閑話 坊っちゃんの留学
「タロス君。君に是非、頼みたいことがあってね⋯⋯」
え。坊っちゃんがオレっちに話し掛けてくるなんて、チョー珍しいやんけ。しかも、頼みって?
「実は、来年ウルドラに留学することになったんだ。しかも、聖竜都──ヴァシュラム・ルアの最高学府──ではないが、それなりの名門でね」
紫銀のキツネ耳がピコピコと動く。
「はあ⋯⋯そーなんですか」
最高学府じゃないところが坊っちゃんらしい。おそらく、名門=金を積んで入れる方の名門だろう。
ウルドラの竜人学校はビスケス・モビルケとはシステムが違うから、私立の学校がある。当然、最初から授業料が発生するので、ある程度の経済力がないと入れない。
わざわざそこに入るってことは、坊っちゃんも己の社交性を活かして、国外に活路を見いだす気になったのだろうか?今のままだと、お嬢様の方が跡継ぎになるっぽいしな。
「そこでだね⋯⋯ウルドラで世話になる屋敷のご息女が、珍しい加護種である君を見てみたいらしいんだ」
「はあ⋯⋯そうなんですか」
珍しい加護種⋯⋯珍獣みてーな扱いだな、おい。
「明後日、事前準備のためにウルドラへと出発するのだが、そこで君も彼女と対面してもらいたい。だが⋯⋯タロス君。君はハッキリ言って、可愛らしい外見とは違い、中身が少々変わっている」
「はあ⋯⋯そう──ハイッ!?」
変わってる?今、変わってるって言った!?
坊っちゃんの二本のキツネ尾が、大きく揺れた。
「そういうリアクションだよ!君を見ていると、何故だか他の子供たちとは違う違和感を感じるんだ!しかし、僕の知り合いの希少種は、君たち親子しかいない。ピアナさんは大人だし、ここは子供である君の方が適任なのだが⋯⋯いいかい、彼女との対面の間だけ、普通の可愛いカリスのフリをするんだ!」
フツーのカワイイカリスのフリ──
つまり、素のままだと、異常な可愛くないカリスだってこと!?いくら雇い主の息子だからって酷すぎない!?ムカつくから断って──
「勿論タダではない。報酬を払おう。魔法紙幣では後で問題になりそうだから、君の欲しいものを現物で買い与えよう。⋯⋯どうだい!?」
「承知いたしました、坊っ⋯マルクス様!このタロス、誠心誠意を持って職務を全うさせて頂きます!!」
「⋯⋯そう言うところが、おかしいのだが⋯⋯」
ヤッホーイ!最近、あのカモが来なくなって、ゴッドゴーレムの魔法合金シリーズ最新版が買えなかったんだよな〜。それに、加護戦隊ナナレンジャーの加護武器も欲しかったし⋯⋯あと、セーレブホテルのザッハトルテも⋯⋯
我ながら、物欲全開!
◇◇◇◇◇
カワイイ、カリスね──さて、どうするか。
『ハジメマシテ〜ボクゥ、タロスって言います♡カリスっていう加護種ナンデスよ〜♡』
⋯⋯キモい。これはアウトだな。
『こ⋯こんにちわ⋯⋯ボクは⋯タロスです⋯⋯よ、よろしく⋯⋯』
⋯⋯弱々しい=可愛い──では無いな。
『オッス、オラ、タロス!よろしくな!』
某キャラ的な言い方だと、陽気だけど可愛いとは思えない。
アレ、結構難しい?オレっち、フツーの子供なのに!?
そうだ!他の子供のマネをしてみよう!
『こんにちわ〜!ボクは〜タロスです〜よろしくね〜!』
エイベル風に言ってみる。今までのよりは、カワイイ気がする。
『初めまして──これからよろしくね』
フェンリーだとこんな感じだな。彼らしい落ち着いた挨拶で、あんまり子供らしくない。
う〜ん⋯⋯う〜ん⋯⋯そうだ!!
◇◇◇◇◇
三度目のウルドラ入り。今回は自家用ジェットならぬ、自家用鳥浮船での入国となった。
そして、坊っちゃんが世話になるという富豪竜人家のお屋敷で待っていたお嬢様に、ご挨拶。
「失礼しま〜す!」
脚をソロリソロリと交互に出し、腕もまたそれに合わせる。
そして、相手の直前で尻尾を突き出し、そこからクルリクルリと二回ほど回って、最後に微笑みながら左手は相手に差し出し、右手をお腹につけて、フィニッシュ!
