第九十二話 ツンデレ猫は愛されている
「お帰り〜!メロス〜!」
青銅色の体毛をした優しそうなライオン母さんが、メロスを抱き上げた。抱きつくんじゃなくて、抱き上げるんだ。豪快。
個人魔牛車を降りた後、とにかくデカい木造の屋敷に入ったオレっちたちを、メロス母が待ち構えていた。メロス母はオレっちたちを見て、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせていた。
「お友達がこんなに⋯⋯こんな遠い所までよく来てくれたわね。ありがとう!」
「いいえ、こちらこそお世話になります。オレ⋯私は、タロス・カリスと申します!」
最初が肝心とばかりに、丁寧な挨拶を心掛ける。体は子供でも、中身は気遣いの塊である元日本人の大人だからな!
「あの⋯⋯お世話になります。私はセーラ・ミケラと申します!」
「ぼ、僕は〜、エイベル・チュラーと申します〜!」
「お前ら、挨拶がバカ丁寧過ぎるぞ⋯⋯」
メロスが呆れるように言った。
「まあまあ、そんなに堅苦しくしなくてもいいのよ!ウチはみんな大雑把だから、気楽に喋ってくれた方がいいわ!」
「そうですか。それなら、遠慮なく⋯⋯」
⋯⋯とはいえ、さすがは大獣人。女性でも大きいから萎縮しちゃうな〜。
「コレ、ビスケス・モビルケの定番のお菓子です。よかったら食べて下さい!」
激甘小獣クッキーの詰め合わせを渡す。エイベルは、激甘小獣饅頭の詰め合わせ、セーラはなぜかジャガイモ袋を渡していた。
あのたすき掛け鞄の半分は、ジャガイモだったのか。しかし、なんでジャガイモ?
あ、そうか。セーラって、他所様ん家にお世話になったことないから⋯⋯
「あの、コレはウチの畑で採れたものなんですけど、大獣国では煮込み料理が多いと聞いたので⋯⋯」
「ありがとう!ビスケス・モビルケの野菜は美味しいのよね〜!さっそく、今晩の料理に使ってみるわ!」
お。結構、喜ばれたな。
その様子を見ながら、オレっちは芋系の絶品煮込み料理を期待した。食に関しては、初めから遠慮しないもんね。
「ジーちゃんとバーちゃんは、離れ?ミオとニオ姉さんは?」
オレっちたちの土産渡しを黙って見ていたメロスが、口を開いた。
「お義父さんとお義母さんは、離れよ。メロスが帰ってるから、多分、夕御飯には母屋に来ると思うけど──ミオは、お父さんの仕事について行ったわ。ニオはちょっと用があって⋯⋯でも、お昼には帰ってくるわ。⋯⋯きっと」
なぜかメロス母は、メロスから目を逸らして答えていた。変なの。
「ふーん。今度は姉さんか。冬休みは父さんが居なかったんだよな。オレが帰ってからすぐに戻ってきたけど」
「⋯⋯そうね。用事のタイミングが悪いのよね。それはともかく、荷物を──二階の部屋に案内するわね」
「それはオレがするよ。母さんは、コイツらにお茶でも用意しといてくれ」
「そう?だったらお願いね!」
「階段はコッチだ。ついて来い」
「家〜、広いね〜!」
「うん。天井も高いし⋯⋯」
「大獣人は身長が高いからな。中には三メートル近い加護種もいるし」
⋯⋯あの夏の誘拐事件の時のグリズリー男は、ホントにデカかった。同じ熊系でも、加護神が違うと身長差も激しいんだよな。
「それに、ここには800年近く前から住んでるからな。アチコチ増設した結果、広くなりすぎたんだ」
「へー⋯⋯」
800年──前世とは違い、オレっちたち獣人はものごっつい長寿だから、大体、4代前ぐらいのご先祖様からかな?
「っていうか、メロス、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんとも一緒に暮らしてるんだ」
メロスのステータス画面には出てなかったから、驚いた。手抜きステータス?
「ああ。父さんに跡目を継がせてから、主に家畜の世話を担当してくれてるんだ。二人とも極端な早寝早起きだから、離れで暮らしてる」
「極端な早寝早起きって?」
「朝の三時半に起きて、午後の七時には寝てる──250歳近くなると、そうなるもんらしい」
いや、確かに年寄りは早寝早起きが多いけど⋯⋯随分とキッチリとした時間枠だな。
「ここが、二人部屋。タロスとエイベルはセットだから、ここがいいだろう。セーラは、隣の一人部屋だ」
セット⋯⋯まあ、確かにいつでもどこでも一緒だからな。なんつーか、安心するというかホッとするというか。我が癒しの友だからな、エイベルは。
「キュ?まだ上の階があるんだ?」
階段は、まだ上へと続いていた。二階までの階段とは別の位置にあるが。増設したのが丸分かりだな。
「ああ。三階はオレとミオの⋯妹の部屋があるんだ」
「ミオちゃんって、大獣人?」
「⋯⋯ウチはオレ以外、全員、ラオンだからな」
獅子系の加護種、ラオンは大獣人でもメジャーな加護種だから、神トンネルの魔馬車内でも多くいた。
「⋯⋯そう」
セーラが何かを考えるかのように、呟いた。
「じゃあ、オレも荷物を部屋に置いてくる。荷物を置いたら、下の階に降りてくれ!」
「わかった!」
メロスが出ていった後、セーラがオレっちとエイベルを見た。
「ねぇ。もしかしたら、お姉さんって、私たちと同じ魔馬車に乗ってたんじゃないかしら⋯?」
「ん〜、僕も〜そう思った〜」
「そうなの??」
「メロスはああ言ってたけど、やっぱりあの歳での長旅はね⋯⋯彼をコッソリと見守ってたと、私は思うわ」
「ラオンは多いから〜、他の乗客に〜紛れやすいもんね〜」
⋯⋯そうか。考えてみたらそうだよな。メロスのプライドを傷つけず、コッソリと⋯⋯
オレっちって、案外、鈍いよな。それとも、セーラとエイベルが鋭いだけ?
