第二十九話 激震の異世界学校デビュー
「いよいよだね〜。僕〜自己紹介ちゃんとできるかな〜?」
「エイベル。学生生活で肝心なのは、ナメられないことなんだぜ。あんまオドオドしてると、イジメのターゲットになるからな」
「い、イジメ⋯⋯イジメられるのは〜嫌だな〜」
初日、基礎学科の第3レベルクラス、12組に編入する事が決まったオレっちとエイベルは、早めに獣学校へと着き、教室へと入るその時を待った。
オレっちは、春用の萌黄色のベストと、エイベルに貰った刺繍入りの空色のスカーフを着用。エイベルは、本人の勝負色なのか、新しい薄紫色のベストと、新調したキャメル色のリュックを背負っている。オレっちも真新しいクリーム色の肩掛け鞄を下げ、少し緊張しながら、獣学校の教師の後ろを追う。
「挨拶が終わったら、どこでもいいから空いてる席に着いてね」
オオアリクイそっくりの高年の獣人教師は、二日前の加護人職員とは違い、淡々とした態度で説明した。
獣学校の教室には扉が無いので、そのままスッと入る。
さあ、オレっちの異世界学校生活の始まりだ。前世の教訓を活かし、強気な態度で自己紹介するのだっ!
⋯⋯少なっ!
意気込んだはいいが、教室内の生徒は、ざっと見たところ十数人程度しかいなかった。どういうこと!?
「えー、皆に新しい学友を紹介しよう。エイベル君とタロス君だ──はい、君たちも挨拶を」
ハッ。拍子抜けしてる場合じゃねぇ!
「タロス・カリスですっ!よろしく!!」
よし、力強く言えたな。コレでオレっちの気の強さが解ったはず。
「え、エイベル・チュラーです〜!よ、よろしく〜!」
エイベルにしては大きな声が出せてるから、コレはコレでいいか。
え~と、空いてる席は⋯⋯目の前にあるな。つーか、空きだらけだから、前に近い方でいいや。
「ここに座ろうぜ、エイベル」
「う、うん〜」
机とセットの椅子に、並んで座る。
椅子はもちろん、尻尾穴付き。
あ〜、懐かしいなこの感じ。前世は、後ろの席の方とか窓際とかが落ち着いたんだけど、今はどこでもいいやって思える。ちょっと性格変わったかも。
「じゃあ、細かい事はクラスの誰かに聞いてね。さあ、地理の授業を始めよう。さて、知りたいことは何かな?」
スゲー、丸投げ。そんでもって、すぐ授業。でも、頻繁に生徒が編入される制度の学校では、コレが普通。
この世界の勉強は、基本、自己責任だ。義務教育なので、親などの保護者の責任もあるが、なんせ期間が長い。結局は、本人任せとなる。
勉強も、とりあえず教科書を渡したから、大まかな所は自分で読んで憶えてね、って感じ。授業は、興味のあること優先スタイル。無ければ、他の人の質問や先生の説明を聞いてるだけでもいいよ、でも試験はあるから、頑張ってね──と、徹底している。
ここで全く理解できてない、試験の結果が酷すぎるって事になると、第2レベルクラスに戻されてやり直すか、あるいは休学してもっと年嵩になってから入り直すか──って、感じらしい。
まあ、そんなこともあるから、世の親たちは慎重だ。
無料期間は20年。とりあえず入れてみて、やる気が無いのに学校に行かせても無駄だと判断すると、休学させて、神殿がボランティアでやってる基礎学習の塾?的な所で、清掃などの奉仕活動をさせながら、学ばせる。
そこで学力を底上げしたら、再び獣学校に入れて様子を見る。ほとんど子供は、最初に獣学校の授業を経験しているから、前回ほど苦戦しない。年齢も上になっていると、ある程度落ち着いてるからね。
個人差があるから、15歳を超えてからの再編入もよくある。
そうそう。年齢に関してだが、獣人は平均寿命が300歳もあるが、初期の成長スピードは、前世と同じなのだ。大きな違いは、十代後半からゆっくりと老いていくということ。
個人差もあるが、130年ぐらいはそのまんまなので、150歳前ぐらいにならないと年齢の推測は難しいのだ。
つまり、前世年齢の18〜40歳までは年齢不詳。なので、かーちゃんなんかも、見かけだけならお姉さん。ただ、オレっち連れだから親子なんだな〜って感じ。
話は戻るが、このクラスにも明らかに他の皆よりも歳上ぽい少年がいる。
アライグマ似の彼は、オレっちたちには興味が無いようで、ずーっと教科書を見ていた。
◇◇◇◇◇
「ここ最近、休学したり、第4レベルクラスに上がる子が多かったから、数が少なくなったのよ。まー、減ったり増えたりはしょっちゅうだから」
くっきりした三毛模様の猫獣人の女の子、セーラが、そう言った。
休憩時間になると、たった十五名のクラスメイト──そのうちの四人が、休憩時間に入った途端、オレっちとエイベルに話しかけてきた。最初の挨拶で、加護種名有りの自己紹介済み。
全員、オレっちよりも歳上。第3レベルクラスだと、オレっちみたいな10歳以下の方が珍しいみたい。
「甘くて美味しそうな⋯じゃなくて、いい匂いがするね。それにとっても綺麗な花だ。見たことがない種類だけど」
鮮やかな緑色の頭部をした鳥獣人の女の子、エメアが、机に腰掛けながら、オレっちの花冠を興味深げに見た。
「この花は、神々の世界の花なんだって。かーち⋯母さんが言ってた!」
ヤベー、ヤベー。別にかーちゃん呼びでもいいんだろうけど、オレっちは彼女たちよりも背が低いし、ここは『歳の割にはしっかりした子』の印象を与えねば!
