第七十九話 タロスと灰かぶり少年
「成程ね。だから君は、アレイム君が心配なんだね」
ここは、第3レベルクラスの廊下──さすがに皆の前では言い難く、モブラン先生を強引に移動させた。
親の虐待云々は説明できないので、とりあえずウソをかました。
『昨日、彼の包帯がズレていて、その時に尻尾のキノコが生えていないのを見てしまった!』⋯っと。
「実は私も、編入した途端に休学なんておかしいとは思ったんだね。だから、基礎授業が終わったら、彼の自宅を訪問しようとしてたんだ」
さすがはモブラン先生!
「だから、私に任せて──」
「オレも行きます!」
モブラン先生を信頼してはいるが、敵はあの狡猾な後妻だ。なんだかんだで嘘を吐きまくり、先生を追い返すだろう。
だが、オレっちは違う!ステータス画面という確たる証拠があるから、あらゆるツッコミを入れて、奴を追いつめてやる!!
「今から行った方がいいと思います!あちらもまさか朝っぱらから訪問してくるとは思わないでしょうから!!」
「⋯⋯君には予知スキルが無かったと記憶しているけど、何か確信しているようだね。少し待っていてくれるかな。リブライト先生に授業の代行を頼むからね」
◇◇◇◇◇
「この辺りのはずだね⋯んん?」
モブラン先生に同行し、魔牛車を二度乗り換えて辿り着いたのは、閑静な住宅地──のはずなのだが、辺りには大音量の魔楽音が鳴り響いていた。その音の発生源は、ビスケス・モビルケでは定番住宅でもある二階建ての一軒家だった。
白い柵で囲まれた庭は広く、ブランコや幾つかの遊具が置かれている。
「⋯⋯どうやら、この家のようだね⋯⋯」
モブラン先生によると、この近所迷惑な家は、アレイムの父の持ち家らしい。真新しい感じがするから、新築なのか?
だとすれば、これはアレイムの神キノコで建てられた家だ。そう思うと怒りが湧いてくるが、今は冷静になって対応すべき時なので、先生が呼び鈴を鳴らしている間に、スー、ハーと深呼吸をする。
「⋯はい?」
大音量の音楽と共に玄関扉から出てきたのは、なんとアレイムだった。その後ろには二歳ぐらいの白猫獣人の女の子がいて、キョトンとしている。
「アレイム!!」
「あ、あれ、タロス君⋯!?モブラン先生!?」
「⋯⋯急に休学すると聞いてね。一応、理由を訊こうと思って訪ねたんだ」
「アレイム、どうしたんだ、その目!!」
アレイムの左目の瞼が腫れていた。多分、殴られた跡だ。そうか、だから休学を早めたんだ。チクショウ!!
「⋯こ、これは⋯⋯」
アレイムは咄嗟に、左目を手で隠した。その時、ガチャと音がしたかと思うと、家の中の一番手前のドアから、灰色のでっぷりとしたチンチラ似の女が出てきた。
「アレイム!いつまで扉を開けてんだい!!」
見事な悪役ヅラだ。内面の根性の悪さがそのまんま面に出ている。
アレイムの父親って、ブス専だったのか?いや、よく見ると、痩せたらそこそこ美人なんじゃね?って感じか?
「⋯⋯朝から失礼致します。私は獣学校の教師で、第3レベルクラス、12組の担当をしているモブラン・アリストと申します。⋯⋯アレイム君の義母さんでしょうか?」
「えっ──あ、あら、そうでしたの?」
後妻は急に、態度を変えた。
今さら遅いっての。そもそも、朝っぱらからのこの近所迷惑な音楽をどうにかしろや!