◇◇◇◇
「ただいま〜!おっ、メロス、帰ってたんだ!?」
「お帰り、ニオ姉!」
昼食の直前、獅子獣人のお姉さんが家に帰ってきた。セーラの予想通りならば、わざわざ時間をずらしての帰宅となる。
「はじめまして、タロス・カリスです!」
「お、お邪魔してます⋯⋯セーラ・ミケラです」
「エイベル・チュラーです〜」
「元気だね〜。私はヴィルニオラ・ラオン。ニオでいいよ」
ニオって愛称だったんだ。つーことは、妹さんも?
耳と手先だけが白い茶金の毛色のお姉さんは、少し筋肉質で大柄だった。さすがは、冒険者。ランクは⋯どうなんだろう?まだ若いから、Eぐらいかな?
「え~と⋯⋯冒険者って聞きましたけど、大武闘会に出たこともあるんですよね?」
お姉さんは、メロスの手紙に一度だけ登場していた。確か、大武闘会に参加したとかなんとか。
「そうだよ。でも、二回戦でヤバイのに当たって、棄権したんだ」
「仕方ねぇよ。優勝候補の一人だったし、魔法的に相性も悪かったから!」
メロスが大声を上げて、ニオさんをフォローする。
「それもあるけど、一回戦突破だけで満足したって言うか⋯⋯その前の予選を勝ち抜いたこと自体、奇跡だったからね」
ニオさんは苦笑した。
「あの武闘会に参加できたことだけでも名誉なことだもの。おかげで、そこそこ実力のある冒険者パーティーにも入れたし、短期間でC級下位にもなれたし⋯⋯あれは、いい経験だった」
C級!まだ、若いのに!
「さ来週には、ダンジョンに潜らなきゃならないから、この家に帰れるのは、半年後ぐらいかな?」
「その前に、夏の陣を観るんだろ?一緒に行こうぜ!」
「あら、でも、タロス君たちは──」
メロス母が、オレっちたちを見た。
「オレも観たいです!夏の陣!」
ちょっと怖いけど、一度は観たい!⋯⋯あんまりな絵面だったら、途中退場しちゃうけど!
「僕も〜有名なイベントだから〜、観たいです〜!」
「よく分かんないけど、大獣国のお祭りなのよね?だったら観たいわ!」
エイベルはともかく、セーラは⋯⋯まあ、いいか。エイベルは⋯⋯結構、肝が据わってるからな。案外、平気かも。
「ただいまー!!」
「帰ったぞ〜!!」
甲高い声と野太い声が、ダイニングに鳴り響く。スゲー高音と低音。拡声魔法??
「父さん、ミオ!──あれ、仕事は?早くない?」
メロスよりも体の大きな獅子っ娘が、妹のミオちゃんか。でもって、モサッとした白灰色の鬣がスゴイ獅子獣人が、メロス父。
ま、気温が上がって、さすがに冷却魔法具をオンにしたオレっちたちも、モサッとしたブア毛になっとるが。
「今日は早朝から頑張ったから、早く終わったんだ」
「メロス兄が帰ってくるから、作業時間を前倒しにしたんだよ〜!あたし、エルミオラ・ラオン。よろしくね、小獣人さんたち!」
「た⋯タロス・カリスです、よろしく!」
距離的に一番近いところにいたオレっちが、最初に挨拶を返した。
「花冠の子⋯⋯そうか、君がタロス君か。はじめまして。メロスの父のルブロス・ラオンです」
メロスと同じ藤色の三白眼が、オレっちを見る。二メートルを軽く超える巨体だが、穏やかな表情の男性で、不思議と怖くはなかった。
「⋯⋯メロスを一人でビスケス・モビルケに行かせたのは心配だったが、君たちのような友達ができて、安心したよ。本当にありがとう」
「いえ、オレたちもメロスより少し前に編入してたんで、ちょっと心配して──」
「なんか日記みたいな手紙を机に入れ続けたんだよな。毎日、しつこく」
「ああ、うん⋯⋯」
しつこくって──その通りだが。
「けど──面白かったよ。なんというか、本音がダダ漏れで」
「メロス!」「メロス⋯!」「メロス」「メロス兄──」
少し照れた感じで言うメロスに、獅子一家が破顔した。え⋯⋯涙ぐんでる?
なんっつーか⋯⋯愛されてますなぁ。あ~、エイベルとセーラがもらい泣きしてる。
ツンデレ猫は、獅子一家のアイドルなんスっね。