「初めまして!タロス・カリスでーす!よろしくお願いしまーす!!」
どう!?ミンフェア先輩指導のKAWAII、あ・い・さ・つ!!
「⋯⋯」
「⋯⋯」
アレレ?どうしたのかなぁ?坊っちゃんの顔が、面白いことになってる。
「は、初めまして!わたし、アミステラ・リヴァーン⋯です!」
オレっちの目の前にいたのは、小さな──いや、オレっちより背が高いけど、赤い髪の可愛い竜人の女の子だった。角も赤いけど、髪より薄めでややピンクより。
「ヌイグルミみたいにカワイイ⋯それに、キレイなお花。ねぇ、匂いを嗅いでもいいかしら?カリスの花って、とってもいい匂いがするんでしょ?」
「どうぞ、どうぞ。コレ、一応、古き神々の世界の花なんですよ!」
とはいえ、カガリス様の頭の後ろに咲いてる日陰の花らしいけど。
「え。そうなの!?スゴい、スゴい!」
はしゃぐ彼女の後ろで、坊っちゃんが壁に手をつき、息を整えていた。⋯⋯どうしたのかなぁ?
☆ マルクス視点 ☆
僕は、マルクス・ムービー。ビスケス・モビルケにおいて国内外の幅広い商品を手広く取り扱っている大商人の家に生まれた。
美しい母に似て美しく成長した僕だが、父に似て地味な顔立ち(僕に比べて)をしている妹のマリリンに、跡継ぎの座を奪われそうになっている。
ハッキリ言って、マリリンは僕よりも頭がいい。しかも、外見はおっとりしてはいるが、実は抜け目ない性格をしている。この辺りは父とよく似ていて、多分、商売人としては僕よりも優れているのだろう。
母曰く、『私の個人資産がたくさんあるから、跡継ぎになれなくても、貴方は何も心配することはないのよ』とのこと。
⋯⋯少し、ビスケス・モビルケから離れてみようと思う。マリリンと同じ学校には通いたくないし、もっと世界を──ウルドラム大陸を観て回りたい。
ホスト家として、我が家と取り引きのあったウルドラの名門──リヴァーン家を紹介された。
元々は、魔素金属が出る鉱山を所有する成り上がりだった家だが、何代か前に竜賢者に嫁がせた娘が寵姫となり、名声を得た。
残念ながら子には恵まれず、寵姫もとうの昔に亡くなったが、まだ竜賢者家との交流があるとのこと。そこの娘が小獣人の⋯⋯珍しい加護種を見たいと、我が父に連絡してきた。
確かに我が家には、カリスの母子がいる。
母である清楚系美人のピアナさんは上品なので、何も問題はない。ところが──リヴァーンの娘は、『子供のほうがいい!』と、ごねた。
子供の方はマズイ!!──と、僕は咄嗟に思った。
このタロスという子は、外見はピアナさんとよく似ていて、一見、女の子に見えるほどの可愛さなのだが、口を開くとナニか違う生物のような違和感だらけの奇妙な子だったのだ。
夏と冬の屋敷内イベントでも常に浮いていて、おかしな行動をすることが多かったし、秋の大祭にしても、先頭にもかかわらず、コケそうになったり笏を何度も落としたり⋯⋯普通の子供なら動揺するものだが、あのタロスという子供は、何事もなかったかのように平然としていた。
周りの大人たちは子供だからと、それを微笑ましく見ていたが、僕はナニか違う生物がそこにいるような気がして、二本の尾がザワザワしたものだ。
それをリヴァーンの娘に会わせる⋯⋯嫌な予感しかしない。だから、僕は彼と取り引きをした。
案の定、子供らしくない承諾の仕方で、取り引きは成立。なのに──
客間に入ってきたタロスは、最初から奇妙だった。
さらに、客人たるアミステラ嬢の前で尻尾を向け、二回転し、意味不明なポーズのまま、語尾を伸ばした無礼な言葉で挨拶──しやがった!!
僕は、普通の可愛いカリスで、と念押ししたのに、この結果!!
足元がふらつき、壁に手を当てて息を整える。
「あ~、このお花、いい匂いだけど、ものすごくお腹が空く匂いだわ〜」
「よく言われます!」
「ねぇ、一緒にお茶しましょうよ!」
「でも⋯⋯」
理解できないナゾの生物が、僕に視線を向ける。正直、疲れた。もう、ホスト家なんかどーでもいいや。
「⋯そうですね。ゆっくりお話をしたいでしょうし──タロス君、君も席に座りたまえ」