見つかったチーム
ジュエリーノゴの強盗から数日後。
オタは借金もなくなり、ダンやポール、ベティもそれなりの大金を得たことで生活に余裕が生まれていた。それぞれが思い思い過ごしていたが、リーダーからの招集を受けて拠点に集まっていた。
「いきなり呼び出して悪いな。そろそろ、次の仕事のことを考えなくちゃいけない」
「また強盗するのか?」
「まぁ待て。物事には順番があるんだ。先に説明をさせてくれ」
「前にも話したと思うが、俺は5年ほど前に大きな仕事に挑戦して、失敗し、捕まってる。当然、いつかリベンジを果たすつもりだが、前の失敗は準備不足が原因だ」
『具体的には調査不足だな。それと、不測の事態への備えもなかった』
チームの中で、唯一5年前の事件を知っているハリスが口を挟んだ。その言葉にオタが首肯し、全員の中に軽い緊張が走った。
「リベンジをするといっても、今の俺たちはギャングとも呼べない寄せ集めのチームだ。計画にかかる資金も人手もない。あとは情報を集めるための伝手もない」
「そこで、なるべく早く必要になるものがある」
「それで、また強盗をするって話か?」
「お金が無くて強盗をするのに、そのためのお金が無いから強盗をするって、意味わからないですね」
ダンとポールの軽口に少し笑うと、飄々とした態度で否定した。
「そんな物よりも先に必要なものがある。何度も言ってるだろ、物事には順番があるんだ」
「あ、わかった!! 仲間集めでしょ!!」
「ベティ、人手の調達には結局お金が必要になるんだよ……?」
『ベティ・クワン、正解だよ』
「え!?」
「やった~」
「より正確に言うなら、特別な仲間だ。つまりは、ハッカー」
「ハッカー……って、ハリスが居るだろ?」
『俺はあくまで情報担当だ。基礎的なハッキングスキルはあるが、名うてのギャングチームに居るハッカーは俺の数十倍は上だ』
「前回の強盗も、ハッカーが居ればもっと安全に実行できたんだ。ハリスの情報網のおかげでカバーできていたが、何度か危ない場面はあっただろ」
その言葉に強い心当たりがあるのか、ダンとポールが苦い顔をする。現場に居なかったベティだけは、金色のツインテールを揺らしながら首を傾げているが。
「最優先がハッカーの確保。そして、より大きな拠点の確保だ。仲間が増えれば、その分、仕事の幅が大きくできるからな」
『さっきも言ったが、俺たちはまだ寄せ集めのチームに過ぎない。【12人の巨悪達】とまではいわなくても、看板を掲げられるぐらいのギャングにはなることが目標だ』
「……なぁ、【12人の巨悪達】ってのはなんだ?」
「私も知らなーい」
「あ、俺は前にオタさんから聞いてます」
「【12人の巨悪達】ってのは、この国でもっとも有名な12グループのギャングたちだ。非公式ではあるが、事実上の国公認のギャングってことになる」
『彼らは、ラメカール議会、アリス研究所、ドラマティック・エデンのうちの誰かから後ろ盾を貰っていて、一定の献上金を理由にギャング活動が黙認される』
『例えば、ジュエリーノゴの元締め、【ジョーヌゲミニ】はドラマティック・エデンから後ろ盾を受けて活動しているし、オタに借金を背負わせた【オーアレオ】はラメカール議会から認可を受けている』
「それぞれ4グループ支援してるんですよね。互いへの抑止力も兼ねていますし、弱小ギャングの揉め事があった場合、国が対応しないための措置でもあるって聞きました」
「忘れてないようでなによりだよ」
「守銭奴のドラマティック・エデンは分かるんだが、議会とアリス研究所は国そのものだろ? しかもラメカール唯一の公的機関のアリス研究所がなんでギャングとつるむんだ?」
「【12人の巨悪達】はフロント企業を持ってるからな。公には、そのフロント企業と協賛って形をとってるんだよ。アリス研究所がギャングを囲ってるのは、私兵と実験体の確保のためって噂だぜ」
「……ベティ、さっぱり分かんないって顔だね」
「んー、あとでポールとハリスさんに聞くからいいや」
「とりあえずの目標は看板を掲げられるぐらいのギャングになること。それには、もう少し人を集めて、あと2,3回強盗を成功させなきゃいけない」
『それを足掛かりにして、【12人の巨悪達】の1つを潰して、ステップアップしてくのが良いだろうな。手っ取り早そうなのは……』
ハリスと通話中になっているパソコンからノイズが走る。彼の声が砂嵐に紛れて、途切れ途切れになると、拠点の外に1台の車が停まった。
ブツリと、通話の途切れる音が鳴ると同時に、車の中から1人の男がやってくる。
2mはあるかと思うような大男であり、顔には無数の切り傷の痕が刻まれていた。高級感の漂うワイシャツはギチギチに膨れ上がっており、服の上からでも屈強な肉体が見えている。
丸太のように太い腕で、かぶっていた帽子を脱ぐと、虎も逃げ出すような獰猛な笑みを浮かべて野太い声であいさつをした。
「よお、ゴミ虫共ォ。俺はブル・ウェストだ。俺のことを知ってるやつは居るか?」
「当然、知ってるよ。トゴメナ地区を縄張りにしてるギャング【スプルースタウロス】のボスだろ」
