第四十四話 小獣インTheプールその①
夏休み開始から二日後──今日は、獣学校のクラスメートの何人かとプールで水遊びをすることになっていた。
「『マルガナ小獣市民ジャンボプール』前〜、お降りの方は、慌てずにゆっくりと降りて下さい〜」
魔牛車の御者さんが、注意を促す。
「ヤッチュ!」
「イヤッチュ〜!」
「イエーチュー!」
どの世界でもルールを守れない者はいるもので、金、銀、銅の三色スナネズミ幼獣たちが歓声を上げながら、跳び降りて行った。
「元気だね〜」
「迷惑な程な」
あのオリンピックメダル色の三匹のガキどもは、とにかくうるさかった。魔牛車内で騒ぐのはルール違反だと言うのに。そもそも、あの三び⋯じゃなかった三人は、心話スキルの持ち主のハズ。なぜテレパシーで会話しないのか。
古き神々のなかには、双子・三つ子もいる。その加護種たちもまた多胎児で、その上もれなく心話スキルが授けられており、兄弟姉妹間で心の中での会話が可能なのだ。
このスキル持ちの大半は、双子ならば二人セット、三つ子ならば三人セットで就職するのが定番だ。
特に機密性の高い情報機関などでは重宝されている。その他にも様々な公共機関、あるいは冒険者ギルドなどでも必ず何組かはいるし、なかには一人がギルド職員になって、その片割れが冒険者パーティーに入り、ダンジョン内の情報をリアルタイムで送る事もあるんだとか。どっちにしても、引く手数多の勝ち組やん。
ビスケス・モビルケの通信魔導機器は、政府直轄の施設や神殿などの場所にしか置いていない。(冒険者ギルドはダンジョン内にある為に通信不可)
前世のような携帯型も、国の要人ぐらいしか持っていないとのこと。
じゃあ、一般市民は?と言うと、主に手紙か一方的な音声魔法具を送るか──緊急時には、鳥獣人たちによる伝言や特急便を使ったりしている。
あと、特殊なスキル持ち──例えば、紙に魔法をかけて相手に飛ばすとか、鏡を媒体にして相手の家の鏡に入って直接話すだとか──魔法ってホンマに便利やね。
エイベルのジイジ⋯執事さんなんて、ウルドラのトムさんとの連絡には同郷の双子姉妹にお願いしてるし。
お姉さんがスミー村の駄菓子屋さんで、妹さんがお屋敷の庭師のお嫁さんだからできる裏技なんだけど。なんでも二人とも昔は、お屋敷の商談連絡係として働いてたんだって。
「おーい、タロス、エイベル〜!こっち、こっち!」
ボビンの声が聞こえる方向に振り向くと、フェンリーやセーラ、エメア、ニジー、リリアン、そしてクラスの新顔、アヒル激似のヒンガーがいた。
このヒンガー、先月のテスト結果で第3レベルクラスに昇格したのだが、少し内向的で、なかなかクラスにとけ込めないのを心配したフェンリーが、今回のプールに誘ったのだ。
「半大人だから半額でいいよ」
チケット売り場のカワウソ兄さんがオレっちたちに、大人料金の半額を提示する。その額、400ベルビー。
去年までは、魔法が使えない幼獣だったからタダだった。
今でも幼獣体ではあるが、魔法が使える時点で半大人扱いなので、嬉しいやら悲しいやら⋯⋯この市民プールは、氷獣祭での氷滑りとは違って、あやふやな年齢確認はしていない。飛行所にあるような専用の判定魔導器で確認しているのだ。
ゲートの上に付いている透明ランプが白になれば、無料の子供。灰色だと、半大人。黒だと完全に大人。青だと老体だと判断され、半大人のさらに半額、200ベルビーとなる。
体が小さいんだから、そこはタダにしろよ!⋯などとは言ってはいけない。魔法という凶器を持つ者には、自覚が必要なのだ。
「俺たち体が小さいんだから、タダにしてくれチュー!」
「魔法レベルだって、1とか2なんだぜ?無いのと同じチュ〜!」
「タダが駄目なら、三人セットの割引金額にしてくれーチュー!」
ここに自覚を持たない、アホ三人組がいた。また、お前らか。トビネズミ三兄弟。
「駄目だよ。半大人の灰色のランプが点いてる時点で、アウト。割引は十五人以上でないと無理。はい、一人、400ベルビーね」
どこまでも冷静なカワウソ兄さんが、右手を三兄弟の前に突き出し、入場料を催促する。
「ケチュ!」
「どケチュ〜!」
「ボッタクリチュー!」
ブーイング三兄弟よ。そもそも、このマルガナの物価の高さを考えろや。大人でも1000ベルビー超えてないんだぜ?しかも、周囲の神殿の保護施設の子供たちは、半大人であっても無料にしているボランティア精神の高きことよ。
それを考えたら、ケチだとかボッタクリだとかは、的外れってなモンだよ?
