第三十三話 学科見学その②
ジャカジャカ♪ジャンジャン♪パーンパーン♪
教室内に足を踏み入れた途端、軽快な魔楽音が大音量で聴こえて、オレっちとエイベルは、しばし硬直した。どうやら外には遮音魔法が展開されていたらしい。リリアン、そこも前もって言っといてくれや。
椅子は何脚かあるが、机は一切ないフローリングの床の上で、モフダンサーたちがそれぞれ違う振り付けで踊っていた。
めちゃくちゃ広いやんけ!──と思ったら、どうやら三クラス分の教室をブチ抜いた造りになっているらしい。
「君たち、学科見学の子たちネ?」
「キュッ!?」
背後から音もなく(音楽が大音量過ぎて聞こえない)声を掛けられて、つい鳴いてしまった。
「あ~、ゴメン、ゴメン。驚いタ?ワタシはダンス講師のレキュー。君たち、いや君、秋の大祭で先頭だった子だよネ?」
銀毛のシャム猫ぽい猫獣人の先生が、ブルーとグレーの目を細めてオレっちを見た。
あ。この人、オッドアイなんだ。お屋敷にも何人かいるからそう珍しくもないけど、この独特の雰囲気は⋯⋯。
「あ、はい。そうです!」
「フフ。魔笏を落としたり、回転し過ぎて転びそうになってたり⋯⋯でも、元気があって動作がキビキビしてたかラ、ワタシ的にはプラス評価かナ?」
「⋯⋯」
げ。チェックしてる人いたんだ!ヤベー!
「今年の秋の大祭は、魔笏を落とさないようにしないとネ。あと四ヶ月しかないから、今から特訓しないと間に合わないワヨ!」
「え」
「君は、運がいいわヨ〜。この学科は人気があるかラ、空いてる枠が少なくてネ。本来なら実技テストがあるんだかラ。でも君は、秋の大祭の顔みたいなモンだからネ。あ、そこのお友達は、テスト受けてもらうけド!」
「あ~、僕は〜ただの付き添いなんで〜」
エイベルがオレっちをチラ見しながら、レキュー先生に答える。
エイベルは踊りよりも空を飛ぶ方が楽しい、って言ってたもんな。でも、飛びながら踊るダンスもあったハズだけど──そもそもエイベルは、ダンスが苦手なのかも。いくら国民性って言っても、皆が皆、そうじゃないもんな。
「じゃあ、さっそく練習してみル?」
「え~と⋯今日は、心構えができてないので⋯⋯明日からで⋯⋯」
興味がある学科と言うよりも、必要に迫られてって感じだが、一つ目の学科選択は、ダンスに決定。
しばらく続けてみて余裕があったら、他の学科も見てみよう!
◇◇◇◇◇
メロスへ。
というワケで、オレはダンス学科を選択することにした。メロスは、もう学科決めた?一ヶ月以内に決めないと、モブラン先生に注意を受けるよ?
アランみたいに、リンゴ笏で肩をポコンとされるよ?
時間があったら、オレがダンスレッスンを受けているところを見て欲しいな。ずーっと音楽が流れてるから、踊りたくなるかもよ?チャカチャカ♪ズンズン♪バーンバーン♪
タロスより。
今日もまた、手紙をしたためて、メロスの机の中に放り込む。まだ二日目だというのに、近況報告としか言いようのない内容だ。親しくなるように書く手紙って、結構難しいな。
「じゃあタロス〜、また後でね〜!」
「おう!またなっ、エイベル!」
昼以降の専門学科の授業は、エイベルとは別になってしまったので少し寂しいが、これも仕方がない。幸い、向かい合わせの学科クラスなので、終わったらすぐに合流できるし。
「来たわね、タロス。アラ、その空色のスカーフ、昨日もしていたわネ。お気に入りなノ?」
オネェ口調のレキュー先生が、オレっちの首のスカーフを見る。
「ハイ!コレは、エイベル──昨日一緒にいた友達が作ってくれた、大切なものです!」
「アラ、そうなノ。よく見ると、センスがいい刺繍もしてあるわネ。⋯⋯少し、男前過ぎるけド」
「いえ、本人そっくりです!」
「⋯⋯なかなか図太いわネ、アナタ。まぁいいワ。この第一教室は、ダンスの基本を学ぶ場所──つまり、初心者向けの授業をする所ヨ」
つまり、低レベルもふダンサー専用なのか。
「第二教室は、この階の真下にある場所ヨ。イベント向けやバックダンサーの練習を主にしているワ」
ふむふむ。中レベルもふダンサーですな。
「第三教室は──」
高レベルもふダンサー。つーことは、卒業認定間近の人達なんザンスね!
「無いのよネ。天気の良い日は、外の校庭で野外ダンスするんだけド」
──引っ掛けましたな!
「要するに、ある程度までになるト、あとは自分次第。創作ダンスだとか大会用の種目別ダンスだとカ──ソロもあり、ペアもあり、団体もあり──好きなように踊っていいのヨ。ただし、学科卒業認定には、最終実技試験があるからネ。本番で緊張して踊れない者は、論外ヨ。でも、アナタなら、心配いらないかしラ?」
ですな!前世の記憶があるからか、多少の緊張感があっても、大概のことには動じない、この強き精神力!
「ハイ!頑張りまス!」
おっと、レキュー先生の口調が伝染っちまったぜ!
「じゃあ、まずは、体を動かしてみましょうカ」
◇◇◇◇◇
「タロス〜、なんで元気無いの〜?」
廊下で待ってくれていたエイベルが、うなだれるオレっちに声を掛けてくれる。
「うん⋯。オレ、体は柔らかくて踊るのには問題ないんだけど、握力が弱くて、バトンとかすぐに落としちゃうんだ⋯⋯」
『ビスケス・モビルケの踊りは、手に何かを持って踊る事が多いのよネ。君は、まだ幼すぎて手の力が弱いみたいだかラ、まずは握力を強くしないとネ。今は、大祭ダンスの振り付けだけレッスンしましョ』
先生に言われるまで気が付かなかった。考えてみれば、オレっち、まだ8歳なんだよな。頭ん中じゃ前世の成人思考だったから、ついその感覚のままで、実年齢を忘れてた。
「大丈夫だよ〜、僕も〜自分のサイズでしか〜服を作ったことなかったから〜大きなサイズの型紙見て〜びっくりしたもん〜。ハサミも大きくて使いづらいし〜」
⋯⋯エイベル、我が癒しの友よ⋯!
「──だな!オレたちまだ子供だもんな!よーし、頑張って踊りまくるぞー!!」
今年の秋の大祭は、キレッキレのダンスを見せつけてやろうじゃないの!全国の加護種の皆様、とくとご覧あれ!
あ、魔笏落としは、全カットで頼んます!