「【スプルースタウロス】って、さっきまで話してた【12人の巨悪達】の!?」
「おいおい、いきなりボスかよ」
「賢いお坊ちゃんが多いようで嬉しいねェ」
「そんな大物様が、ギャング未満の弱小チームに何の用で?」
「そう慌てるなよ。ちょっと、頼みごとがあってな」
ブルはニタニタと薄気味悪く笑っている。先ほどから応答しないハリスと、あまりにも嫌なタイミングで現れた男の頼み事に、さすがのオタも表情が崩れていた。
「お前ら、ジュエリーノゴを襲撃したらしいじゃねぇか」
「……さぁな? 何の話だ?」
「とぼけるなよ。すげぇことだろ。なにせ【ジョーヌゲミニ】に喧嘩を売ってるようなもんだからな。アイツら、今も血眼になって犯人を捜してるぜ。警察も諦めてるのに、よくやるよな」
「それが俺たちと何の関係があるんだ?」
「だからとぼけるなっての。こっちはちゃーんと調べてきてるんだぜ。なぁ、トム?」
大男が虚空に向けて軽く問いかける。
彼が呼ぶ名前に心当たりがあるのか、オタの眉はピクリと動いた。
ハリスと通話中だったパソコンの画面が光った。その画面には宝石をさばいてくれたドラマティック・エデンの商人、リチャード・クーパーとのやり取りが表示されている。
それだけじゃない。どこから入手したのか、ジュエリーノゴから逃げ出すオタ達の写真や、警察が見つけた不審車両と『バランスタンド』の店員、スティーブの死体についての情報もデスクトップ上に表示されている。
「これでも知らないって言うのか?」
「警察の捜査資料……」
「いや、警察も掴んでないような、俺たちの痕跡まで調べてあるぜ」
「そういうのは全部ハリスさんが処理してくれたんじゃないの!?」
「……リチャードもハリスも、それぞれどこかとやり取りするときは、隠匿ネットワークを使っていたし、証拠になりそうなものは全部消してある。そのネットワークをのぞき見したうえで、消されたデータを復元できるのは、俺が知る限り1人だけだ」
「やっぱり賢いねェ。さすが伝説様だ。その通り、てめぇの元・仲間、トム・グレイが協力してくれたのさ!!」
『ひさしぶりだな、オタ』
「こんな形で会うとはな、トム」
再びパソコンが通話を始めたかと思うと、その声はハリスのものではなかった。落ち着いていて、どこか悲しさを含ませたような声だった。
「お前も知ってると思うが、コイツはあのアリス研究所の職員だった!! 超一流のハッキングスキルを持ってる、お前よりも賢い坊ちゃんさ。てめぇが捕まった後、快く俺たちの仲間になってくれたぜ」
「……裏切ったのか、トム?」
『裏切った? 冗談はよせ。身に余る目標を掲げて、まんまと失敗するリーダーに誰が着いていくんだ。俺には俺の目標がある。お前に構って足止めされてる場合じゃないだ』
「……随分饒舌に話すじゃないか。俺たちと組んでるときはそんなじゃなかっただろ」
『こっちが素なんだよ。お前たちは信頼できなかったからな』
怒気すら孕んでいるような声。すっかり飄々とした表情は消え失せ、真顔になってしまったオタは顔を俯かせる。心配したダンが傍に寄ろうとしたのを手で制した。
「お涙頂戴感動物語をやってるところ悪いが、俺様の頼みごとを聞いてもらえるかなァ?」
「……脅迫かよ。ギャングってのはとことん趣味が悪いな」
ダンが悪態をつくが、意に介した様子もなくオタの前へと立ちふさがる。
彼を見下ろし睨みつけながらも、口元は嘲笑に歪んでいた。
「俺も鬼じゃねぇ、ちょいとばかり仕事を手伝ってくれるなら、トムに調べさせた証拠はまるッと消させてもらうよ。もちろん、俺や俺の仲間もその件はぜーんぶ忘れるさ」
「とりあえず、仕事の内容を聞かせてくれ」
「聞かせてくれ? おいおい、頼み方を知らねぇのか? 仕事を手伝わせてくださいだろ~?」
「クソ悪趣味だな……」
「何だ、ドライバー? 檻に入りたいなら、そう言ってくれればいいんだぜ?」
「……何でもねぇよ」
「…………仕事を手伝わせてください」
「それだけか~? やっぱりスラム育ちのクソガキは常識がねぇんだな」
「……ブル様、仕事を手伝わせていただけませんか? お願いします」
オタは噛み殺した声で言いながら頭を下げる。
今にもとびかかりそうなポールの腕をベティが抑えていた。そんな彼女の唇も震えている。
「伝説様が頭を下げるってのは滑稽だな。良いぜ、手伝わせてやるよ。俺は優しいからな~」
廃棄された小さなコンビニに、ブルの嘲笑が響いた。すでにトムとの通話は切断されているが、ハリスがつなげてくる様子はない。おそらく、通信をブロックされているのだろう。
「まぁ、今日は仲良くしに来ただけだし、仕事の詳細についてはまた後日、トムから連絡させるさ。いい関係でいようぜ、伝説様よォ?」
汚い笑みを浮かべながらオタの肩に手を回す。ブルの体はあまりにも大きすぎて、まるで小動物を押さえつける獣のようだった。
満足したのか、男は拠点を出ていき、車へと戻っていった。
薄暗い雰囲気だけが拠点を包み込んでいた。