閑話 エイベルの闘い〜辿り着く根性
「はぁ、はぁ⋯⋯」
ウルドラシルの広い枝の間を何度もくぐり抜け、鳥浮船から遠くへ離れようと、皮膜翼を懸命に動かす。
抱えた子供は風魔法の付与で軽かったが、疲労感からか、段々と体全体に重さを感じるようになってきた。
「!!」
自分ではかなりの距離を飛んだつもりだったが、遠目に犯人の一味らしき武装した鳥獣人を見て、慌てて死角となる木の影に降りた。
ハァ、ハァ⋯⋯喉が渇いたなぁ〜⋯。
極度の緊張から空腹感は感じなかったが、喉はカラカラだった。
腕の中の子供は、泣き疲れて眠っている。
タロス⋯⋯逃げきれたかな〜?
あの緊迫した場面で怖がることもなく、積極的に鳥浮船から飛び出した歳下の親友の姿を思い出す。
タロスって、昔から怖いもの知らずっていうか、妙に自信あり気な態度で行動するから、ある意味勇敢だけど、失敗することも多いんだよね〜。心配。
思えば初対面の時から物怖じせず、堂々とした態度の子供だった。
『オレ、タロス。よろしく!』
『エ、エイベルだよ〜、よろしくね〜』
『⋯⋯エイベルって、昼間でも起きてるの?』
『え?』
『あ、ゴメン。オレ的に、夜活動してるイメージがあって──よく考えたら、ンなわけないよな!』
『⋯⋯うん〜夜は寝てるね〜⋯⋯』
タロスがお母さんと一緒にお屋敷にきたのは、彼が4歳の時だった。僕は6歳だったけど、すごく大人びていて、その語彙力と軽快な口調に圧倒された。
『皮膜翼ってカッコいいよな。鳥の羽よりダーク感があって』
『ふ~ん。翼と腕は別々なんだ〜。そこはやっぱり違うよな〜』
『満月の夜とか赤い月の時に、飛びたいとかは思わないの?』
『やっぱ、トマトジュースが一番好きなの?』
最初の頃は、タロスと会話する度に困惑した。
はっきり言って、僕にはタロスの思考がよく解らなかった。ただ、よく『かーちゃんが』『かーちゃんがさー』と連発するので、お母さんが大好きなんだな〜と、そこだけ理解した。
お母さん。⋯⋯僕にはよく解らない。ジイジのことはよく知ってるけど。
僕のお母さんが僕を捨てて、それでジイジが育ててくれているのは何年も前から知っていた。ジイジは、母から預かった⋯と言っていたけど、周りの人たちの会話からそうで無いことは知っていたし、父親も誰だか分からない出生は、僕の生来の気弱さと自信の無さに拍車をかけていた。
そんな僕に、タロスは積極的に話しかけてきた。タロスは基本、お屋敷の敷地内の従業員アパートで生活をしていて、僕は別館のジイジの部屋で過ごしていたが、廊下や庭、特に食堂で会うことが多く、歳が近いこともあって、段々と話す時間も伸びていった。
『やっぱ、エイベル兄さんと呼んだほうがいいのかな〜?』
『兄さん⋯⋯なんか〜変な感じだから〜、エイベルのままでいいよ〜』
『そう?エイベルって、寛大だな〜。世の中には歳の序列にこだわる心の狭〜い人もいるからね〜』
⋯⋯タロスって、ホントに僕より歳下なんだろうか?僕にはそんな難しい言い回しはできない。頭が良いんだな。
ある時、ポラリス・スタージャーから来た客人の子供が、僕を召使い扱いしたことがあった。
『ねぇ、暇だからなんか面白いことしなさいよ!』
『⋯⋯』
『アンタ、ここの召使いの子供でしょ?だったら客をもてなすのが仕事よね?』
『僕の〜お爺ちゃんは執事だけど〜、僕は〜仕事なんてないよ〜』
『召使いの孫なら召使いじゃん。そうね〜、アタシを乗せて空を飛びなさいよ!』
『無理だよ〜!まだ〜重いもの持って飛べないもん〜』
『アンタ!重いって、アタシのこと言ってんの!?レディに対して──』
『エイベル〜!遊びに行こうぜー!!って、誰?このぽっちゃりカバ?』
『ぽっちゃり??カバって何よ!?ってか、アンタ、誰!?』
『オレ?オレ、タロス!』
『アンタも召使いの子供なの!?』
『召使いつーか、かーちゃんが使用人だから使用人の子だよー』
『フン。だったら、アンタもアタシをもてなしなさいよ!』
『じゃあ、一緒に遊ぶ?予定外だけど、仲間に入れてあげるよ!』
『なんでそうなるのよ!!』
⋯⋯スゴい。自然に会話に入ってきて、自分のペースに持っていっている。結局、噛み合わない会話に疲れたのか、女の子はプンプンしながら客室へと戻って行った。
『あのカバの子、なんであんなに怒ってたのかな?』
『⋯⋯タロス〜、あの子の加護種名は〜カバじゃないと思うよ〜?ていうか、カバって〜何〜?』
『あ、そうか!カバ似だけどカバじゃなかった!忘れてたわ!』
タロスは時々よく分からない単語を発するが、彼の中では成立している言葉のようなので、そっとしておく。
とにかくタロスは、我が強い。そして、心も強いので、いつでも堂々としている。僕とは正反対だ。
バサッという羽ばたきが聴こえて、ハッとする。いけない。しっかりしなければ。遠目に見えていたはずの鳥獣人が、こんなに近くまで来ていたとは。
息を殺しながら相手の動きを見る。すると、鳥獣人の男は急上昇していった。高度のある場所から、逃げた乗客たちを探すつもりだろう。
⋯⋯ウルドラシルは木々の間もだが、枝葉の隙間も大きい。もし、あの男が視覚系のスキル持ちだったら、ここも見つかる可能性がある。少しづつ移動しよう。
できるだけ葉が密集している場所の下を歩く。そうしているうちに、鳥獣人は飛び去った。時間切れか、誰か他の人たちが見つかったのか──。
他に気配を感じなかったので、僕は意を決し、再び皮膜翼を動かした。
魔力の残量は少ない。タロスがスキルの魔力増幅を掛けてくれたが、それさえも使い果たした。そして、体力ももう限界に近い。でも──
逃げきるんだ!!僕には戦闘スキルはない。持っているスキルだって風魔法派生の補助ばかりだ。その中の一つに風噴射がある。スタートだけだけど、二キロは跳ぶ。
高度を上げて、ウルドラシルの上へと出た。
ドン!
最後の魔力を振り絞り、弾丸のように跳んだ。スキル効果が尽きた後、前方の下方に何人かの獣人の姿が見えた。女の人もいる──犯人の中には女性の姿はなかった。手を振る様子を見て、味方だと判断する。
その後のことは曖昧で、ハッキリとは憶えていない。魔力だけでなく、体力も尽きたのだ。
タロス⋯⋯僕は、君ほどの勇気を持っていないけど、自分なりの目標を持って、そこに辿り着く根性は持っていたよ。