第五十三話 聖竜都〜ヴァシュラム・ルア
「無事で良かったのぉ!飛行所の職員たちも混乱していて、なかなか正確な情報が届かんかったから、ヤキモキしてたんじゃ!」
トムさんはそう言って、ハム顔で笑った。
ウルドラの聖竜都──ヴァシュラム・ルアの飛行所に着いたのは、次の日の午前中だった。オレっちたちは保護された町のホテルで一泊し、希望者のみが、次の日の始発の鳥浮船で出発したのだ。あの獣神殿の施設の子供たちも一緒だった。
「朝刊でも読んだが、まだ事件の詳細は解らんようだの。それでも大勢の子供たちが狙われたことで、こっちでも大ニュースになっとるよ」
誘拐犯の仲間の何人かは捕まったが、彼らは金で雇われた獣人たちで、パールアリアの闇組織とは直接の繋がりはなく、あの下請け人間コンビのそのまた下請けだったらしい。やっぱりあったわ、異世界闇バイト。
「それに──『竜の名残り』が犯行に関わっておったから、余計にの」
竜の名残りとは、竜の神々の加護を喪った第一世代のことだ。今は珍しいとも言える第一世代が関わった犯罪だからこそ、ウルドラの竜人たちの関心が高かったのだろう。
「それはさておき──とりあえず疲れているじゃろうから、息子の家でゆっくりと休むといい」
「ありがとうございます!トムさん!」
「また〜お世話になります〜」
ウルドラの飛行所から出ている大型魔牛車で、ヴァシュラム・ルアの街中まで移動していく。
「本当に〜大きな建物ばっかりだね〜」
「だな」
まだ遠目だが、石造りの高い建物ばかりが目立つ。
ウルドラシルが多いビスケス・モビルケとは違い、巨大な木々はまったく見えない。代わりに見えるのは、石造りの大きな建物⋯ビルばかりだ。
しかし、そのビルの上には緑があるし、近づくにつれ、建物の間に植樹された低い木々や、花を含めた多くの植物が植えられていることに気づいた。
ただ、それらは整備された景観用のものであり、オレっちたちの国のような自然感は無い。
前世の都会に近い⋯のかな?大きく違うのは、せせこましい建物がなく、密集していないということだ。だから空もよく見えるし、細い路地もほぼ無い。ぱっと見だから、奥の方までは分からないけど。
「息子の家は、ちょっと中央から離れた場所での。ここから別の魔牛車に乗り換えるんじゃ」
トムさんのハムケツを見ながら、個人魔牛車乗り場へと向かう。
竜人、大獣人、小獣人、加護人──竜人はもちろんだが、ウルドラに定住しているのか観光しているだけなのか──とにかく、加護種の坩堝って感じ。
さすがは、元統一国第一首都。牛魔獣でさえ見栄えのする細工が施された金属製の首輪や足輪を身に着け、セレブ感を醸し出している。小獣国は、簡素な房付きの縄だけだから、余計にそう感じるんだろうけど。
「あ〜見て見て〜タロス〜!あの人たちカッコいいね〜!」
エイベルのはしゃぐ声を聞いてその視線の先を辿ると、揃いの白と青の制服──軍服?を着た竜人たちが三人ほど、特に大きくて目立つ建物の前に立っていた。
「あれは、『神聖竜騎士団』じゃよ。珍しいの。騎士服の色からして、彼らは白の竜賢者様付きの騎士たちのようじゃが」
⋯⋯神聖竜騎士団!!アレが、ウルドラム大陸の騎士団の元祖!?
トムさんの言葉に、オレっちは興奮した。
ビスケス・モビルケにも賢者付きの神聖小獣騎士団があり、ポラリス・スタージャーにも王家付きの神聖大獣騎士団がある。
この二つは、統一国時代から存在していた神聖竜騎士団からパクった⋯⋯いや、参考にして作られたもので、軍や警団とは違い、賢者や王を護るためだけに存在している。
近年では賢者様たちが少なくなったため規模も縮小されたが、それでも国のエリートなのには違いない。第1級国家魔導師及び特級魔導師もその枠に入っており、式典の際には、それ専用の騎士服を纏う。実際、秋の大祭の時、賢者様の警護をしていたのは彼らだった。
「もしかすると、あの建物の中に、賢者様がいるのかな?」
「そうかものぉ。じゃが、我々庶民がそのお姿を見ることができるのは、年始めの式典時のみじゃからの。現在の竜賢者様は三人。そのうちのお一人、黒の竜賢者様は、もう何年も式典に出ておられない御高齢の方での⋯⋯」
ああ、うん。うちの賢者様と同じく、寿命が近いんだな。永い間、お勤めご苦労さまでした。
「古き神々の時代の自律型ゴーレムを現代に蘇らせた、錬金錬成と魔導回路の天才じゃったのじゃが」
死んだらアカン!!
あの、おむす⋯⋯ゴーレム公といい、竜賢者様といい、実際にゴッドゴーレムを造れそうな方々は、何故にあの世に近いのか!!
