第四十九話 今生最大のピンチ③
規格外の人間って、何!?──さっぱり意味が分からないが、今はそんな事を考えている場合ではない。甲板へと向かう人々の列に、エイベルと共に並ぶ。
「荷物は邪魔になるから、置いて行くんだ!!」
乗客の何人かが荷物を抱える様子を見た乗務員が、彼らを注意する。
オレっちは注意される前からリュックとお土産の紙袋を、座席に置いたままにしていた。
あんな重い荷物を持って走ることはできないし、魔法紙幣を入れた財布は、ベストの内側ポケット(ファスナー付き)に入れてある。これらは聖竜都でのスリ対策だったが、思わぬ形で役立った。
とりあえず財布さえあれば、闇雲に走って見知らぬ村や町に辿り着いても、食料を買えるしな。⋯⋯いや、助けを求めるのが先か。
「ひいッ!!」
「ワアッ!!」
先に外へと出た者たちが、次々に悲鳴を上げる。 船内との出入り口から近い場所に、体格のいい人間の大男が立ち、その足下に乗務員の戦闘リーダー格だった熊獣人の男性が倒れていたからだ。
──もしかして、死んでる!?いや、HPの残りが80ある!元が2600だから、ほぼ瀕死だけど!
他の乗客たちの混乱を見たせいか、逆に冷静になったオレっちは、ステータスを視てホッとする。
ついでにこの人間も視てみよう。規格外の人間の意味が、解るかもしれない。
ステータス・オープン!
名前 ダンガリオ 種名 元竜人(第一世代)
HP 3000/3500 MP 1800/2300
火LV6 風LV6
スキル 火炎輪撃 火炎輪脚 体術強化
十数年前までは、ウルドラの竜人だった。実家は、賢者家に代々仕える武門の家柄。
賢者に仕える者たち同士の派閥争いの結果、罠にはまって国外に出された事により、海の呪いを受けた。
あくまでも事故であったという事で、加護を喪っても竜人として扱われたが、結局、ウルドラを出た。
加護を喪ったばかりの竜人は、竜体化と竜体スキルの消失以外のステータスは変化しないので、人間としては規格外の能力を持つ。
彼らは第一世代と呼ばれるが、海の呪い以降の第一世代は、ほぼウルドラから追放された者たちなので、どの国でも生き辛い。素性を隠して人間の国へと行っても国籍が得られないため犯罪者になる事が多く、また、そうした者を勧誘している闇組織も多い。
ダンガリオは事前にそれらを知っており、国を出る際、事故で加護を喪った証明書を発行してもらい、パールアリアで国籍を得た後、ダンジョン冒険者として再出発した。なお、頭の角は、呪いを受けた直後に消滅している。
冒険者となって数年後、パーティーを組んだ男に騙され、犯罪奴隷に堕とされてしまう。そもそも仕組まれた罠だったので、パールアリアの犯罪組織に強制的に入れられ、悪事に加担する事になってしまった。
とにかく、よく罠にかかる。二度あることは三度ある。あと一回は、また罠にかかる可能性が大。
⋯⋯めっちゃ重い。
本人のやる気がなくても、竜人特有の頑丈さと能力の高さが、ハンパなくこっちをコテンパンにしてくる。それでもトドメを刺さないのは、彼の心情の表われだろう。
「皆、逃げろーっ!」
「動ける者は、奴を止めるんだ!!」
倒されてない乗務員たちが、他の雑魚敵を振り切って、こちらへと走ってくる。
「エイベル、ここで一旦お別れだ!その子を頼むぞ!」
「う、うん〜!!」
「おおおおお!」
エイベルがネズミっ子を抱きかかえて飛び立つのを見届けたオレっちは、黄色の魔法具傘を開いて、甲板から飛び降りた。風魔法を使って、できるだけ遠くへと空中移動する。
翼を持たない者たちは、皆、同じようにして飛び降り、四方八方へと散らばった。
風魔法が使えない者には補助する者が付いていたが、自前で風魔法が使えるオレっちは、一人っきりだった。
でも、オレっちの風魔法、LV1だった。
「──アカンやんけ!!」
レベルの低さに加えて、すでに着陸していた鳥浮船からの高さじゃ、全然足りなかった!
まさかの短距離浮遊!敵から丸見えじゃん!泣くわ!!
心の中で滂沱しながら、数メートル先の巨木の森へと逃げ込む。⋯⋯前に捕まった。敵側の熊獣人に。
彼は口角を上げ、ニンマリと笑った。乗務員リーダーさんが島国のツキノワグマなら、こっちは大陸のグリズリー。尻尾を掴まれたオレっちは、硬直した。
「ガキ一匹、捕まえたど〜。オーレのノルマは三匹だからー、コレで達成ー!」
両手で挟まれ持ち上げられたオレっちは、硬直したまま、ポイッと大きな木製のコンテナ?に入れられた。大きな手で挟まれてたから、明確には分からなかったけど。
コンテナ箱の中にはすでに十人ぐらいの子供たちがいて、三角座りでシクシクと泣いていた。
彼らと一緒にいた大人たちは、どうなったの!?エイベルは⋯⋯エイベルは、逃げきれたのか!?
「やっぱ全員は無理だったか。まあ、コイツを入れたら二十匹だから、コレで良しとするか!」
最後の一人、子ダヌキっ娘が放り込まれ、箱が動き出した。ヒヒーンと馬の嘶きが聴こえて、そこで初めて、このコンテナが魔馬車の荷台であることに気がついた。
馬魔獣は速い。おそらくパールアリアに連れて行かれる可能性が高いが、途中、ネーヴァを経由する必要がある。国境はどうするんだろう?
それも気になるが、あのグリズリー獣人から得たステータス情報では、この襲撃は、小獣国の孤児たちを誘拐するための作戦で、実行犯はパールアリアの犯罪組織の下部組織の人間と、雇われた獣人だと書いてあった。
⋯⋯オレっちたち、どこに連れて行かれるんだろう⋯?
どっちにしても、チート無し、戦闘力無しのオレっちじゃどうにもならない。連絡を受けたビスケス・モビルケの獣警団や国境の小獣軍が助けに来るのを待つのみだ。
あとは⋯⋯そうだな。
──古き神々よ、敬虔たる眷属である我らを救い給え!!の、神頼み一択。
◇◇◇◇◇
そして、今に至る訳だが──なんかうるさいな。
次の瞬間、ガシャン!と凄い音がして、荷台が大きく揺れた。と同時に、馬魔獣の異様な嘶きと、複数の怒号が続く。
「────!?────!!」
⋯⋯え。馬魔獣が逃げちゃったの!?




