閑話 アレイムの見た光
注意!虐待表現があります。苦手な方は、今回、すっ飛ばして下さい。
ボクは、アレイム・エリン。古き神々の一柱、ネズエリン様の加護種だ。
ボクの背には、キノコが生えている。
六歳の時に魔法が使えるようになってからだんだんと大きくなってきたそれは、乾燥させて粉にすると、一年は空腹を感じさせず、健康に過ごせる神薬となるものだった。
エリンは急激に減少している加護種で、そのために、そのキノコも希少な価値を持つらしく、生前の母は、とても心配していた。
なぜならボクのキノコは、特定の者にしか頭上の花冠の花を切れないカリスとは違って、他の者たちでも採ることができるからだ。
でも、その場合、毒スキルが発動するので、相手は苦しむことになるが。それも含めての心配でもあったのだろう。本当に、優しい人だったから。
そんな母は、暴走した馬魔獣と魔牛車の衝突事故で、突然亡くなった。そして、一ヶ月も経たないうちに、父は再婚した。
相手は、子連れの女性だった。
ガラガ・ティンチラという再婚相手は、父の浮気相手で、一度、うちに押しかけてきたこともあるので、顔は知っていた。
半年ほどの前に彼女が赤ん坊を抱いて、『この子、あの人との子供なの。だから、さっさと別れてくれない?』と、直接、母に告げに来たのだ。
その日のうちに母は離婚を決めて、年内にはボクを連れて、母の故郷である南方の町へと行くことが決まっていた。
そんな時に、突然の事故で母を喪った。それからのボクは、エリンでなければ死んでいたかもしれない。
継母となった彼女は、ボクを嫌った。ボクの性格が内向的であることも、ダメだったのかもしれない。
彼女は気分屋で、急に暴力を振るうこともあった。それより辛かったのは、食事をほとんど与えられないことだった。
『エリンは、魔素変換で栄養を摂れるんでしょ?だったら、食事なんて要らないわよね?』
無茶苦茶だ。確かに、魔素変換で栄養を作るスキルはあるが、そのほとんどはボクの背のキノコに溜められるもので、体内に回される変換された栄養素は、ほんの少しだけだったからだ。
その上、家事だけでなく育児までさせられるようになった。継母──ガラガは、自分の子供さえ興味がなく、育児放棄していたからだ。彼女の興味は父だけにあり、父の前では表情も口調も別人のように変わっていた。
その父もまた、それまでの父とは別人のように変わってしまった。
母には『酔った勢いで、浮気してしまった。だから、別れたくはない』と言って、離婚を渋っていたが、母が事故で亡くなると、ガラガに迫られ、呆気なく再婚した。
それでもしばらくはガラガの暴力からボクを守ってくれたが、母の事故死による見舞金がかなりの金額で入ると、途端におかしくなってしまった。
勤め先の商店を辞め、家に帰ってくることも少なくなり、そのことで余計にガラガが荒れ始めた。
そんな中でも異母妹が生まれ、彼女の体は、だんだんと肉付きが良くなり、父はますますガラガに対する関心を失ったようだった。
ところが、それとは別に、彼女に感化されたかのように、ボクに対する気遣いもなくなり、やがて母の見舞金が尽きると、ボクのキノコに目を向けるようになった。
『尾の小さのを、一本だけ』
ボクは震えた。小さくても身体の一部を切り取るのだ。怖かった。でも、それ以上に父と継母が怖かった。
ボクは自分で、尾に生えている一番小さなキノコを採った。痛みはないが、その瞬間、魔力がほんの少し低下したのを感じとった。
二センチ程しかないその小さなキノコは、かなりの額で売れたらしい。そうなると、父はまた外へ遊びにいった。
そして、またガラガの機嫌が悪くなり、ボクはよく小突かれた。そんな日々のなか、一つだけ救いがあったのは、異母弟と異母妹の存在だ。
彼らはボクを慕った。弟や妹にとっても、実母であるはずのガラガは怖い存在だったのだろう。ボクほどではないが、よく怒鳴られていたから。
ある日、母の親戚だという人が、うちを訪れた。
その人は母の従姉妹で、母が亡くなる前に、離婚して地元に戻るからという連絡を受けていたそうだ。その際、母は、自分の母校にボクを入学させる予定だったという。母が突然亡くなり、心配になってボクのことを調べたそうだ。
すると、獣学校に通っていないということがわかり、父が再婚したのを知ると、ボクを引き取る決心をしたという。
