第三十六話 安息日のお出かけ
今日はかーちゃんの休日にして、竜の神々の安息日という名の日曜日。お出かけするには絶好の晴天なり。
「タロス、準備できた?」
「うん、かーちゃん!」
今日は、映画を観るのだ。マルガナ最大の映画館──ではなく、マニア向けの小さな映画館で上映されている『棄てられた大陸を目指して』という、海の冒険モノ。
実は二百年ほど前の映画で、時折リバイバルされている、知る人ぞ知る傑作⋯らしい。
何でも、リブライト先生の親世代の知人の人魚さんが出演されていて、一度は観るべきだと勧められたのだ。
ちょうどまた上映が始まったから、チャンスだよ!と言われ、エイベルを誘ったのだが、学科の課題で提出する作品が間に合わないから、ムリ〜!と断られ、結局、かーちゃんと二人で観ることにした。
◇◇◇◇◇
五十人ほどで満席になってしまうような小さな映画館。木造の建物はリフォーム済なのか、外観も内部も小綺麗だった。
オレっちとかーちゃんは、中間列の座席の尻尾穴に尾を通し、並んで座った。
しかし、さすがはマニア向け。家族連れはオレっちたちだけで、あとは小獣人のオッサンや御老体、大獣人──お。亀獣人も居る。珍しいな。
彼らは島嶼部や海辺の町では多いそうだが、マルガナに定住している人は少ない。そうそう、珍しいといえば、人魚もそうだ。
彼女たちもどちらかというと海辺の住人だが、二本脚になれることもあって、あっちこっちの国に住んでいる。『泳ぎ方を忘れた人魚』って、映画ができるくらい海に潜らない人もいて、海離れ問題が提起されたほどだ。
ちなみに魚人はいない。人魚は女性のみで、男がいないからだ。
人魚たちに加護を授けた神様は女神様であり、神々の世界においては、高い地位にあったお方だったらしい。
そのせいなのか、彼女らの水系の能力は高く、怪物的とも評される海魔獣とも互角以上に戦える猛者ばかりなのだそうだ。⋯⋯前世のイメージと真逆やねんけど。
リブライト先生の親の知り合いさんも、渦潮魔法が得意だったらしい。怖ェ。
オレっち、実は、海中の都──竜宮城が見れるって期待してたんだけど、ソレって古き神々の時代だけで、神々が去った後は無くなってしまったんだそうな。残念。
海底に遺跡だけはあるみたいだから、大きくなったら、海底遺跡巡りツアーに申し込もう。
ジリリリリ!
室内が暗くなり、いよいよ映画が始まる!こーいう雰囲気の場所って、妙にドキドキするんだよね!
◇◇◇◇◇
「タロス、大丈夫?顔色が悪いわよ?」
⋯⋯いろんな意味で衝撃が強過ぎた。これで年齢制限無しとは。異世界映画、恐るべし。
「私も、沿岸部では見ないような海魔獣ばかりでビックリしたわ。さすが、実際の海域で撮影しただけあるわね。映像を観てるだけなのに、震えてしまったわ」
「うん⋯⋯」
遠洋の海魔獣⋯⋯マジで怪物だった。
陸の大型魔獣も怖いけど、海魔獣は外見が独特すぎて、ゲームや特撮系に出てくる怪獣──この世界では、ほぼダンジョンの魔物──としか言いようのないビジュアルな上にクジラよりも巨体で、しかも厄介なスキル持ちの多いこと多いこと。
そう。魔獣もそれぞれの特性スキルを持っている。身近なところだと馬魔獣や牛魔獣。彼らの速さや持久力は、彼ら自身が持つスキルでパワーアップしているのだ。ステータス見た時は、驚いたがな。そこそこ魔力持っとるし。
映画のストーリーはというと、この世界にあるもう一つの大陸を目指して、冒険者や海洋加護人(人魚は加護人枠)たちが協力し合い、船で彼の地に辿り着く──という流れ。
飛行所の鳥魔獣は、ウルドラム大陸の沿岸沿いの海の上までしか飛べないので、鳥浮船は使えないのだそうだ。島嶼部や遠洋海域の島には、より大型で凶暴な鳥魔獣(ほぼ恐竜)がいて、内陸の鳥魔獣たちは食べられちゃうんだって。ホエ〜。
さて、肝心の映画の内容だが、蓋を開けてみれば、ほぼほぼ海魔獣とのバトルと、過酷な船内での人間ドラマ、さらにラスト近くでは、別大陸の鳥魔獣に襲われ、生き残った仲間のほとんどが殺されてしまうという鬱展開に、オレっちは心を折られかけた。
実話をベースにしてるにしても、もちっと脚色しろや!そこはチートスキルで撃破して、ハッピーエンドやろうが!!
