第六十九話 獣学校の年末イベント③
年末イベント二日目──リリアンとエイベルは、午前中だけ服飾学科の売り子をしているので、二人と合流するのは午後からだ。ボビンも今日は、魔法書の権威である某教授のセミナーが開かれるとかで、不在。
他のクラスメートも、それぞれの学科でこき使われてるしな。(習学レベルが低いから)
「タロス君⋯もしかして一人?」
「ああ、うん。エイベルたちとは昼からの合流だから」
「そう⋯」
基礎学科教室の廊下で会ったポニー顔女子のステラが、穏やかに微笑んだ。
嫌な予感。
「ということは、午前中は予定がないということね!」
「え~と、これから──だ、大校庭に行くんだ!同じダンス学科の人たちが、創作ダンスを披露してるから!!」
ダンス学科のメインの演し物はミュージカルだが、選抜されなかったダンス学科の生徒たちが大校庭──獣学校の第二校舎と第三校舎の間にある運動場で、思い思いに自分たちのダンスを披露しているのだ。
他にも大校庭を使用している学科はあるが、ここはウルドラシルが一本もない拓けた場所。名称に大が付いてるだけあってかなりの広さがあり、問題はない。
「それって、誰かと約束してるわけじゃないわよね?」
「約束は⋯⋯してないけど⋯⋯でも、同じ学科の先輩たちだし」
「誰のダンスを観に行くの?」
「え~と⋯⋯」
アカン。ここで適当にダンス学科の生徒の名を言っても、また何かツッコまれそうな気がする。
「私の専門学科が料理学科なのは知ってるでしょ?実は、事前に用意していたイベント用のクッキーが、初日で半分以上売れちゃってね。今から大急ぎで追加分を作ることになったんだけど──」
アカン!コレは『タロスは逃げられない。周りをかこまれた』だ!!
──詰んだ。
◇◇◇◇◇
「悪いわね〜。本当に人手が足りなくて困ってたのよ。ほとんどの先輩たちは、学科の模擬レストランの仕込みをしてるから、クッキー作りにまで手が回らなくって」
さいですか。
オレっちは言葉にすることなく、ステラの言葉に頷いた。
ここは、第一校舎内の第一食堂の隣にある、料理学科の調理室。セッセと動く人たちのほとんどは、食堂の一部を模擬レストランとして借りて、そこで料理の腕を奮うレベルの高い生徒たちだ。
そうしたメインの調理場から少し離れた調理台の上で、オレっちはクッキー生地の型抜きを黙々としていた。
丸、四角に三角、星に花に葉っぱ──それぞれの形を型抜きしたクッキー生地を取って、鉄板の上に乗せていく。
ふう。結構な数が作れた──とか思っていたら、今度はココアを混ぜ込んだ生地が出され、また同じ作業の繰り返し。
作業としては、重労働ではない。むしろ、生地を作ったり、オーブンで何度も焼きを繰り返しているステラたちの方が大変だ。
しかし⋯⋯なんか飽きた。
「⋯⋯」
型を抜いた穴だらけの生地を集め、棒で伸ばす。そして、オレっちはヘラを持ち、ある型へと形成した。名付けて『ゴッドゴーレムクッキー』♪
「完璧だ⋯!!」
我ながらとても上手くできた。それをそっと他の型のクッキー生地と共に鉄板の上に乗せる。
ステラたちはほとんど流れ作業でやってるから、多分、気づかないだろう。とはいえ、焼き上がり後には、確実にバレるが。
「みょ〜な物があるわね⋯⋯」
「そう?オレのオリジナルクッキーなんだけど?」
案の定、即バレした。
「不良品ね。売りには出せないわ」
「失礼な。だったら、オレが買うよ。それなら文句ないだろ?」
ベストの裏ポケットから、お気に入りのがま口財布を取り出す。
「まあ、手伝ってくれたお礼にクッキーをあげるつもりだったから、それはあげるわ──責任持って処分してちょうだい」
オイ。形はイレギュラーだけど、中身は君たちが作った同じ生地のクッキーだぞ?生地の産みの親である君が、姉妹格差をするとは⋯⋯ガッカリだな!
◇◇◇◇◇
「お待たせ〜タロス〜⋯アレ〜?」
「なんか甘い香りが⋯⋯タロスの花じゃないわよね?」
エイベルとリリアンが鼻をクンクンさせて、オレっちを見た。
「ああ、うん。多分、クッキーの焼ける匂いだな。さっきまでステラにクッキー作りを手伝わされてたから」
「確かステラは、料理学科よね。じゃあ、今日のお昼は、模擬レストランにしましょうか」
「ステラはレベル不足でレストランの方には出てないけどな」
いたとしても、注文取りか皿洗いだろうが。
料理学科による模擬レストランは、広い第一食堂の三分の一を使って営業していた。スイーツメニューは午後二時からスタートなので、今の時間では長々と席を温める者はおらず、すぐに席に着くことができた。
エイベルは体を暖めるためなのか、天ぷら蕎麦を注文し、リリアンはパンと海鮮グラタンのセットメニューを頼んでいた。
オレっちは、年末イベントの特別メニューである粉モンW(タコ焼き&お好み焼き)を頼んだ。
「美味いっ!」
このちょい甘めのソースが、めっちゃ仕事してるー!
「美味しい〜ね〜。この蕎麦も〜出汁の味が濃くって〜」
⋯⋯唐辛子を山ほどかけていたから、完全に旨味を殺してると思うけど。
「このクオリティでこの値段──やるわね」
リリアンの言う通り、とにかく安い。ほぼワンコインならぬ500ベルビー!
⋯まあ、作り手が料理学科の生徒なので、人件費がかかってないからな。
「タロス君」
不意に名前を呼ばれて、声のした方向に顔を向ける。
そこには、白いフリル付きの淡いピンク色のメイド服?ぽい服を着たステラが立っていた。ポニー顔が、いつもの穏やかな表情に戻ってる。(クッキー作成時は鬼のようだった)
「やっぱりあのクッキーだけじゃお礼にならないから、コレも食べて。エイベルとリリアンの分もあるわよ」
そう言って、オレっちたちのテーブルの上に、ハンカチで包んだ三つのカップケーキ?を置いた。
「コレ、これから出すデザート用のお芋のバターケーキなの。タロス君、さっきはゴメンね。忙しくてイライラしてから、つい言い過ぎちゃった」
「え~と⋯⋯いや、オレも勝手なことしたから」
「タロス、何したの?」
リリアンが速攻で訊ねてきた。
「いや、販売用のクッキーの中に、これを入れちゃって──」
財布を入れた内ポケットとは反対側の左内ポケットから、ゴッドゴーレムの形をしたクッキーを、包装袋ごと取り出す。
「⋯⋯何、この四角いの?」
「ナニって、ゴッドゴーレムだよ?」
「タロス〜顔が潰れちゃって〜判別できないよ〜?」
「⋯⋯生地の時は上手く出来てたんだけど、焼きで失敗した感はある」
「⋯⋯それは、私の焼き加減が下手だと言うことかしら⋯⋯?」
あ。しまったっ!!




