第六十一話 秋の大祭前のダイエット
いろいろとあり過ぎた夏休みが終わり、久しぶりの獣学校への登校。
「大変だったね、タロス!!」
教室に入った途端、フェンリーがオレっちに声を掛けてきた。
あの夏の誘拐事件は、ビスケス・モビルケの各新聞紙で大きく報じられ、その中の一紙に『保護施設の子供たちだけでなく、秋の大祭で一番先頭だったカリスの子もいた』との一文があったため、多くの人々が、オレっちが被害者の一人だと知っていたのだ。
「実はエイベルも、あの時、一緒だったんだ!エイベルなんて、保護施設の子供を抱えて飛んで逃げ切ったんだぜ!スゴいよ!」
「えっ、それは本当に凄いね!」
「エイベルって、意外と勇気あるよな〜」
「だろ!」
フェンリーやボビンの言葉に、オレっちが頷く。あ~⋯⋯この久しぶりのツバメ顔とバンビ顔を見ると、学校だな〜って、実感するな。
「⋯⋯オイ、タロス。お前はその時どうしてたんだ?」
黒い革ベストのポケットに両手を突っ込んだままのメロスが、初めてオレっちの名前を呼んだ。ちょい高圧的な物言いだが、パールグレイの折れ耳ネコはツンデレなので、コレが普通なんだろう。
「え~と⋯⋯誘拐犯に捕まってました⋯⋯」
見栄は張るまい。オレっちは、正直に答えた。
「ふ~ん。まあ、仕方ねーな。記事じゃ、元竜人や大獣人もいたって話だしな」
一番厄介だったのは、あのクソギツネババァだったけどな。
結局、あの強欲ババァの身元は割れたのか確認できず。アレから一ヶ月近く経っても、事件の進展はないようだった。
「大獣国でも子供の誘拐は、時々あるんだ。大抵は、竜人国や人間の国の違法な魔素鉱山で見つかる。強制労働用の奴隷にされてるんだ」
「そうなんだ⋯⋯」
大獣人の子供は竜人の子と同じく、幼い頃から力が強いらしいからな。でも、竜人の子供は竜体化できるようになると逃げちゃうし、そうなると逃げにくい大獣人の子供の方になっちゃうのか。
「お前たち小獣人は、愛玩用か下働き奴隷だろうがな」
「メロス、君も小獣人だろう⋯⋯」
「⋯⋯」
フェンリーのツッコミに沈黙したメロスだが、なぜかオレっちに顔を向けて、近づいてきた。
「コレ⋯やるよ」
「えっ」
メロスが革ベストの右ポケットから出したのは、一枚のハガキ⋯ではなく、視覚転写の転写真だった。
「彼は、今年の大武闘会⋯夏の陣の優勝者だ。これを部屋に飾って拝めば、少しは強くなるかもしれないぜ?」
転写真には、顔面が血だらけの虎獣人の青年が写っていた。精悍な顔立ちの彼の頭のてっぺんには、長大な爪が刺さったままになっている。
⋯⋯コレを、どうしろと!?
「タロス君!無事で良かったね!!」
ビックリするほどの大声でオレっちの名前を呼んだのは、リブライト先生だ。
「よしよし、元気そうだね。良かった」
続いて、モブラン先生が教室に入ってくる。それからは授業前の雑談続きで、それぞれが久しぶりの再会を喜んだ。
◇◇◇◇◇
「タロス⋯⋯心配したのヨ!」
これまたお久しぶりのダンス学科教室──復帰したレキュー先生がすでに待ち構えていた。
「本当にね。私たちは希少種だから、特に用心しないといけないのよ」
ミンフェア先輩も待ち構えていた。
「⋯⋯アラ?」
「タロス、アンタ⋯⋯」
〚太った(タ)!?〛
二人のシンクロ声が、オレっちの耳を打つ。
やっぱりバレましたか⋯⋯。一番に気づいたのは、かーちゃんだったが。(我が癒しの友や級友たちは、スルーしてくれた)
そのかーちゃんはダイエットに成功したらしく、お腹部分がスッキリしていた。
「秋の大祭まであと一ヶ月──ギリギリかしラ?」
「ギリギリですわね!」
レキュー先生の言葉に、ミンフェア先輩が応える。
「タロス。貴方は今日から⋯いえ、今からダイエットよッ!とりあえず、動きなさイ!はい、ワン、ツー、ワン、ツー!!」
「は、ハイっ!え〜と、ワン、ツー、ワン⋯⋯あれ??」
ヒ〜!!思ってたより、体が重くてキレがない!
「糖質制限と運動がカギだわネ⋯⋯」
「タロス、死ぬ気で頑張るのよ!今年もアンタが先頭なんだからねっ!」
レキュー先生はともかく、ミンフェア先輩が怖い。いつの間にか『君』から『アンタ』って呼ばれるようになってるし。これは──ボクサー並のダイエット確定か!?
◇◇◇◇◇
「タロス〜大丈夫〜?」
「ああ⋯⋯一応、生きてるから大丈夫さ、エイベル⋯⋯」
ダイエット二日目。口に入れるものは水と豆腐とリンゴのみ。さらに獣学校の正門から第二校舎までの走り込み(行きと帰りの往復)で、三キロは痩せた。
「タロス〜ちょっと頑張り過ぎだよ〜」
「でも⋯⋯ミンフェアさんが怖いし⋯⋯」
自分でも極端過ぎるとは思ったけど、ミンフェア先輩の圧がスゴイのだ。レキュー先生は、健康的に痩せなさいって感じだったけど、ミンフェア先輩は⋯⋯
「痩せるのなんて簡単さ。食べないでひたすら眠ればいいんだ」
夏休み終了から二日目にして登校してきたアランが、そう言った。
「食べないと逆にお腹が空いて眠れないデショ?」
豆柴犬獣人のニジーの指摘に、アランのアライグマ顔が困惑顔になる。
「なんで?ボクは、染色作業中に寝落ちして半日寝ても、お腹が空いたことないけど?」
「アンタの胃はどうなってんのヨ!?」
アランのように何かに夢中になってると、胃が空っぽでも自覚がないんだよな〜⋯。でも、オレっちは⋯⋯
グゥ〜ギュルルルル
「お腹空いた⋯⋯」
「まだ〜一時間目も始まってないよ〜、タロス〜」
アカン。腹が減り過ぎて、授業どころやないわ。っていうか、ダンスも無理ぃ〜!




