第二十六話 ポピタンと春の大祭
花が咲いた。
それは春の大祭の前日のこと──数日前から、頭上がなんだかポカポカするなー、とか思っていたら、その日の朝、洗面台の鏡のなかに『花冠』が映っていたのだ。
「こ、これが、オレっちの花──!」
7輪の、そこそこ華やかな花。
ポピーに似てる。でも、その中央には花芯ではなく、タンポポ?が咲いていた。青いポピーと銀色のタンポポの合体──ポピタン?
まー、オレっちが見たことないだけで、この世界ではさして珍しい花でもないだろう。異世界あるある。
芥子の花ならヤベーとこだったが、それも前世の話だ。
ちなみに、前世のオレっちは、善意の行き過ぎた奴を『頭ん中にフツーの花が咲いてる奴』悪意がヤベー領域に入ってる奴を『頭ん中に芥子の花が咲いてる奴』と、思い分けていた。
なにはともあれ、花が咲いた。かーちゃんに知らせなければ!!
「かーちゃん!」
「なーに?タロ⋯」
おかしな所で切らないで欲しい──かーちゃんのカパッと開いたままの口が、そのまま次の言葉を発する。
「まー、まー、なんて素敵な花なの?香りはどうかしら!?」
かーちゃんは、オレっちのポピタンの花の匂いを嗅いだ。
「あまり強くはないけど、甘くていい香りね」
今、気がついた。さっきからほのかに香るこの美味しそうな匂い──夏の海水浴場に漂う甘〜いキャラメル的な⋯⋯。
前世の子供時代、オレっちは海水浴場に来るたびにこの甘い匂いを嗅ぎ、どこかにキャラメルの箱でも落ちているのかと首を傾げた。大人になり、その正体が、夏の強い日差しに熱せられたサンオイルの匂いだと知った時、夏の思い出が何だかとてもやるせなく思ったものだ。
オネーサンならともかく、オッサンの肌に塗り込んだサンオイル⋯⋯。
ハッ。いかん、いかん!これは、オレっちのポピタンの香りであって、オッサンのサンオイルではない!!
それにかーちゃんは、いい香りだと言っていた。キャラメルっぽい甘くて良い匂い。ふむ。万人受けそうだな。それで良しとしよう。それにしても⋯⋯ポピー&タンポポで甘い香りって⋯⋯バグってない!?
「おめでとう〜、タロス〜!」
自室で大祭用の花のコサージュを作っていたエイベルが、部屋に突撃してきたオレっちを見て驚いた後、祝いの言葉をかけてくれる。
「これで〜タロスも〜、魔法が使えるね〜」
「キュ!?」
忘れてた!花が咲いたっつーことは、魔法が使えるって事やんけ!
「でも〜明日は春の大祭だし〜、能力判定の予約は今からだと〜一週間は待たなきゃいけないかも〜」
あ~、獣神殿まで行かなきゃならないんだった!
「判定結果が出たら〜、獣学校に入学する準備を〜しないとね〜」
「キュ!?」
忘れてた!魔法が使えるようになったら、学校に通えるやんけ!
「か、かーちゃんに準備してもらわないと⋯!」
てか、かーちゃんも忘れてたな、きっと。
「僕も〜ジイジに頼まなきゃ〜」
◇◇◇◇◇
ドタバタしているうちに、春の大祭が幕を開けた。まあ、今回は秋の大祭とは違って、花まみれのパレードが大通りを練り歩くだけのイベントだが。
ただ、この日は、何でもいいから花を身に着けないといけない決まりがあって、行き交う人々が花束を持っていたり、エイベルのように花飾りを着けていたりと、見た目的にも華やかな日なのだ。
オレっち?オレっちとかーちゃんは、自前の花冠があるから、手ぶらでパレード見物してましたがな。
とにかく、花、花。
メジャーなものからマイナーな種類のものまで、今の時期に咲く花や、魔法やスキルで咲かせた花、造花等も含めると、よくコレだけ揃えたもんだと感心する。
前世の花に近い──と言うか、そのまんまの見た目の花もあるが、全く見覚えのない花もチラホラある。あと、薔薇なんかも青いのとか銀色だとかがあったりして、この辺は異世界だなー、って感じ。でも、オレっちのポピタンは発見できなかった。
「⋯⋯かーちゃん、もしかして、オレの花って、かなり珍しい?」
かーちゃんは、オレっちの両頬を撫でながら、微笑んだ。
「カリスの花は、この世界には無いわよ。だって、神々の世界の花なんだもの」
「⋯⋯キュ?」
神々の世界の花⋯ですと?
「ありそうで無い花、とも言われてるわね。でも、本当にそうなのよ」
おお!オレっちの頭は、神々の大地!?
「正しくは、カガリス様の御神体に生えている花⋯⋯なんだけど」
「え~と、確かカガリス様って、頭だけじゃなくって、背中とか腕にも⋯尻尾にも花が咲いてるんだっけ?」
歴史博物館の肖像画は、伝承に基づく想像図だった。
伝承では、カガリス神の花は、〜に似たとか、色は違うが〜にそっくりだ──とか伝えられていて、そうした情報を基にあの絵が描かれてたんだよね。それはともかく、春の大祭には最適な、花まみれな神様なのだ。
「そうね。だから私たちの花も、カガリス様のどこかに咲いてる神花の一輪ってことになるわね」
神花なのに、ポピタンって名づけちゃったよ⋯⋯。でも、他に言いようがないやん⋯⋯。




