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第2話 アイドルになりたい……?

 補修が終わり、仁と女子生徒は机を対面に座る。


「…………」

「…………」


 夕暮れが差し込む教室の中、ふたりの間には全くと言っていいほどロマンティックな雰囲気はなかった。むしろ、緊張感に包まれていた。


 仁が腕時計を見やり、銀縁の眼鏡をくいと上げる。


「それじゃあ、時刻17時6分までだ。とりあえず自己紹介をしてくれ」


 女子生徒は肩に緊張を込め、口を開く。


「う、うん。私は瞭綜学園特別推薦コース2年の成海なるみ瑠美菜るみなです。アイドルを目指しています」


 仁はクラスの生徒名簿を見る。漢字で、成海、瑠美菜、か。


「端的でいいな。それで、実績は?」

「実績?」


 瑠美菜が首を傾げる。


「そうだ。アイドルとしての実績は何かあるか?」

「い、いや……あ、そうだ! 昨日、路上ライブしたよっ」


 にこぱっと笑顔を仁に向ける。

 ああ、たしかと仁は記憶を蘇らせる。

 昨日、仕事帰りに路上ライブをしていた女がいた。もしかしたらそれが瑠美菜だったのかもしれない。


 やはりバイタリティーはあるみたいだ。


 多くの人間がこうしたい、あれになりたいというものの、では実際にそうなるための努力をしている人間は少ない。口だけで何もしない、できない人間が数多くいることを仁は知っており、そういう人間のことを見下している節があった。


 しかし、少なくとも瑠美菜が本当にアイドルになりたいという気持ちに嘘はなさそうだと仁は分析する。


「それは大したことだ。それで、周りの反応はどうだった?」

「うーん、ほとんど何もないかな。ちょっと見て、それですぐにいなくなっちゃう」

「まあ、そんなものだろ」


 仁は情報をノートパソコンに入力してゆく。

 周りの反応がないということは、歌唱力や表現力、カリスマ性が欠けているということだ。


 歌唱力や表現力はある程度は訓練でどうにかなる。しかし、カリスマ性は持って生まれたものだ。

 それがないとすれば、難しいかもしれない。


 仁が数々の顧客を担当し、成功させてきた人物にはどの人間にも共通してある種のカリスマ性があった。


 英雄的、預言者的資質、ただいるだけで心地よい気持ちにさせる資質、雄弁に物事を語る知識を持つ資質。


 瑠美菜はどれにも当てはまらなそうだ。


「うん。でもやっぱり、反応がないのは寂しいよ」

「それは苦痛だっただろうな」

「でも、アイドルの曲を歌って、踊るだけでも楽しかった。人前で歌って踊るとまるでステージに立つアイドルみたいになれた気がして」


 瑠美菜は照れ臭そうに笑う。

 メンタルは多少上下するものの、持ち前のバイタリティーもあって、悪くない。


「オーディションに応募したりしたことは?」

「あるよ。でも、全然通らなくて」

「そうか」


 芸能活動のオーディションは昔に比べ、ハードルが高い。

 今のご時世、エンターテインメントが求められる、需要があるということはそれに比例し、供給も多くなる。芸能人の数も飽和しており、本当に才能がある人間だけが選ばれる。


 それに、実績のない人間はオーディションの書類選考で落とすというのも仁は聞いたことがあった。


 金の卵だけが得する世の中なのだ。


 平凡な人間は敷かれたレールに従い進み、社会を支える歯車としてしか生きられない。


 仁はそういった平凡な人間を見下しているわけではない。むしろ、自身が銀行という歯車の一部であることも重々に承知しており、そういった社会を支える縁の下の力持ちの人間が必要だということを理解していた。


「それで、どうしてアイドルになりたいんだ?」

「それは……、その、昔見たアイドルの輝き? みたいのが忘れられなくて、私もそういう人になれればいいなと思って」


 平凡な動機だ。


 ただ、仁には別のことが気に掛かっていた。


 動機を話す瞬間、タメがあった。


 動機を話すのが恥ずかしいだけのタメか、それとも仁に何か隠しているのか。


 懸念事項として、ノートパソコンに入力する。

 その懸念を少し追及してみようと思う。


「関係ない話だが、いま、成海は何か悩み事とかあるのか?」

「っ」

「……」


 一瞬、瑠美菜は体をぴくと反応する。


「悩みかー、やっぱり勉強かな。今日も補修受けちゃったし」

「勉学との両立は大前提だ。努力が必要だな」

「うん。なんか、意外だね」

「何がだ?」

「桐生くんって最初、すごい怖いイメージがあったけど、意外と優しいんだね」

「優しい?」


 仁は眉間に皺を寄せる。


「うん、細かく聞いてくれて、それでちゃんと共感してくれる。聞き上手ってやつだね!」


 瑠美菜は両手を胸の前で組み、微笑む。


「仕事上、必要なスキルだからな。俺のことはどうでもいい。それで、本題だ。どうして金が必要なんだ?」


 瑠美菜は視線を逸らし、言いづらそうに口を開く。


「……調べてみたんだ。私なりに。今は個人株市場? みたいなのがあるんでしょ? 期待される人間が他の人たちから支援してもらうみたいな制度」

「少し違うが、だいたい合っている。よく調べたな。それで、それがどうした?」

「うん、例えばそれで支援してもらえれば、それはアイドルとして期待されてるってことになるのかなって思って」

「ほう」


 仁は素直に感心した。

 本来、個人株市場は期待される人間が個人株として投資されるシステムだ。

 瑠美菜はその制度を逆手に取って、投資されることによってアイドルの実績を証明しようとしているのだ。


「それで、どうしたら支援してもらえるかなって相談したくて」

「なるほどな。だとしたら、最初に言っていた金が必要というのはどういう関係がある?」


 瑠美菜は視線を泳がせる。


「それはっ、その、アイドルとして活動していくうえで活動費がある程度必要だから」


 仁は瑠美菜を真っ直ぐ見つめる。


「アドバイスだ」

「え?」

「隠し事はやめておいた方がいい。仕事の信頼に関わる。個人株市場は信頼を基にした制度だ。何か隠し事をしているなら言っておいた方がいい」

「…………」


 瑠美菜は押し黙ってしまう。


「……特に、ないよ」


 嘘だ。仁は確信する。

 それぐらいバンカーをやっているものならわかる。いや、嘘を見抜けない程度ではバンカーは務まらない。

 これが融資なら謝絶すればいいことだが、個人株案件にいたっては、謝絶するにはあたらない。


 しかしこれは、調査する必要があるな。

 反社会勢力に加担している人物なら個人株案件に携わるわけにはいかない。


 おそらく、瑠美菜は反社ではないだろうが、何か金銭トラブルを抱えている可能性はある。


 多くの借金をしているものにも個人株案件にはできるだけ携わりたくない。


 仁はため息を吐く。

 本当は頼りたくない人物にこれから頼らなければならないことに憂う。

 とにかく今は、もっと瑠美菜を知らなくてはならない。


「そうか。ちなみに、今度路上ライブをする予定はあるか?」


 仁は瑠美菜を真っ直ぐ見つめ、問う。


「できれば毎日、やろうと思う。この後も」

「勉学の方は大丈夫なのか?」


 仁がふと気になったことを問う。

 補修に参加するぐらいだ。もしかしたら勉学をおろそかにしているのではないだろうか。


「……それはー、まあ、頑張るよ」


 瑠美菜は視線を逸らし、自信なさげに言う。


「……ああ、頑張ってくれ」


 前途多難だ。


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