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閑話 ある母カリスの物語

今回は、ピアナかーちゃんの過去です

 私はピアナ・カリス。

 ビスケス・モビルケの港町、ハマグリナの小さな飲食店を営む家に生まれた。

 カリスの私が生まれた事に、両親はとても驚いたという。母方にカリスの曾祖母がいたとは知っていたが、父も母も兄もシィーマ・リース神の加護種であるマリスだったからだ。それでも35年ぶりの、しかも初めての女の子だった私は、とても可愛がられた。

 両親は、祖父から受け継いだ店をとても繁盛させていたし、齢の離れた兄はとても優しかった。


 私が8歳の時、父が老朽化してきたお店をリフォームしようと考えた。でも、少しばかり資金が足りなかったらしい。そんな時、ふと私の花冠が目に入ったからなのか『ピアナの花を一本だけ売って、足りない分を補えないか?』と、母に相談した。

 母は最初、とても反対した。カリスにとって花冠の花は、とても大切な物だと知っていたからだ。

 そんな時、ハマグリナの町を台風が襲った。そして、古びたお店の外観はますます酷くなり、次に地震が起こったら倒壊する危険まで出てきた。


 『ごめんね、ピアナ。一本だけ⋯⋯花をおくれ』

 母が申し訳無さそうに言った時、私は迷わなかった。

 『いいんよ。そんでお店がキレイになるなら、花の一本ぐらい平気だよぉ!』


 そうして、お店は建て替えられた。元の土地に新しい店をオープンしたのだ。

 リフォームではなく古いお店を解体し、新築したたのは、思ったより私の花が高く売れたおかげだった。もともと用意していた資金と合わせると、大層な金額になったらしい。


 でも──その後、父も母も、少しづつおかしくなっていった。

 再オープンして数ヶ月は、それまで通りだったのに、いつの間にか、たまに外にお酒を飲みに行くだけだった父が、少し離れた街のカジノに出入りするようになったのだ。そして、それを咎めた母とよく喧嘩するようになった。

 そうした夫婦仲の悪化から母もよく外出するようになり、お店はいつも休業するようになってしまった。

 そして、最初の花を売ってから一年も経たないうちに、また花を売るように言われた。⋯⋯父がカジノで作った借金を返済するために。


 兄はというと、獣学校を卒業してから、マルガナの大きなレストランで働いていたが、たった二ヶ月で辞めてしまって、実家に戻っていた。

 そうして、頼りにならない両親の代わりに店を開店させたが、上手くいかなかった。だから、私の花を売ることは仕方がないと、父と共に迫ってきた。

 母はというと、派手な服やキツイ香水を身に着けるようになり、父とは別に借金を抱えているようだった。


 私はまた、花冠の花を自分で切ると、それを父に渡した。──秋の大祭の三週間前の事だった。


 秋の大祭のために、私はマルガナへと来ていた。無料で宿泊できるからか、久しぶりの家族全員が揃っての滞在だった。


 舞の練習をしていた私に、ある神官様が話し掛けてきた。


 『その花冠はどうしたの?』


 10本あった花は8本になっていたが、頭の毛で誤魔化して分かりにくくなっていた。⋯⋯母がそうしたのだ。

 『貴女は確か、10本の花持ちだったはず。大人のカリスが花を売るのは本人の責任だが、子供の貴女が自分で売るとは思えない。⋯⋯辛かっただろう』


 神官様の言葉に、私は泣いた。そうだ。私は悲しかった。

 最初は全く気にしなかった。一本ぐらい、家族のためならどうって事は無かったからだ。でも──それがいけなかった。私の花が、家族をバラバラにしてしまったのだ。初めから泣いて嫌がったら良かったのに。


 それから私は、マルガナの獣神殿の施設で保護される事になった。

 両親と兄とは、その後、会っていない。賢者様を大神官とする神官様の権限は強い。その上、後ろめたさがあるので、おそらく彼らは大人しくハマグリナへと帰っていったのだろう。⋯⋯今となっては、それを確認する必要もないが。


