手早く逃走
町中に響くパトカーのサイレン。ダンもポールも落ち着かない様子で窓を見回している。
電話の向こうでは、ハリスとベティが情報収集に勤しんでいるが、これと言って進展がないらしい。気休めに掛けていたラジオも、周りの音が聞こえにくいからと止めてしまっている。
ダンが髪の毛が無い頭をポリポリと掻く。
「やっぱりあんなふうに欲張らなきゃ良かったんじゃないか?」
「最後のダメ押しが無きゃ、俺たちの稼ぎは数百万単位になるんだぞ?」
「捕まったら0だ。盗ったものが増えても逃げ切れなきゃ無駄だ」
「いまさらこの程度の強盗で捕まるかよ。安心しろ、俺たちは必ず逃げ切れる」
「何の根拠があって……!!」
『喧嘩はそこまでだ。警察達が検問の設置を始めた。今、地図を送る』
「さすがハリーだ。この短時間で調べ上げるとは」
『先に言っておくが、俺の仕事は調査までだ。検問範囲の誘導がしたいならプロのハッカーを雇うか、警察側に知り合いを作るんだな』
「……Oさん、Dさん、これって!!」
ハリスから送られてきた地図には、いくつかの場所に警察のマークとバツ印が描かれていた。宝石店近くはほとんどの道にバツが描かれている。
幸運にも店がノゴ地区郊外だったおかげですでに警察が密集している地帯からは外れていた。
しかし、事前に決めていた宝石の隠し場所までの道は、全て検問で封鎖されていた。
事前に考えていたいくつかのルートや別な隠し場所も丸ごと全てである。
「おいおい、コレは予想外だぞ」
『それともう1つ、検問以外にも警察は動いている。その黒いバンで長時間同じ場所にとどまっていると怪しまれる。なるべく不審な動きをせず、街中を走れ』
「O、とりあえず車を出すぞ」
「やっぱり、あそこで欲張ったのがマズかったんじゃ……」
「P、物事には順番があるんだ。強盗をした時点で検問は必ずされる。たとえあの時早く逃げたとしても結果は変わらないよ」
「そういうOさんは妙に落ち着いてますね……」
「まあね、こういう想定外は何度も経験してきた。そのたびに乗り越えてきたし、むしろワクワクするぐらいだよ。せっかく悪いことをしてるんだから、もっと楽しまなくちゃ!!」
オタの顔はあまりにも純粋無垢な少年のようで、ひとえに言えばイカレていた。
「検問の突破ならいい方法がある。P、せっかく練習したコイツの出番だな!!」
「それって……。持ってきた銃ですか!? 結局使わなかったヤツ!!」
「だから今から使うんだよ!! D、全速力かつ最短ルートで隠し場所に向かっていい。検問も追跡もまとめて吹き飛ばしてやるから」
「それは作戦じゃねぇだろ……」
世紀の大強盗―すくなくとも今の彼らにとっては―の最中で、オタのテンションは最高潮に盛り上がっていた。しかも簡単には乗り越えられない窮地を前にして。
『ああ、聞こえるか? リチャードから連絡が来た。そのままつなげるぞ』
『ミスターO、仕事は順調でしょうか?』
「心配ありがとうよ。おかげさまで何とかなるよ」
『それはよかったです。皆様の成功だけを願っております』
「御託はいい。何か用事があるんだろ?」
『ええ。実は面白い情報を仕入れたので、お買い上げいただけないかと思って連絡しました』
「……本当に俺が笑えるような情報なら買ってやるよ」
『私ではない別なドラマティック・エデンのメンバーが皆様の情報を嗅ぎ付け、あまつさえ【オーアレオ】と【ジョーヌゲミニ】の連中に情報を売ったそうです』
「【ジョーヌゲミニ】はあの宝石店と関係していたギャングですよね。なんで【オーアレオ】まで!? 彼らが普段やるような仕事はもっと大掛かりな強盗のハズじゃ」
「【オーアレオ】の方は俺に因縁があるからだろうな。まぁ、さっきよりヤバい状況になっただけだ」
『リチャード・クーパー。君なら追いかけているギャングの位置を特定できるんだろう?』
『ええ、当然です。しかし、よろしいのですか、ミスターO?』
「ハリー1人じゃ、警察の情報を調べるので手一杯だ。ドラマティック・エデンの情報網を少し借りたいね。それと、もう1台車を用意してほしい。色付けていいから支払いの交渉は後回しにさせてくれ」
『ドラマティック・エデンのご利用ありがとうございます。全てはお客様のご随意に。ああそれと、車については言われるだろうと思ってすでに調達しております。メールにて位置情報を送っておきますね』
「D、今聞いていた通りだ。警察の動きは俺が随時報告する」
通話をつなげたままのオタは一度車から降りて、助手席へと乗りなおす。スマホに映る地図をダンに見せると、返事をしてアクセルを踏んだ。
『ミスターO、残念ですがギャング連中の方が情報収集能力が高いようですよ』
「Oさん、Dさん、急接近してくる車が!!」
「腹くくれ。ライフルの練習だってしっかり済ませてきたんだ。余裕だろ!!」
「車内から撃つ練習はしてないですよ~!!」
泣き言を言いつつも、ポールは足元のカバンから小さいマシンガンを取り出し、窓の外へと向けた。ためらいなく引き金を引くと、後ろを走っていた車たちのタイヤがパンクする。
「なんだかんだいいつつ上手いじゃねぇか!!」
「ホントだ!! 俺凄いかもしれないっす!!」
ハンドル操作が不安定になった車を乗り捨てて、ハンドガンを携えた男たちが降りてくる。裏路地に並んだ黒スーツの男たちはまっすぐにポールへと銃口を向けた。