「休学理由を尋ねようと思ったのですが⋯⋯アレイム君のその顔は、どうしたのでしょうか?」
モブラン先生の顔は淡々としていたが、口調はいつもよりキツイ。これは、相当怒ってるな。
「この子、柱に顔をぶつけたんですよ。ホントにどんくさい子で、手間がかかるんですの。ホホホ。ねぇ、アレイム?」
「⋯⋯ハイ⋯⋯」
アレイムは明らかに怯えていた。顔を下に向け、オレっちたちを見ない。
「この子、授業についていけないみたいで──ですから、しばらく休学させて神殿のボランティア施設で勉強させる予定ですの。ホホホ!」
嘘八百。このチンチラババァ、息するように嘘を吐く。
「失礼ですが、編入してまだ一日目です。⋯⋯アレイム君、君はどうして授業が解らないと思ったのかな?」
「⋯⋯」
アレイムは答えなかった。それはそうだろう。休学は本人の意思じゃないんだから。
「まあ、先生、この子は内気で他の生徒にも馴染めなかったようですし、それもあって──」
「アレイム、オレたちのこと嫌だったか!?」
オレっちは後妻の言葉を遮った。そして、アレイムの手を握る。
冷たい──それに肉球がガサガサしている。水仕事でもさせられていたんだろうか?
「オレ、ウザかった!?」
「⋯⋯う、ううん⋯ち、違うよ⋯⋯みんな、し、親切で⋯⋯」
「アレイムっ!!」
後妻が大声を上げる。
「アレイム、その尻尾を見せてくれ。怪我したなんて嘘なんだろう?」
「えっ⋯」
オレっちの言葉に、アレイムが驚いた表情で顔を上げた。
「キノコ、無いよな。なんでだ?」
後妻の顔が面白いぐらい歪んでいた。
そりゃあ、痛いところを、どストレートで突いたからな。これもステータス画面さんのおかげだよ。なんせ、迷いなく言えるもんな。
「こ、この子は、自分でキノコを採ってくれたのよ。うちは夫が失業して家計が苦しかったから⋯⋯ねぇ、アレイム?」
あ、開き直った。でも、それも予想済み。
「アレイム⋯⋯辛かったな。大切なキノコを採らされて──」
オレっちは、アレイムに抱きついた。
「こんなに震えて⋯⋯でも、安心してくれ、アレイム。今、ここにはオレとモブラン先生がいる。だから、ウソは吐かなくていい。本当のことだけを言っていいんだ」
「⋯⋯」
一旦、抱擁を解くと、アレイムのその水色の双眸には、涙が浮かんでいた。
「うっ⋯ヒック、ヒック⋯⋯」
「オレの家に行こう。かーちゃんがアレイムに会いたがってるんだ。モブラン先生!行きましょう!!」
呆然とした後妻が正気を取り戻す前に、オレっちたちはその場から去った。なんか後ろから叫び声が聞こえたけど、魔楽音でよく聴こえないつーの。無視だ、無視。
◇◇◇◇◇
モブラン先生とは学校近くで別れた。とりあえずアレイムを落ち着かせるために、オレっちに一任してくれたようだ。
ちなみに、魔牛車代はモブラン先生持ちにしてくれた。申し訳ないが助かった。今日も、昼食代の500ベルビーしか持ってなかったから。
「⋯⋯お、大きい家だね⋯⋯」
「違う、違う。オレ、このお屋敷の敷地内のアパートに住んでるんだ!」
とんでもない豪邸を目の前にして、アレイムは、オレっちが金持ちの息子だと勘違いしたようだ。まず、誤解を解いておく。
裏門の守衛さんに挨拶してから、自宅アパートへと向う。オレっちにはいつものことでも、アレイムには物珍しさがあるようで、キョロキョロしていた。
家の中に入ると、すぐにダイニングへと向かった。
「そこの椅子に座って。今、お茶を淹れるから。え~と、オレンジジュースとコーヒーと紅茶──緑茶もあるけど、どれがいい?」
「き、気をつかわなくてもいいよ⋯⋯」
「いや、オレも飲みたいから!そうだ、紅茶にしよう!あ。お湯沸かさなくっちゃ!」
オレっちは手際悪く、台所を動き回った。お茶を淹れるだけなのに、なんかドタバタしてしまう。
紅茶葉をセットして、カップを出して──
あ!お菓子、お菓子!
戸棚から茶菓子を出そうとして、探し回る。そうしているうちにお湯が沸いていたが、オレっちは気づかず。いつの間にか、見かねたアレイムが手早く紅茶を淹れてくれていた。
結局、オレっちができたのは、クッキーを皿に盛っただけ。
多分オレっちって、一生、家事スキルは発生しねーな。うん。




