第六十二話 大祭前の加護種たち
その日以来、極端なダイエットは止めて、食べた以上に運動するという路線に切り替えた。
ってなわけで、ダイエット二週間目の本日の昼食は、月見うどんのみ。レキュー先生の言う通り、ゆっくり味わって食べる。最後まで残しておいた生卵を、出汁とともに飲み干す。
ダイエットする前だったら、次は食後のデザートへって続く流れだったんだけど、しばらくは封印しておく。この後のダンスレッスンで、ミンフェア先輩に体重チェックをされるからな。
◇◇◇◇◇
「⋯⋯昨日より少し減ってるけど、ちょっと停滞気味ね」
体重測定用の小型魔法具の数字をガン見するミンフェア先輩が怖い。
体重って、最初の頃はドカンと減るけど、中盤はビミョーな減り方になるんだよな。ダイエットあるある。
「まあ、いいわ。いくわよ、ワン、ツー!ワン、ツー!」
「ホッ、ホッ!」
軽くなった分、動きが速くなり、回転もスムーズになった。あとは──
スコン、ポーン!
笏代わりのバトンが、すっぽ抜けた。
「相変わらず、握力が弱いわネ〜」
レキュー先生がバトンを拾い上げながら、ため息を吐く。
ギュと握りしめても、踊ってるうちに緩むのか、最低でも二回は落とす。
「もういっそのこと、手に巻きつけてしまう?」
「あら、でもそれじゃあ、悪目立ちしなイ?しかも先頭だシ」
「タロスの毛で巻けば分からないかも?」
ミンフェア先輩がオレっちの手の甲の毛を引っ張る。──痛い!
「案外、風魔法の付与で軽くしているからダメなのかもしれないワ。普通の重さにしてみましョ!」
レキュー先生が、付与魔法を解除する。重い。そもそも木製のバトンなので、風魔法の付与あってのダンス用なのだ。
「駄目ね。タロスの腕が上がってないわ。なんかヨタヨタしてるし」
「う〜ん⋯⋯そうだワ!タロス、貴方、自分で魔法を付与してみなさイ。軽さだけじゃなくテ、手と一体化させるようなイメージでネ!」
いきなりの高等テクニック要求!
「て、手と一体化⋯⋯」
え~と、え~と、アロ◯アルファでくっつけるイメージ?それとも布で巻く──あ、そうだ!手に風を巻きつけるイメージでやってみよう!
どうだ!?おっ、なんかイイ感じ!
「ふーん。バトンと手を風で巻いたのね。私のアイデアは、やっぱり正しかったわ」
ミンフェア先輩のは、毛で巻く発想でしょ!痛いだけで、意味がなかったやん!
◇◇◇◇◇
「おや。随分上達したね、タロス君」
秋の大祭の舞を指導するモモンガ似の獣神官様が、オレっちを褒めてくれた。うれしい。
「ええ。私が学校のダンス学科で指導していたので!」
オレっちの背後にいたミンフェア先輩が、腕組みポーズでマウントをとる。
その通りのような、少し違うような⋯⋯ミンフェア先輩の指導は大雑把で、レキュー先生の細かい指導がなければ、オレっちはここまで上達しなかったと思う。
「おや。そうだったんだね。でも、タロス君が頑張ったからこそ、上手くなったんだと思うよ」
さすがは神官様。見抜いていらっしゃる。
そもそもミンフェア先輩、毎年、おしゃべりと自分本位な舞で怒られてるもんね。ザマァ(小)
「タロス君、お久しぶりッチ!」
「あ、チルルーさん!お久しぶりです!」
秋の大祭二番手こと、シマエナガ似のチルルーさんがひょこっと、その丸くて白い姿を現した。
チルルーさんとは一番手と二番手であるが故に距離こそ近かったが、大祭前と大祭中はほぼ会話することがなかった。
しかし、大祭終了後、舞手たちを慰労するために開かれた立食パーティーで、オレっちに声を掛けてきてくれたのだ。
しばし、回想──
◇◇◇◇◇
その時のオレっちは、他の参加者たちが我先にとガツガツ料理を食べるなか、一人静かに、だが確実に狙った料理を皿に盛りながら、モグっていた。
(フッ⋯⋯下品なガキどもめ。そんな食べ方だと、日頃、親が粗食しか出さないと誤解されるだろうが。その点オレっちは、かーちゃんに恥をかかせず、優雅に──)
『タロス君!』
『んぐっ!──ゲボッ!』
突然、背後から声を掛けられ、ビックリして咀嚼していた唐揚げが喉に詰まり、思いっきり下品な声が出た。
『あ、ゴメンッチ!大丈夫ッチ!?あの⋯⋯お礼を言おうと思って、声を掛けたんだけど』
真っ白コンビの片割れ(?)──シマエナガ獣人の兄ちゃんが、背中をさすってくれた。
『ゴホッ──お、お礼!?』
なんかしたっけ?むしろ、してもらったような気がするが。(ケツで)
『去年までボッチが先頭だったッチ。今年はチミが一番手になってくれたから、今までより気がラクだったッチ。ありがとうッチ。⋯⋯ホントはもっと早くに言いたかったケド、ボッチの言葉は、北のナマリがあるから恥ずかしかったッチ』
寡黙な兄ちゃんだと思ってだけど、全然そうじゃなかった。なんでも、最初に参加した秋の大祭で、方言を笑われたらしい。
『方言は恥ずかしくないよ!むしろ特色があってワカイイ感じがするし。多分、笑った奴は、感性が死滅してる、クソ加護種だよ!』
前世のように外国語にしか聞こえない方言は困るが、フツーに内容が解る方言は、人情味があると思う。
『そうかな。⋯⋯だったら、うれしいッチ』
それから二人で食べながら、お互いのことを話した。時間は短かったが、オレっちたちは秋の大祭の顔のようなもの。来年の再会を約束して、お別れした。
そして、今、一年ぶりの再会!
◇◇◇◇◇
「あ~ら、ミンフェア!その爪、キラキラしてて、カワイイわね〜!そのマニュキュア、どこで買ったの!?」
「コレはね、魔石粉末を光スキルで加工した新作なのよ!アメジオスの流行りでね〜!アッチに住んでる従姉にもらったの!⋯⋯あら、フランシア!その靴、ステキね!どこで買ったの!?」
「ああ、これはね〜」
騒音並みにうるさいフェアリー獣人たち。音量、下げろや。
☆ オマケ ☆
チルルーの加護種名は、エナガー。古き神々の一柱、エナガシーの眷属。
ビスケス・モビルケの北の街、フォーカイドゥーの出身。
父は鶴似の鳥獣人。母はハクビシン似の獣人。母方の祖父がエナガーだった。
カリスと同じく絶滅寸前の加護種。七歳から五年間、秋の大祭の先頭を務めた。
タロスのような図太さがないので、先頭のプレッシャーに苦しみ続けてきた。そこから解放され、交代してくれたタロスに感謝している。そして、そのメンタルの強さに憧れてもいる。
笏を落としても、コケそうになっても、まったく動揺しないその姿は、尊敬に値する──らしい。
実際、タロスは、落とした笏はすぐに拾ったからそれでイイだろうと思ってるし、コケそうになっただけで実際はコケてないから、セーフだと思っている。繊細のセの字もない、大雑把な性格。
それとは真逆の、繊細過ぎるガラスハートの持ち主が、チルルー。人は自分に無いものを求めるものらしい。




