第二十四話 冬本番。ナゾ娯楽と加護人
チャリーン。
オレっちの姿によく似た形の貯金箱に、タンス裏から出てきた100ベルビーを入れた。
大きな頬袋とほぼ同化している口から入ったベルビー玉が胃に落ちる音は、何回聞いてもいいものだ。⋯⋯たとえ、音が鳴るほど底が浅くても。
「氷滑り⋯一時間は遊びたいから、1000ベルビーは必要だよな。あとは広場名物のホットココアが⋯300ベルビーか」
リス型の貯金箱の底蓋──ケツの穴から、中身のベルビー玉を取り出す。
チャリーン。リーン。
最低でも1300ベルビーは必要だ。しかし、今のオレっちの総資産は、1000ベルビー。先週買った冒険者雑誌『ギルド便り』の最新号さえ買わなければギリギリあったのに。ちくしょう。
仕方ない。かーちゃんにお小遣いの前借りを頼むか⋯⋯。
雪が降り積もり、種族によってはボア毛の上にコートを着用するこの季節。首都の大通り広場で、冬のイベント、氷獣祭が行われる。初日は明日。エイベルとの待ち合わせ時間は、朝十時。
広場へは歩いて三十分もかからない。チトリーマーより少し遠いだけだ。
「キュ?かーちゃん、ちょっと多くない?」
「いいのよ。どこかへ遊びに行くことも少ないしね。エイベル君とお昼ゴハンでも食べなさい」
かーちゃんがオレっちの肉球に握らせたのは、5000ベルビーの魔法紙幣。いつものお小遣い1000ベルビーの五倍!
お昼ゴハンは、普段食えない出店の屋台で決まりだな!
◇◇◇◇◇
朝十時──お屋敷の裏門で、エイベルと合流した。
オレっちほどボア毛ではない蝙蝠獣人のエイベルは、品の良いブラウンのコートを着ていた。オレっちは冬用のベストのみ。それでも寒くないのは、毛長モフの強みやね。
「楽しみだね〜。魔導師が〜雪魔法で形成した雪像も〜見たいけど〜、僕〜氷滑りが一番好きなんだ〜」
「オレも。去年初めて滑ったけど、面白かったからな!」
氷滑りは、前世のアイススケートのブレード無し、浮き輪有りの、冬のナゾ娯楽だ。
前世の概念だと、浮き輪って、プールだとか海だとかの夏にしか使用しないし、泳ぐための補助具としか、頭に浮かばないよね。でも、この世界じゃ、浮き輪は風の魔法具によって、ホントの意味での浮き輪にされてんの。つまり、宙に浮いている状態になってるワケ。
その浮き輪の真ん中に体を入れて両の腕を出し、胸の辺りで固定。そして、氷の上を歩く⋯いや、滑るんだよ、コレが。
広場のやや左寄りにある円形のアイスリンクは、大型魔導器で生成した魔氷でできている。自然の氷や普通の魔法で出した氷とは違って、変化させることが可能なハイテク仕様。それがどんだけスゲーのかは、去年の氷獣祭で体験済み。
リンクを歩くとね、靴が氷に触れた瞬間、ちょびっとだけ氷が溶けちゃうの。そしたら滑る、滑る。ひと蹴りで、ビューンってリンクを半周できちゃった。
溶けた部分は瞬時に氷に戻るし、エッジで傷がつくこともないから、キレイな氷上で滑りまくる爽快感が、もう最高。浮き輪のおかげでコケる心配もないし、魔法様々でんな。
◇◇◇◇◇
「タロス〜、どうする〜?」
「うーん」
開始前からリンクの入り口ゲートには、長い行列ができていた。人が多いのは分かっていたけど、去年はここまでの行列じゃなかったのに。
「去年はお昼に来たから〜、他のお客さんが〜食事に行ってたのかも〜?」
「仕方ないな。先に雪像見学してから⋯ちょっとハラは減るかもしれないけど、昼時を狙うか」
「だね〜。先に食べるのもいいし〜」
「ハラの減り度次第だな」
中央広場のメイン通りには、大小様々な雪像が並んでいた。そのほとんどは、歴史上有名な小獣人の姿を模したものだ。しかし、なかには、珍しい加護種の雪像もあった。
「なぁ、この雪像、ポラリス・スタージャーの雪獣人だよな。ホントにこの大きさなのかな!?」