「えぇ!? は、反撃……!?」
「おちつけ、こっちも威嚇射撃をして撃たせるな!! D、もっとスピード出せないのか!?」
「次の十字路で曲がるんだよ!! その一瞬ぐらい持ちこたえてくれ」
人通りの少ない裏路地に、銃弾の行き交う音と車のエンジン音が響く。
急ブレーキを踏みながら、一気に車体を滑らせて曲がる。
その先ではまた別なギャングたちが控えていた。
車から身を乗り出して、運転席に銃口を合わせている。
「待ち伏せ!!」
「ハリスもリチャードも情報をつかみきれてないんだろうな!!」
助手席のオタが、目の前の車に向けて連続で撃つ。一丁のハンドガンから出ているとは思えないほどの轟音が鳴って、車内に火薬のにおいが充満する。
硝煙の先では、頭から血を流している男たちの死体があった。
「ナイス、O」
「Dが器用に避けてくれたおかげだよ」
「2人とも、後ろからも来てますよ!!」
すでに彼らは囲まれていた。
2つのギャングがひっきりなしに追手を出してくる。
「協力プレイってわけじゃないのか。仲間割れしてくれるおかげで、思ったよりは苛烈じゃねぇな」
「これだけ撃たれてるんですよ!! 今にも死にそうで、苛烈極まってるじゃないですか!!」
「サイレンが近づいてねぇか……!!」
『おい!! 聞いてるのか、お前ら!! 警察がお前たちの動きを捕捉したぞ。ルートを変更しろ!!』
「悪い、ハリー。こっちも手一杯で聞こえてなかった。今からどっちに向かえばいい?」
「遅れたようだぜ、O。もう、見つかってる」
「おいおい、俺たちの前に後ろのトリガーハッピー共を捕まえろよ……」
正面に陣取る警察達が、行く先を封鎖している。
狭い路地にパトカーを並べて、むりやり押し通ることもできなそうだ。
「もう1回曲がるぞ!! しっかり捕まってろ!!」
むりやりハンドルを切って、さらに狭い裏路地を走る。
もはや、まともに道とは言えないほどに細く、床に寝そべるホームレスや適当に投げ捨てられた大きなゴミでさらに狭くなっていた。
それらを華麗なハンドルさばきで器用にかわし続ける。
薄暗い路地の先に一筋の光を見つけ、半ば縋るように走り抜けた。
「D、大通りに出たぞ!!」
「わかってるよ!! これしか道が無かったんだ。しょうがないだろ!!」
広い通り道。
表面上だけ取り繕ったありきたりな街並みに、パトカーのサイレンとギャングたちの銃撃音が混ざりこむ。
ポールの持つマシンガンが小気味いい音を立てて背後から迫る車のタイヤをパンクさせる。
「Oさん、これからどうするつもりですか!?」
「もう一回裏路地に逃げ込む!! あとは気合で撒くしかねぇな」
「そりゃ、運転手の俺が言うことだろうが!!」
「猛スピードでツッコんでくる車が来ますよ!!」
「リロードのスキを突かれたか……!!」
「よぉ!! オタ、随分騒いでるみたいだが、当てを見つけたようだな!!」
金獅子の模様が描かれた高級車が並走する。
助手席に座るオタにハンドガンを向けているのは、『取り立て屋ジョン』の異名を持つ老獪であった。
「会いたかったぜ、オタ!! てめぇの強盗を失敗させりゃ、借金が返せなくて、てめぇを俺の部下にできる。そうなりゃ、俺はもっと上に行けること間違いなしだ!!」
「悪いけど、俺が下になるのはベッドで女に跨がられてるときだけって決めてるんだ。俺の彼女はそっちがお好みでね」
「てめぇのセックス事情なんか知るか!! とりあえず、運転手は死んどけ!!」
そう言ってしわがれた声の男はダンへと銃を向けた。
「人のドライバーに、手だしてんじゃねぇよ!!」
一瞬のぞかせる般若のような形相。
気迫に引いたジョンが躊躇ったそのスキを逃さず6連射。
「いってぇ!! クソ、銃が……!!」
「ジョンさん、タイヤがパンクしました!! しかもガス欠です!!」
「あの一瞬で、タイヤ4輪とタンクを撃ったのか!?」
見る見るうちに減速していき、背後からぶつかってきたパトカーもろとも大爆発を起こす。悪運が強いのか、爆発の直前で全員が脱出したせいで無事のようだ。
しかしその爆炎は追手の道を阻み、オタ達を逃がす壁となった。
「リチャードが言う待ち合わせ場所まで急ぐぞ!!」
「さすがに、その情報は漏れてないですよね……?」
「あのガキが俺たちを裏切ってなけりゃな!!」
また狭い路地を通って、リチャードが代わりの車を用意してくれた場所まで急ぐ。
追い掛け回された上に悪路を通ってきたせいで、すでに車体はボロボロだ。
すでにナンバーも控えられている以上、検問を強引突破作戦も出来ない。
「場所はここのハズだ」
「あそこに車が止まってますよ!?」
裏路地の中でも下水管近くでホームレスすら立ち入らないような悪臭香る広場に、真っ白なセダンが止まっていた。リチャードに確認をするが、ギャング連中に偽情報を流すのに忙しいらしく繋がらない。
「誰か乗ってるぞ!?」
「お待ちしておりました、オタ様。バランスタンド、ガニムン店の従業員。スティーブでございます」
「……リチャードのコンビニに居たバイトじゃねぇか!!」
見覚えのあるその顔は、リチャード・クーパーが経営するコンビニ、『バランスタンド』のバイトであるスティーブだった。初めてリチャードと会った日に、接客をしてくれた青年である。