第八十話 気まぐれ料理じゃなかったのね
砂糖三杯にミルクたっぷり。これが、オレっちの──いや、普通の小獣人の飲み方だ。
「市販のクッキーだから不味くはないけど、こんなもん味だから、遠慮なく食ってくれ!」
「⋯⋯こんなもん味?いや、普通に美味しいよ。久しぶりだからかな⋯⋯?」
あのメタボチンチラ、マジで足蹴りしてぇ。まあ、ザマァは後のお楽しみってことで。
ホントはアレイムの方が一つ歳上なんだけど、獣学校では基本、先輩後輩感覚はないし(ミンフェアへの先輩呼びは、心の中だけ)、背丈も⋯少しだけアレイムの方が高いけど、あんまり違わないので、タメ口でも問題はない。
問題──あ。しまった!
「ア、アレイム!オレ、急いで連れて来ちゃっから、大事な物とか持ち出せなかったよな!?ゴメン!!」
服とか教科書とかは、オレっちと共有でいいけど、彼にも大切な物があったはずだ。オレっちなら、エイベルに貰ったスカーフ──は、いつも首に巻いてるからいいとして、そう、例えばゴッドゴーレムシリーズの魔素金属人形みたいなもんが。
「それは大丈夫だよ。一番大切な物は、いつも持ってるから⋯⋯」
そう言って、彼はフード付きの上着のポケットから、一枚の小さな紙を出した。転写真だ。
「母さんの⋯⋯一枚しか残ってない大事な物なんだ。これさえあれば、他は要らないよ」
転写真には、オレンジ毛のキレイなモルモット似の女の人が写っていた。腕に赤ちゃんを抱いている。この同じオレンジ毛の子は、アレイムだろう。
他の転写真は、多分、父親か後妻に処分されたのかもしれない。
オレっちの目尻に、熱い涙が溜まる。でも、これは、オレっちが受けた仕打ちじゃない。泣きたいのはアレイムだ。
オレっちはゴシゴシと目をこすって、後ろを向いた。
⋯⋯あのクズ夫婦には社会的制裁が待っているが、それだけでは足りない気がする。闇討ちしてぇ。
◇◇◇◇◇
次の日、オレっちは獣学校に。アレイムは、かーちゃんと獣神殿に行った。
虐待報告と保護の申請、あと親権変更の手続きをするためだ。
一緒に登校したエイベルには事情を話したが、我が癒しの友は薄々気づいていたらしく、よかったね〜って感じで納得してくれた。
しかし、あとの連中は──教室に入るなり、皆に質問攻めにされた。そりゃあそうだろ。モブラン先生と二人、基礎授業が終了しても戻ってこないんだから。
「そうだったのね。でも、考えてみると、包帯とかいきなりの休学とか⋯⋯確かにおかしかったしね」
「アタシも包帯は気になってたケド、まさか虐待されてたなんてネ。彼を占うべきだったワ」
セーラとニジーの言葉に共感したのか、皆がウンウンと頷き合う。
「それにしても、タロスって案外、洞察力があるんだな。スゴいよ」
「⋯⋯秋の大祭からの包帯⋯⋯そこからの推理⋯なかなかだね」
ボビンとヒンガーが、オレっちを褒めた。
洞察力、推理──どっちでもあらへんがな。ただ、ただ、ステータス画面さんがチートなだけなんです!
「タロスのことだから、ただの直感みたいなもんで暴走しただけっぽいがな」
⋯⋯メロスって、時々鋭いよな。そっちの野生の勘の方がスゴいわ。
◇◇◇◇◇
「お帰り、かーちゃん、アレイム!」
「ただいま、タロス」
「た、ただいま⋯⋯」
アレイムは、しばらくかーちゃんが預かることになった。
今日は、獣警団への虐待の報告と本人からの被害届の受理、保護施設への入所届、そして親権を神殿へと変更する手続きを済ませてきたという。
なんというか、流れがスムーズ。前世みたいにムダに時間を消費してないところは、さすがというべきか。
「保護施設に関しては、そんなに心配しなくても大丈夫よ。同じような歳の子供たちも大勢いるし、職員さんやボランティアの人たちも、とても親切だしね。それに、施設内は学ぶ場所も遊ぶ場所も多いから、楽しいぐらいなのよ」
かーちゃんの言葉通り、現世の孤児たちは、前世とは比べものにならないほど恵まれていると思う。
それは、整えられた環境だけでなく、人々の意識の上でもだ。
加護種たちは、古き神々の眷属同士の繋がりを持っている。だから前世みたいに『親無し』的な差別を受けることは無い。そういった概念そのものが無いのだろう。
親がいてもいなくても、片親でも、何の問題もない。実際、母子家庭のオレっちも、まったく意識してなかった。今になって、そういえばそうだなと思うぐらい。
そう。全ての加護腫たちには、古き神々の眷属同士という仲間意識があるのだ。ただ、残念なことに、全てのことにおいてそれがあるわけではない。だからこそ虐待などもあるし、犯罪も起こる。実際、神々の争いの時は、お互いに殺し合ってたワケだし。
竜の神々の降臨で争いは無くなったが、恨み辛みは残っていたハズだ。それでも歴史を知る限り、それらは後世まで残ってはいない。争いによって途切れた加護種たちの絆が、再び結ばれたということなのだろう。
「ふふふ。夕食は腕によりをかけて、新作料理にでも挑戦してみようかしら?」
かーちゃんの言葉に、オレっちは戦慄した。
「今日は、普通のゴハンでいいと思うよ!フツーので!!」
オレっちはともかく、アレイムに食拷問⋯食虐待をさせるわけにはいかない。でも、一つ分かったことがある。
かーちゃんの気まぐれ料理は、気力が漲り、やる気満々の時に作りたいモノなのだと。
「アレイムは何がいい!?」
「ぼ、僕は何でも⋯⋯」
「やっぱり、少し珍しい料理がいいかし⋯」
「あ、オレ、カレーがいいな!アレイム、辛い料理はダメな方?」
かーちゃんには悪いが、新作は諦めてもらおう。
「ううん!好きだよ。母さんもよく作ってくれたし⋯」
「うんうん。やっぱ、みんな好きだよね!」
「そう⋯⋯残念だわ」
ふう。惨劇は免れたな。今日はアレイムも疲れているだろうし、お腹いっぱい食べてゆっくり眠って欲しい。
明日からは、また忙しくなるんだから。
それにしても⋯⋯かーちゃんのテンションが上がる度に、あの料理が爆誕するのか。ということは、気まぐれ料理ではなく、歓喜の表現料理?
う〜ん⋯⋯いや、それでおかしな味になるんだから、やる気の暴走──迷走料理ってとこなのかな?どっちにしても、厄介なんだが。実際、これも隠れ虐待とも言えなくもないが、オレっちが一言言えば済む案件でもある。
でも──
『こんなゴミ、食えるか!!』
⋯とは、かーちゃんに言えない。これが前世のかーちゃんなら『ほんなら、アンタがご飯作りぃや!!』って返ってくるところなんだが。
勇気を出して──アカン。今世のかーちゃんには、死んでも言えん!!