「そうなんだ。やっぱり神々の世界には、こんなに美しい花が咲いているんだね。それにしても、カリスって珍しいよね、マリスはたくさんいるけど」
マリスは、カリスと同じく、前世のリスにそっくりな加護種だ。シィーマ・リースという名の神の加護を受けている。クッキリ分かれた縞模様が特徴。
「そのスカーフ、オシャレだよネ。特にその刺繍」
豆柴似の犬獣人の女の子、ニジーが、オレっちの横顔刺繍の部分を摘む。
「これは、このエイベルが作ってくれたんだ!オレの誕生日のプレゼント!」
オレっちの言葉に、皆がエイベルに注目する。
「すごーい、手先が器用なのねー。センスもいいしー」
ジャンガリアンハムスターによく似た、リリアンという女の子が、エイベルを褒めると、他の女の子たちも同調するかのように、うんうんと頷いた。
「僕〜、裁縫が好きだから〜」
お屋敷でも歳上の女の子たちが多かったせいか、緊張が薄れたエイベルは、普段通りの口調で話す。オレっちは精神的に大人だから、最初から通常運転。
彼女たち以外にもチラホラとこちらを見ている者たちもいるが、その視線に悪意は感じられない。
今のところ、ハブられる心配はなさそうだ。
「じゃあ──」
リリアンが何かを言いかけた時、グラっと床が大きく揺れた。
「キャア!」
「ヒッ!」
「わ、ワワワ⋯!」
「⋯⋯!」
地震だ!前世ぶりの地震!ビスケス・モビルケにもあったんだ!
ガタガタと机と椅子が、揺れる。けっこう長いな。オレっち的予測震度は、2ぐらいかなぁ。かつての地震大国出身者としては、特に驚くような揺れではないけど──。
「⋯⋯キュ?」
揺れが収まり、ホッと息を吐いて周りを見渡すと、すぐ側にいたセーラたち四人が、全員、体を丸めて床に蹲り、手足を丸めたモフ玉と羽毛玉になっていた。
「エイベ──」
隣の席に座っていたはずのエイベルは、なぜか直立して皮膜翼で体を覆い、ミノムシ化していた。
⋯⋯もしかして、エイベルの防御スキル⋯?
しばし困惑した後、室内全体を見渡すと、その他のクラスメイトたちも皆、玉になって震えていた。
いや、一人だけ席に座ったまま微動だにしていない猛者がいる。
一番の年長さんである、アライグマ獣人の少年だ。
さすが歳食ってるだけあって、冷静だな。
「皆、大丈夫かな?」
オオアリクイ獣人の先生──モブラン先生が、のっそりと教室へ入って来た。
「もう大丈夫だよ。この揺れは、一度きりだからね」
「先生。オレ、生まれて初めて(異世界で)地震を経験したんですけど、小獣国には断層があるんですか?」
オレっちの質問に、モブラン先生は大きく頷いた。
「良い質問だ。今からそれを説明してあげよう。じゃあ、皆、席に着いて」
先生の声に落ち着いたのか、クラスメイトたちがそれぞれの席に着席する。いつの間にかエイベルも、防御スキルを解除していた──本当にスキルかどうかは不明だが。
「さて、授業を行う前に──アラン君、いい加減に起きなさい」
先生は、アライグマ獣人⋯もとい、アランの肩を教笏?先端がリンゴの形になっている笏で、バシバシと二回、叩いた。
「ホエ⋯⋯?アレ、先生??」
⋯⋯そうか。彼は最初からずーっと居眠りこいてたのか。思いっきし、騙されたわ。