第七十三話 別れは突然に。土産は唐突に。
短い冬休みが終わり、小獣学校への登校を再開してから一週間後。教室に入るなり、ボビンがバンビ顔で泣いていた。
「フェンリーが⋯フェンリーが⋯第4レベルクラスに上がるんだ⋯⋯それに、寮も出るって」
「そうか。フェンリーは、もともと学力が上だったもんな。でも、なんで寮まで出るんだ?」
寂しい気持ちはあるが、フェンリーのクラスレベル上げは予想できたことなので、驚きはない。しかし、寮を出るってどーいうこと?
「父さんの勤務するウルドラの商会が、ビスケス・モビルケ内の支店を増やすんだって。だから帰国が早まって、家から通うことになったんだ」
苦笑したフェンリーが、オレっちの隣に立つ。
「ここは素直に、おめでとうと言ってやれよ」
メロスがなぜか革鞄を右手に持ったまま、会話へと入ってきた。
アレ?メロス、登校してたの?思ってたより戻って来るのが、早いんですけど。
「⋯⋯お前に言われたくはないけど、確かにそうだな。フェンリー、おめでとう。俺も早く上がれるように、頑張って勉強するよ!」
ボビンが泣き笑いしながら、フェンリーの手を握る。
「泣くなよ、ボビン──今月末まではこのクラスだし、寮を出るのも二ヶ月後だし⋯⋯」
もらい泣きしたフェンリーを見ながら、ふと思い出した。そういえば来月は、オレっちの誕生日──9歳になるのか。
「⋯⋯タロスも〜頭がいいから〜きっと僕よりも先に〜クラスが上がるね〜⋯⋯」
エイベルがしょんぼり顔で、オレっちを見た。
「ウ~ン。オレ、まだ上がる気ないし、エイベルに合わせようかと思ってるんだ。焦らなくてもまだ無料期間が、19年もあるしな」
それに、最終レベルまでは多分いかないと思うし。上がるとしても、第10までかな?
頭がいいと思われてるのは、ここがまだ第3だからだ。第5までは高成績かもしれないが、それより上レベルだと、中ぐらいになっちゃうと思う。
「じゃあ〜、僕も〜勉強〜頑張るね〜!」
「おう!」
「実は私も、春には第4に上がるんだ」
「ええ〜!?エメアも!?」
リリアンが、悲鳴のような声を上げた。耳、痛ぇ!
「私の専門学科は鉱物学科なんだけど、魔石じゃなくて宝石鑑定なんだ。でも、宝石鑑定科の初級資格試験が、第4以上でないと受けられなくてね」
エメアは、大きな黒い瞳を瞬かせた。
そんな学科もあったんだ。資格試験か⋯⋯ダンス学科にもきっとあるんだろうな。面倒くさ。
それにしても、フェンリー&エメアの鳥獣人同士の進級か。けど、この二人に限らず、どのタイミングで別れが来るのかが分からないから、ちょっとスリリングだな。できれば半年ぐらい前には言っといて欲しいとこだけど。
「──ハイ、皆、席に着いて」
毛の少ない獣人用のもこもこコートを着込んだモブラン先生が教室に入ってくると、オレっちたちは自分の机に向かった。
「ふむ。今日は、出席率が良いね。一部、まだ休んでいる者もいるけど」
言われてみれば、アランはともかく、ヒンガーの姿が見えない。初日から三日は登校してたのに。どうしたんだろ?
◇◇◇◇◇
基礎授業が終わり、オレっちとエイベルは、それぞれの専門学科へと向かうべく、席を立ち上がった。
「オイ、タロス!ちょっと渡したいモンがあるんだ。こっちに来てくれ!」
メロスに呼び止められ、オレっちはエイベルに先に行くように促して、メロスの机へと向かった。
「何、渡したいものって?」
「ちょっと、待ってろ!」
メロスは、机の上に置いていたビジネスバッグ風の革鞄に、手を突っ込んだ。
「小容量だが、俺の魔法鞄なんだ。よし、出すぞ!」
「キュッ!?」
メロスの猫手が掴んでいた物は、青み掛かった銀色の魚の干物だった。
デカい。おそらく、魔法鞄から半分も出ていない。1メートル以上あんだろ、ソレ!
「お前が欲しがってた、青銀鮭だ!⋯干物だが」
ああ、うん。そーいえば、前に手紙に書いたことがあったけど⋯⋯欲しいとは書いてなかったハズだ。でも、見てみたいな〜的な感じだったから、欲しいと思われても仕方ないかも。
「⋯⋯たまたま安かったから二枚買ったんだが、ウチの家族は俺以外、魚があまり好きじゃなかったんだ。だから、一枚やるよ!」
「え~と⋯うん、ありがとう。きっと、かーちゃんも喜ぶと思うよ⋯⋯」
「フン、そうか!──まあ、この辺じゃ売ってないからな。俺も食ったが、なかなかの味だった。焼くだけだから簡単だしな!じゃあな!」
そう言ってメロスは、青銀鮭の干物を机の上に置いたまま、サッと立ち去って行った。
⋯⋯机からはみ出すサイズの魚の干物⋯⋯どーせーちゅうんじゃ。
まあ、メロスなりに気を遣ってくれたみたいだし、無下にはできないが。そうだ。一応、鑑定してみるか。
名前 青銀鮭の干物
青銀鮭を天日干しした物。
青銀鮭は、ポラリス・スタージャーの北東の川でよく獲れる魚である。この鮭は、ヒグマ似の獣人親子が漁をして獲ったもの。
今年は当たり年で、大豊漁だった。そのため、この干物も、例年より手頃な値段で販売されていた。
オマケ情報
当初、メロスは朱金蟹を買う予定だったが、今年はハズレ年で、不漁だった。そのため、値段が高騰してしまい、断念。急遽、青銀鮭へと変更した。
ちなみにメロスは、すでにタロスやその周辺の者に、仲間意識を持っている。しかし、ツンデレなので、あえて友人顔はしない。
ツンデレ猫。なるほどね。
それはさておき、困ったな。オレっち、魔法鞄持ってないし、これからダンス学科に行こうと思ってたんだけど、これを抱えて行くのも、皆の視線が痛いしな。
仕方ない。今日はサボるか。レキュー先生は年始からの仕事で学校には来てないし、他の先生だと基本ばっかやらされるし──うん、サボろう。
そんでもって、この干物は、ステラんとこに持ち込もう。料理学科で焼いてもらって、その場で食べたらいいや。
大きいから、ステラにもお裾分けして──エイベルとかーちゃんの分も確保して、学科終わりの時間になったら、服飾学科の教室まで行けばいいか。
◇◇◇◇◇
「タロス君⋯⋯コレ、持って帰らずに、今、全部食べた方がいいわよ。廊下や魔牛車内がとんでもないことになるから」
焼き上げた青銀鮭の干物の前で、ステラがポニー顔をしかめた。
「⋯⋯だな。あまりにも香ばしすぎて、ヤベーわ」
焼き魚臭が強すぎる。食欲をそそる美味しそうな匂いだが、キツ過ぎる。これでは、スメルテロになりかねない。
結局、ステラと専門学科の授業が終わったエイベルとリリアン、そしてオレっちの四人で食べた。
美味しかった。だけど、後からよく思い出してみると、あの時、青銀鮭と朱金蟹の他に、ハチミツのことも書いたハズだ。普通、そっちの方をセレクトするもんじゃない?
メロスの土産センスって、どーなっとんの!?