父とガラガは、あわてた。そして、自分たちの都合のいいように言いくるめ、急いでボクを獣学校に編入させた。
ボクは、その母の従姉妹だという女性に、助けを求めなかった。ボクが逃げたら、弟と妹は多分──その頃のボクには、全てを公にする勇気が無かった。自分さえガマンすれば何とかなる⋯そんな考え方しかできなかったのだ。
神殿の保護施設のことは、学校に行ってから知ったが、だからとか言って、具体的にどうすればいいのかは分からなかった。自分の境遇を他人に話すのが恥ずかしかったというのもある。
母の親戚を警戒してか、父とガラガは、引っ越しをした。次の家も借家だったが、前の家よりも獣学校に近くなったので助かった。
魔牛車に乗るお金さえ出してもらえないボクは、学校の正門までは徒歩だったからだ。雨の日も風の日も──二時間近くかけて歩き続けていた。それが一時間になっただけでも、ありがたい。
家事、育児、そして獣学校──大変だったが、学校は、ボクにとっての逃げ場所であり、命を繋ぐ大切な場所だった。
食事を作っても、ボクの分は皆の残り物で、時にはそれすらない時もあった。だから、ボクはいつでも空きっ腹だった。外で食糧を買うお金もない。
ガラガは、買い物だけには外出して、適当に食糧を買う。最初は、大変だった。母の遺した料理本を見ながら、限られた材料で作らなければならなかったからだ。
それでも何とかなったのは、ボクに料理の才能があったからだろう。ガラガに文句を言われながら、それでも作り続けた。怒られないように、味見という名のつまみ食いをしながら。
獣学校の無料メニューは、そんなボクが堂々と食べられる、貴重な食事だった。ご飯と味噌汁だけでも、ボクにとってはごちそうだったのだ。
獣学校の第2レベルクラスに上がってしばらく経った時、担任の先生に言われた。
『休みが多いわね。それにその服、随分とくたびれているし、サイズも少し小さいし⋯⋯靴もボロボロだし⋯⋯』
ドキッとした。
ガラガは、ボクが学校に行っている間の弟妹の世話が面倒らしく、週に3日ぐらいしか登校できなかったからだ。
それに、ボクの服は二年前以前のものばかりで、サイズも小さく、靴だって履きつぶれている。
『ボ、ボクの家は貧しくて⋯⋯』
『⋯⋯そうなの?じゃあ、保護施設に相談してみる?施設に入らなくても、服や靴なんかは支援してもらえるのよ?』
『⋯⋯はい』
先生は、ボクの様子を見て心配になったらしい。後日、神殿から派遣された役人が、家を訪れた。
その際にも、ボクは助けを求めなかった。後から考えると、何度もそのチャンスはあったのに、どうしてもその時のボクは、声を発せられなかった。
それ以降、ガラガは、ボクの服と靴だけは新調するようになった。でも、そうなったことで、ますます他人には気づかれにくくなっていった。
そして、ボクのキノコは、半年ごとに無くなっていった。本来ならば上から下まで13本はあった筈なのに、今では8本しかない。
直近のキノコは六センチ以上あったので、それまでよりも高額で売れたらしく、父とガラガはまた新しい家に引っ越した。広い庭のある、立派な家──部屋数だけは多かったので、ボクにも一室与えられたが、家具は一つも置いてもらえなかった。
布団と鞄と数枚の服と靴──それが、ボクの持ち物の全て。
なにより困ったのは、ボクの通学時間が、また二時間に戻ってしまったことだった。
ビスケス・モビルケの獣学校は、数が少ない。だから、二時間内に行ける範囲では、第一中央小獣学校しかなかった。
後日知ったことは、申請すれば交通費が無料になるという、ということだった。当時のボクは、本当に無知だった。
獣学校では、死に物狂いで勉強した。早く、第5レベルクラスに上がって独立したかったからだ。だから、思っていたよりも早く、第3レベルクラスに上がれたのだが──
甘かった。父とガラガはボクを休学させて、さらにキノコを奪う気だったのだ。ボクは絶望した。
だからその日、ボクは異母妹の相手をしながら、ただ、ただ、ボーっとしていた。
もう、限界だったのだろう。ガラガがまた大音量の魔楽音を流していたのに、珍しく誰かが訪ねてきた時、なぜかその呼び鈴の音だけを、ボクの耳は拾った。
『アレイム!!』
真っ白な、でも瞳だけが真っ黒なカリスの少年に、名前を呼ばれた。えーと⋯⋯タロス君?え、タロス君!?