料金を支払った後もブーブー言ってる三兄弟が跳び跳ねながら去ると、オレっちたちも準備室へと向かって行った。そう、更衣室ではなく、準備室。
オレっちたちは獣人である。故に、毛玉である。プールに入る前のマナーとして、洗浄→毛繕いは常識。
ちなみに水着は女子のみが着用。そもそも前世の動物たちよりも毛の量が多いから、女子でも水着は要らんと思うのだが、そこは少しでもオサレ感を出したいのだろう。オレっちには解らぬ乙女心。
この体の洗浄も、風魔法や水魔法が使えるようになってから、だいぶ時間を短縮できるようになってきた。それ以前は、かーちゃんに手伝ってもらえないと大変だったのだ。特に背中と尻尾の付け根。
水魔法(お湯魔法?)でブラシや手の届きにくい場所を重点的に洗い、風魔法でサッと乾かし、ブラッシングも──ちょっと時間はかかるけど、一人で出来るようになった。こうして生活魔法を使ってるうちに魔法レベルも上がって──ない。
夏休み前に確認したステータス画面では、不動のLV1。どうなっとんの!?
「皆、最後のブラッシングは終わったね?じゃあ、次は浮き輪をレンタルしようか」
フェンリーが率先して、浮き輪をレンタルしている場所へと歩き始める。
レンタル料はタダなので、あとはどんな形の物か選ぶだけなんだけど──
「俺、コレ、チュ!」
「オレ、コレ〜チュ〜!」
「僕は、コレだーチュー!」
先客がいた。いつでもどこでも騒がしき、メダル色三兄弟。
「!?」
去年のお気に入り、回転浮き輪がない!魔法具付きの自動回転機能浮き輪──コレでグルグル回るのが好きだったのに。ショック!!しかも──
あのクソ三兄弟、三人とも回転浮き輪、選んどる〜っ!
「うう⋯回転浮き輪⋯⋯」
四肢を地に着け、悔し涙を流すオレっちに、エイベルが駆け寄る。
「タロス〜、この浮き輪なんて〜どう〜?」
エイベルが手に持っていたのは、水色の二連浮き輪だった。
「うん⋯」
過去、二番目に好きだった浮き輪だ。
一つ目の浮き輪の小さめの穴に頭を乗せ、二つ目の浮き輪の大きな穴に体と尻尾を入れて仰向けになり、尻尾の先端と足首だけを出して、青空を見上げながら水の上を漂う。
気持ち良すぎて居眠りしてたら、監視員さんに『沈みかけてるよー!』って、棒で突っかれたっけ。
「⋯⋯エイベルは?」
「これ〜!」
緑色のビート板を、小脇に抱えていた。
「僕〜、翼を使って〜前に進むのが〜好きだから〜」
そういえば去年もビート板を抱えて、皮膜翼で加速しながら泳いでたな。
フェンリーもボビンも女の子たちも、浮き輪が決まり、次々と大プールへと入っていった。
あー、水が気持ち良いな〜⋯。
客たちのほとんどは、この大プールよりも流水タイプのプールへと入っていた。だから今は、誰かと浮き輪が当たるわけでもなく、のんびりと浮かんでいられる。
そうしているうちに、他の皆は、思い思いの場所に散らばって行った。オレっちも後で、流れるプールに行こーっと。
ドン!
「ホエっ!?」
仰向けでくつろいでいたオレっちは、突然、何か大きな物に当たって、思わず叫び声を上げてしまった。
「ああ⋯⋯ゴメン⋯⋯近すぎちゃった」
水面から顔を出していたのは、アヒル顔のヒンガー。そこに、エイベルのビート板が当たった。
「あ〜ゴメン〜、ヒンガー!当たっちゃった〜!」
「⋯⋯いいよ⋯⋯大丈夫だから」
「ヒンガー、浮き輪〜レンタルしなかったんだ〜?」
「⋯⋯ウン⋯⋯ボクは、水中を潜るのが大好きなのさ⋯⋯フフ」
⋯⋯潜水アヒル?