◇◇◇◇◇
「ここが、息子の家じゃ。ウルドラシルを使用した総木造りになっておる。庭は小ぢんまりしておるが、中は広いぞ!」
ゴッドゴーレム⋯じゃなく、賢者様の死に待ったをかける奇跡を願いつつ景色を眺めていたら、いつの間にか目的地に到着していた。
息子さんの家は、郊外にある住宅地の二階建ての木造の一軒家で、トムさんの言った通り、庭と呼べる所は家周りの部分だけで、そこもまた広くはなかった。
「息子は仕事に出ておるから、ワシが家の中を案内しよう。さて、まずは荷物を客室に置いて──」
「あ、そうだ。トムさん、これ、前回と同じで、とにかく甘くて美味しいセットです。定番ばっかで面白味がないんですけど、息子さんと食べて下さい!」
ビスケス・モビルケ定番の小獣クッキーと小獣饅頭をトムさんに手渡す。
あの事件のあった鳥浮船に残されたままの荷物は、飛行所の職員さんが回収し、改めて出発する際に、持ち主を確認した後、返却してもらった。
オレっちは、リュックとお土産の入った紙袋を。エイベルもまた、リュックの中身を確認してから受け取った。
「僕も〜ジイジから預かった荷物が〜あるの〜」
そう言ってエイベルが取り出したのは、ビスケス・モビルケの店でよく見かける生活グッズだった。
長毛ブラシと短毛ブラシ──獣人には欠かせない必須アイテムだ。
「おお!長年使っておったヤツがそろそろ限界での。小獣国の専用ブラシをイベルに頼んでおいたんじゃ!さて、お代は幾らかの?」
「ジイジが〜僕たちがお世話分になるから〜そのお礼にプレゼントするって〜伝えてって〜言ってたの〜」
「かなり値が張ったと思うんじゃが⋯⋯」
「う~ん、値段が分からないから〜もういいと思う〜」
「そうか、そうか。なら、代金代わりに君たちの案内を頑張るとするかの」
オレっちとエイベルは、一階にあるリビングの隣の部屋に案内された。
「ここを使うといい。この部屋にはベッドはないが、布団を用意しておるから、それを使っておくれ」
実際にフローリングの床の上には折り畳まれた二組の布団以外は何一つなく、窓から差し込む日差しと風に揺れる緑色のカーテンだけが目についた。
「息子は一人暮らしなんじゃが、とにかく蔵書が多くての。ここ以外は、全て本棚みたいなもんじゃ。加護魔法研究所の職員じゃから仕方がないのかもしれんが」
「加護魔法──特性スキルのことですか?」
「そうじゃ。主にその二つ目以上のスキルの発生条件を研究しているようじゃが⋯⋯ワシにはよく分からん」
加護による特性スキルの一つ目は、誰もが普通に持っているが(オレっちだと自己治療)、二つ目、三つ目は潜在的なものが多く、皆が皆、発現できるものではない。
特定の条件があったり、本人の気質にもよるらしい。
あと、老いてから突然発現するものもあったりするから、そうしたことを研究する必要があるんだろう。特性スキルは、国にとって有益な能力でもある。だから、それを研究する意味は大きい。
「一人暮らしってことは、息子さんは結婚してないんですね」
「いんや。一度したが離婚してのぉ。嫁は孫を連れて出て行った。要するに逃げられたんじゃ」
「⋯⋯」
「研究者としては優秀でも、夫としてはのぉ⋯⋯子供は可愛がっておったんじゃが、嫁に連れていかれた。それからさらに研究にのめり込んでワシたちにも連絡せんので、時々、この家の片付けと様子見に、他の息子たちと交代で来とるんじゃ」
あ~⋯⋯奥さんが去った後の一軒家って、ほぼ物置と化すから⋯⋯場合によっては孤独死もあるしな。この辺りも前世と同じような感じ。
「二階は混沌としておるから、上がらん方がいい。分厚くて重い専門書ばかりじゃから、危ないんじゃ。さて、茶でも淹れるかの。台所に行こうか」
◇◇◇◇◇
「小獣饅頭は美味いのぉ。やはり、この甘さがワシの好みじゃ。聖竜都の菓子類は、味が薄くて物足りん」
「お茶は美味しいんですけどね。ウルドラは飴とかもそんなに甘くなくて、びっくりしました」
「そうだね〜去年〜ウルドラの人に貰った飴も〜ビスケス・モビルケとは〜全然違う味だった〜」
エイベルの言う通り、あの飴は前世で言うならミント系のヤツで、美味しいんだけど、ビスケス・モビルケみたいな激甘飴が普通になってたから、久しぶりの味にびっくりした。
「所変わればなんとやら⋯じゃな。ところで、今からじゃと見学できる所は少ないんじゃが、ウルドラの竜神殿──と言っても、小さな神殿があるから、行ってみるかの?」
「ハイ!見たいです!」
「竜神殿って〜初めて〜!」
竜神殿⋯⋯やっぱ、竜だらけの内装だろうな。それはそれでカッコ良さそうだ。大体、想像つくけど、行ってみるか!
「さて、行くかの!」
「アイアイサー!」
「アイ、アイ⋯?タロス〜、それ何〜!?」