その瞬間、ボーっとしていたボクの頭がはっきりした。よく見てみれば、モブラン先生もいる。
『アレイム!どうしたんだ、その目!?』
ボクは咄嗟に、左目を隠した。今朝、ガラガに殴られた痕があるからだ。ボクが獣学校に入った後、虐待を悟られないよう、ガラガは顔だけは殴ってこなかったのだが、今日に限ってはそうではなかったのだ。
『アレイム!いつまで扉を開けてるんだい!?』
不機嫌そうなガラガの怒鳴り声が、聞こえてきた。ボクは、反射的に震えてしまう。
そこからは、よく憶えていない。
モブラン先生、ガラガ、タロス君──何かを聞かれて、話して──あまりにも話の展開が速すぎて、記憶が飛んでしまった。
『アレイム⋯⋯辛かったな』
その言葉だけは、ハッキリと憶えている。
ボクは泣いた。涙が止まらなかった。そのまま、モブラン先生とタロス君と共に、家から離れた。
少し落ち着いてくると、異母弟妹が気になった。そのことを話すと、モブラン先生が神殿に連絡して、彼らを保護してくれると言ってくれた。
ボクは、ホッとした。きっと、ガラガは荒れている。ボクがいなければ、暴力の矛先が彼らにいってしまうかもしれないからだ。
ボクは、タロス君の家に招かれた。タロス君のお母さんが、ボクと話をしたいのだそうだ。⋯⋯どうしてだろう?
『私もあなたと同じような事をされたの』
タロス君のお母さんは、かつて、血の繋がった親兄弟に、花冠の花を売られたと言う。ボクと違うのは、暴力を振るわれた訳ではなく、肉親の情でそうしたということだ。
でも、結局、それが災いし、家族をダメにしてしまったと言った。
『自分から大人に言うのは、勇気がいるわよね。言うのが恥ずかしいし、親にも情があるからためらうし』
そうだ。ガラガはともかく、ボクは父に情があった。昔はあんな人ではなかった。父と母とボク。家族仲が良かった時を、思い出す。
『安易に掴んだお金は、人を狂わせるの。贅沢を覚えると、それを手放せなくなるしね。あなたの場合は、もっと酷いわ。暴力を受けている事を黙認していたんだから。そうなると、もう親だとは言えないわ』
ボクは、父とガラガを訴える覚悟を決めた。そして、異母弟妹と共に神殿の保護施設に入る決心もした。
タロス君のお母さんは、施設についてもいろいろと話してくれた。
大勢の子供がいるからトラブルになることもあるが、反面、友達が多く作れること。季節ごとの楽しみや、施設内の娯楽。特に、学校はすぐ隣だから、通学が楽だったこと──
不思議な程に心が落ち着き、今までのボクのガマンが間違っていたことを実感する。知らなかった情報を得る度に、ボクはなんてもの知らずだったのだろうと、反省した。
父との決別──タロス君のお母さんと共に、獣警団に被害届を出し、保護施設への入所を希望した。養子縁組の申し込みはしなかった。異母弟妹と別れるのは嫌だったから。
今は楽しい。父とガラガから解放されて、暴力に怯えることもお腹が空くことも無いから。異母弟妹とボクは、施設の同じ部屋で生活をしている。獣学校も楽しい。たくさんの友達と学べて遊んで──ボクはようやく普通の生活に戻れた。
最初の引っ越しでガラガに処分された転写真のなかで、一枚だけ手元に残った母の転写真の姿を見て、ボクは、つぶやく。
『母さん、ボクは幸せになるよ。だから、 安心してね』
ふと、タロス君のことを考える。
彼はなぜあんなにも積極的に、ボクを助けようとしてくれたのだろう?秋の大祭仲間とは言われたけど──
そして、想像してみる。もし彼がボクの立場だったら?
多分、父とガラガが再婚した時点で、自分から保護施設に入るような気がする。もしくは、暴力を受けた時点で周囲に訴えて、彼らを犯罪者にするだろう。
なぜだか、それが確信できる気がした。
行動力、即断力、心の強さ──彼はボクにとって、光のような眩しい存在だ。性格的にボクには難しいかもしれないが、見習いたいと思う。
『キュキュキュ!ザマァ!!』
後日、父とガラガが逮捕された記事が新聞に載った時、タロス君は、大きな声で笑った。⋯⋯ザマァって何だろう⋯??