ちなみに実話では、別大陸どころか予定の十分の一しか進んでいない海域で、クラーケンもどきの遠洋海魔獣に船を破壊され、ダンジョンで得た虎の子の転移魔法具(使い捨て)で、数人のみが何とか生還できたそうだ。そもそも実話の乗員は、元竜人の現人間のみだったから(人魚はいなかった)、能力的に難しかったのかもしれない。
別大陸にして、タイトルにある『棄てられた大陸』の名は、リベルタニア。
この地に初めて上陸した半神血族である竜賢者の名が、そのまんま付けられたのだ。
でも、このリベルタニア様、別にここを目指して飛んでいたのではなくて、たまたま見つけて『例の大陸に、降りてみました!』てな感じだったらしい。
まあ、新大陸とはいえ、その存在自体は旧世界の時代から周知されており、古き神々の時代では禁忌の地とされていたがために、誰も確認できなかった幻の大陸だったんだが。
竜の神々もまた、何故かこの地の存在を無視していたというから、何か問題があったんだろうなー、と思ってたら、大アリだった。
別名、暗黒樹海──その名の通り、九割が樹海で、一割だけの空白部分が人の住める領域だったのだ。
何はともあれ、リベルタニア様の上陸から数千年──海の呪いが起こるまで、リベルタニアは竜人たちだけの住む大陸として、このウルドラム大陸と共に繁栄していた。それも、竜体化できなくなった時点で終わりを告げたが。
その日以来、リベルタニアに住んでいた元竜人たちとは、連絡が取れていない。大陸間の行き来は、竜体化した竜人たちの超大型の飛行船のみだったからだ。
オレっちたち古き神々の加護種は、この大陸が禁忌の場所だという認識が強く、意識的に受けつけなかったので、誰一人、移住した者がいなかった。残された竜人たちには気の毒だが、結果的には正解だったと言えよう。
⋯⋯こうした内容も映画の中で語られていたが、ストーリーやリベルタニア大陸云々よりも、主演の人魚たち海洋加護人やS級冒険者が大型海魔獣と死闘を繰り広げる様は、とんでもなくえげつなかった。
高レベル魔法やチート級スキルで一方的に海魔獣をボコ殴りするシーンもあれば、逆に、船よりもデカい海蛇魔獣に一口で食べられるシーンもあって(合成魔法加工?)観てるだけなのに、オレっちの全身の毛が痛いほどに逆立った。
ラスト近くの鳥魔獣も可愛げの可の字もない恐竜モドキで、モブ俳優たちが次々に拐われ、巣へと持ち帰られて──この時点で、オレっちの意識はしばし飛んでいたかもしれない。
何よりもショックだったのは、海では有利な人魚たちの水魔法は仕方ないとして、冒険者たちが放つ高レベル魔法や特殊スキルだった。
遠洋海魔獣=ダンジョンの魔物──オレっち、冒険者に向いてない?
そもそも攻撃魔法持って無いし。冒険者登録しても、パーティーの足手まといになるかも?属性魔法も少しずつ練習してるけど、魔力が足りないのか、しょぼい結果しか出せてないし⋯⋯。
確かに、いろいろ考えさせられる映画だった。現実を知り、心にビンタを食らったような感覚。
それは、心に喝を入れるものなのか、それともただのメンタル破壊なのか──
「タロス、今からセーレブホテルのレストランに行きましょうか。あそこのビュッフェ、好きでしょ?」
「!」
セーレブのビュッフェ!お値段高めだけど、めちゃ種類多くて、ゴージャスで、ウマウマの!
「タロスが学校に通い出してから外食してなかったし、本当に久しぶりねー」
ヤッフー!
かーちゃんの手を握り、ウキウキと映画館を出る。不思議だなー。こうしてると、さっきまで悩んでた事が嘘みたいに消えていく。
そもそも、ダンジョン冒険者をメイン職業にしなくても、ウルドラム大陸のアチコチを旅する職業でも全然OKじゃん。頑張って、外交官でも目指しますか!ウハハハハ!