第七十話 獣学校の年末イベント④
年末イベント三日目は、オレっち、エイベル、ボビンの三人で、どちらかと言うとマイナーなアランやヒンガーの専門学科を見に行った。
アランの専門学科である工芸学科の教室は、これまた三教室をぶち抜いた程の広さがあり、そのうちの四分の一ほどの面積を魔法染料の専門コーナーとして使用していた。
メインである魔法染料の見事な、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の虹色瓶の展示は良いとして──アレは何だろう?
なんつーか⋯⋯大家族の洗濯物?
実際、その一画は、物干し竿に掛けられた様々な色の布で埋め尽くされていた。
多彩な布色や美しく絵付けされた柄や模様がなければ、洗濯物を干してあるようにしか見えない。その下には幾つかの桶が置いており、その中に沈められた布地もあった。
「なぁ、アラン。コレって、一応、売り物なの?」
ボビンが、絵筆を持ったままのアランに訊ねる。
「一応じゃなくて、ちゃんとした売り物だよ。これなんか、耐熱魔素繊維の布に染め付けした物で、青色も鮮やかだし、火魔法に強い優れものだよ?市販だと三倍はする高級品なんだ」
「ふ~ん、そうなんだ。じゃあ、コレは?」
オレっちは、赤い布に黄色の花が描かれた布を指した。
「それは、水魔法耐性や氷魔法耐性の布だね。今の時期だと寒さを軽減できるよ」
「スゲーな」
「ただ⋯⋯所詮は学生の作品だからね。魔素繊維はともかく、魔法染料の効果はマチマチなんだ。アタリもあればハズレもあるって感じ?」
「⋯⋯まあ、安いものには裏があるから」
前世でも格安サイトで販売してたやつは、ほぼソレだったからな〜。
「僕〜、コレ〜買おうかな〜?」
エイベルが紫色の布を手に持った。シルクのような光沢があって、とても美しい。
「それは⋯⋯確か、魅了系の魔法染料だったかな?魅了スキルを持つ女子の作品だね」
「へー⋯フツーの布しか見えないけど、魅了効果があるんだ?」
「ものすごく人を選ぶケドね。要するに、ある程度の美男や美女でないと効果が薄いっていうか」
それって、魅了の意味ないやんけ。さては失敗作だな。どうりで安いわけだ。ただの布だもん。
◇◇◇◇◇
「魔素は魔法の根源、魔法文明を支えるエネルギーです。ですが、その濃度によっては毒ともなります。実際、私たちの祖である古代人は、滅びかけました。その後、私たちは古き神々によって強固な魔素耐性を得ましたが、今の時代の濃度なら加護を喪っても問題はありません。ここまでは皆が知ってる事ですが──」
三本の赤毛尾を揺らしたキツネ顔の女子が、魔法ボードに書いた説明文を解説していく。彼女はヒンガーの先輩にあたる魔素学学科の学生らしい。
正直、オレっちはこの分野に興味が持てない。
魔素があるからこその魔法文明なのは理解しているが、魔素の循環や魔導器による変換された魔素エネルギー云々は『魔素=魔法=エネルギー』でええやん!ってな端的思考。深くは考えない。
でも、それを深く考えるヒンガーは、いつもの力が抜けたような虚脱アヒル顔を引き締めて、先輩たちによる魔素学の論文発表を聞いている。多分、オレっちたちの存在にも気づいていないっぽい。
「⋯⋯出るか」
エイベルとボビンを連れて、静かに魔素学学科の教室を出た。
マイナーな学科は人混みがなくていい面もあるが、興味を惹かれにくいという特性もある。ここは多少の混雑も覚悟して、メジャー系の学科を見学しに行こう。
◇◇◇◇◇
「らっしゃい、らっしゃい!!コレは、農業学科自慢のジャガイモだよ!魔法鞄を持っている人は、大量買いするなら今がチャンスだよ!持ってなくても取り置きもできるから、今買って、帰るときに持って帰れるよ!!」
青みのある灰色毛の熊獣人学生が、威勢のいい掛け声を上げる。
大獣国からの留学生か移住者なのかは分からないが、随分と楽しそうだ。他にもいろんな野菜が籠ごと長机の上に大量に並べられていて、それをアナグマ獣人やら犬獣人やら鳥獣人──その他の売り子生徒たちが、客の注文数を聞いて売り捌いていく。
この獣学校で一番生徒数の多い農業学科は、校舎とはやや離れた場所(農場)を使用していて、その移動には専用の魔牛車を使っている。田畑や季節別野菜の栽培用温室は、大校庭と同じく、ウルドラシルが無い広い場所にしか作れないからだ。
まさに、獣学校の奥の奥──校内を流れる川を利用して、大規模農園の田畑が、辺り一面に広がっていた。
ちなみに、獣学校の各食堂もここで作られた大量の作物を使用しているので、作りすぎても困ることはない。
また、進路についても、卒業した時点で自分の田畑が確保できない者や就職先がなかなか決まらない者、そういった人たちは、とりあえずここで短期契約をして働きつつ、ボランティアで農業指導の教師もするという。この人材の無駄の無さには、恐れ入った。
「あら、タロス君たち、野菜を買いに来たの?」
不意に声を掛けられ後ろを振り向くと、野菜の入ったバケツを手に持った三毛猫獣人のセーラがいた。
基礎学科ではいつもオサレなワンピースを着ていたが、今は青い作業着姿だ。しかも、服の袖口やズボンの裾、作業靴には土汚れがついていた。
「あ、セーラの専門学科はここだっけ!」
「そうよ。私の家は農家だから、半強制選択だけど」
「でも〜将来は〜家を継ぐんだから〜仕方ないよね〜」
「継がないわよ。先月、弟が生まれたからね。私はそのツナギ⋯っていうか、もしもの時の予備人員ね」
エイベルにアッサリと家の内情を曝したセーラは、野菜入りのバケツを地面に下ろした。
「じゃあ、別の方向に進むこともあるってこと?」
ボビンがそう言うと、セーラは何故か、オレっちの頭──花冠に視線を向けた。
「⋯⋯私は、花作りの方に進むつもりなの。米や野菜よりは興味が持てるし、規模は小さいけどウチでも栽培してるし」
「ふ~ん⋯」
「ただ、ウチで栽培してるのは、単価の低い花ばかりなのよね。育てやすいから仕方ないけど」
「値段の高い花って、育てにくいんだ?」
「まぁね。それに、種や球根のほとんどがウルドラからの輸入品だから、コストが掛かるし──特に品種改良された薔薇はね」
品種改良した薔薇。たとえば、赤の賢者様が改良したラブルローゼみたいなのか。
ウ〜ム⋯⋯オレっちも、そろそろ薔薇を育てて──あ、種植えたけど、芽が出なかったんだっけ!せっかく本場のウルドラで買った薔薇だったのに⋯⋯。
そうだ!セーラに相談してみよう!学生とはいえ、花に詳しそうだし!!
ってか、ここを次の専門学科にしたら、セーラは先輩になるんだ。ふむ、見知った顔がいるのは安心するな。(逆の意味でストレスになったのは、ミンフェア先輩だったけど)