 時は流れ、私は獣学校を卒業後、神殿の保護施設を出て、あるお屋敷でメイドとして働き始めた。

 たいして就活することなく就職先が決まったのは、私がカリスだったからだ。


 よくお世話になった施設職員さんの知り合いの富豪の家では、国内のみならず他国からのお客様も多かった。そうした方々は、希少種の小獣人に接待されることを好むのだとか。

 花冠を持つカリスの私は、お屋敷でお客様をもてなすメイドでもあり、旦那様や奥様が他国の方々に招かれたパーティーなどでは、側仕えとして付き従った。

 それから30年、私が60歳になった年、あるカリスの男性から求婚された。


 最初、私はそれを断った。私はまだ若く、あと30年は結婚するつもりがなかったからだ。

 でも、それから20年も、彼はしつこく求婚してきた。


 彼、セイラム・カリスは、はっきり言って、顔がいいだけのお坊ちゃんだった。

 それでも、保護施設出の私を熱心に口説き、折に触れてはプレゼントを渡してくれる彼に、私も少しは好感を持つようになっていたし、何よりも私は、自分の家族が欲しかった。

 実家がお金持ちで、同じカリスである彼なら、私の花を金として見ることもないだろう──その点も考えて、結婚を決意した。⋯⋯我ながら、打算的であったと思う。


 しかし、結婚後の夫は、浮気三昧だった。派手な見た目の花を自慢し、金をばら撒き、商売女から素人まで幅広くイチャコラやっていた。


 でも、私は平気だった。私だって子供目当てだったし、十分な生活費で贅沢させて貰っていたから。

 そして、十年後に妊娠、出産した。通常、私たち獣人の妊娠は、20年以上はかかるので、この早過ぎる出産は驚きだった。そうして産まれた我が子は──カリスだった。これも予想外だった。


 一部の加護種の絶滅や数が減少している原因は、神々の事情にあると、昔から伝えられている。


 例えば──猿王神(えんおうしん)の眷族。

 猿王神とは、猿神と呼ばれる数多くの神を束ねる王で、神々の争いが始まってからすぐに、猿神族を連れ、この世界から去ってしまったと言われている。

 二柱の大神のどちらにもつかなかった彼らは、それ以後、この世界への干渉を断ち、地上に残された彼らの加護種もまた、時と共に絶滅してしまった。


 そして、もう一つは、神々の休眠期による加護種の減少だ。神々は老いると深い眠りにつき、心と体を一新するのだという。⋯⋯これに関しては、私たちの理解を超える生態なので、それ以上の事は解らない。ただ、神々が眠りに入ると、その加護を受ける者が徐々に居なくなる⋯という事が解るのみだ。だから、カリスも、もう生まれない可能性の方が高かった。



 夫は、喜んだ。第一子であるから、それは当然だろうと思っていたが⋯⋯。

 『やった!カリスだ!やはり、お前と結婚して正解だった!!』

 『!?』

 夫の──セイラムは、そう言った。つまり、彼が私に求婚してきた理由は⋯⋯馬鹿なの!?この子はたまたまカリスだっただけで、そうでない可能性の方が高かったのに!!

 この時点で、浮気性でマイナスだった彼への評価がさらにマイナスとなり、私は彼と暮らすことが段々と苦痛になってきた。


 そして、子供の頭の白い毛の間から花の芽が出だした時に、トドメを刺された。


 『はあ?7本!?なんで、10本の俺とお前からできた子が7本しか無いんだ!?失敗かよ!』


 私は離婚を決意した。

 失敗は、アナタとの結婚の方よ!この、色ぼけエロカリスが!!



 そして──決行の日が訪れた。

 この日のために少しずつ準備した荷物を、しばらく宿泊するホテルに置いた後、息子のタロスを背負い、たすき掛けしたバッグの中に園芸用のハサミを入れる。何も知らない我が子は、キュ、キュと機嫌よく鳴いている。


 ゴメンね、タロス。でも、お父さんの分まで私があなたを愛するから、我慢してね。


 私は、夫と浮気相手が籠もる部屋のドアを開けた──。





 ☆ 補足 ☆


 ピアナかーちゃんは、第5レベルクラスで一旦休学し、数年後に復学して、第7レベルクラスで卒業しています。

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