性といったところかしら。

 男性。

 その辺りで、その人物が誰かはある程度察していた。


 まだ年端もゆかない少女がいつも路上でひとりライブをしているのだ。

 それを心配に思う人間がいて当然だ。おそらく、瑠美菜の父親か。

 ただ、その予想が外れると、それはそれで問題だ。


 仁の言う、隠し事に何か関係があるかもしれない。


 もう一度、ゆっくりと辺り見渡す。

 しかし、その対象と思われる男性は見当たらなかった。

 霞が不思議に思っていると、急に後ろから気配を感じた。


 勢いよく振り向くと、そこには白髪の青年が立っていた。


「お久しぶりですね、稲葉課長」

「……久しぶりね、せいじょうじょうくん」


 最悪な人物と出くわしてしまった。


 こいつが、瑠美菜ちゃんを観察していたのか。

 これは、失敗したわね。

 この案件に仁を関わらせるわけにはいかない。

 霞はそう確信した。


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