雪男ならぬ、雪獣人──熊系なのか猿系なのか──顔の造形からすると、犬にも見えるんだが。大獣国の北西地域に住む加護種で、とにかくデカイので有名。特にこの雪像は、三メートル以上ある。
「普通の大獣人でも〜僕らよりずうっと大きいし〜、きっと〜雪獣人は〜大陸内でも一番大きな加護種だよ〜」
「一番は、竜体化した竜人じゃね?」
「普段は竜体化しないから〜、日常的な〜大きさでならだよ〜」
「⋯⋯日常で、このサイズなのか⋯⋯」
彼らの家や寝具を、是非見てみたい。どうせならセットでその雪像も作っといてくれや。
「見て〜タロス〜。これ〜エルフだよ〜」
「ホントだ。耳が長い──アレ、こっちは人間?」
エルフの少女と人間の少年が手を繋いでいる雪像があった。珍しい。
エルフは元々、統一国時代でさえ、竜人との交流が少なかった。その反面、加護人とは仲が良く、その時代、エルフ+加護人+たまに獣人──の冒険者パーティーが当たり前でもあった。竜人は竜人同士で組むことが多かったようだし、自然とそうなっていったのかもしれないな。
だからこそ、竜人の成れの果てである人間の手を握っているエルフなんて、なんだかおかしいんだけど──。
「その男の子は、人間じゃなくて、加護人だよ」
「!!」
突然、背後から声を掛けられて、オレっちとエイベルは、反射的に振り向いた。
「ああ、ごめん、ごめん。驚かせちゃった?」
人間?──いや、違う。加護を持ってる。かーちゃんの言った通りだ。判別できる!
「ボクは加護人──アメジオスから来たんだ。ああ、アメジオスは、加護人の国の名だよ。憶えておくといい」
セピア色の髪を肩で切りそろえた端正な顔立ちをした青年が、オレっちとエイベルを、琥珀色の瞳で見下ろす。ん?瞳孔が縦長だ。
ふ〜ん。加護人って、猫目なんだ?
襟や袖口に水色のファーがついたモコモコの白い魔法繊維コートは、獣人に溶け込むために似せたのだろうか?
「お兄さん〜翼のない加護人なんだ〜。珍しいね〜」
「うーん。アメジオスは、ビスケス・モビルケから離れているから、そういうイメージがあるのかな?翼を持つ加護人は、もともと少数派だよ。彼らは、ほぼ国を離れない。こんなに可愛い小獣人たちが溢れているこの国にさえ、来ないんだ。⋯⋯隣国だったら、行く気になったかもしれないけどね」
「え~と、確か、エルフと人間の国の隣で、大陸の西側にあるんだっけ?」
「そうだよ、カリスの子。小獣国とは人間の国を挟む形になっているね」
元竜人である人間の国の国土は、そこそこデカイ。大陸下のかなりの部分を陣取ってる。とはいえ、今は三つの国に分かれてるけど。
「アメジオスにも獣人はいるけど、ほとんど大獣人なんだ。僕らとしては、君たち小獣人にもたくさん住んで欲しいんだけどね」
加護人のお兄さんは、溜息を吐いた。どうやら本気で言ってるみたいだ。
「まあ今回、ビスケス・モビルケに三十年ぐらいは滞在する予定だから、ゆっくりと堪能させてもらうよ──じゃあね!」
堪能って⋯⋯まあ、前世感なら、ここは小モフの楽園ですなぁ。竜人といい加護人といい──オレっちたちを、愛玩動物代わりにしてない?
加護人のお兄さんが去った後、オレっちたちは再び雪像を見て周る。
「おお!コレは──!」
近年の話題作を揃えた雪像コーナーに『ダンジョンで出会った彼女は聖女だった』のヤッタルデメンバー(本来の物語でのパーティー名は『小獣星』)の雪像があった。
「冒険者装備が、細けぇー!」
「剣とか杖とかが、リアルだね〜」
あの即席の劇装備とは、次元が違うわ。これぞダンジョン冒険者!っていうカッコよさ!
「こっちは〜、映画女優の〜キュティランカだよ〜」
あ~⋯⋯なんかどっかの映画で見たような気がするなぁ、この垂れ耳のウサギ姉さん。
「こっちは、A級冒険者のトォーム&ジリーだよ~」
おっ!小獣人の中でも小柄な猫獣人とネズミ獣人でありながらA級にまで昇格した、往年の名コンビ!
「こっちは〜──」
「キュキュっ!ゴッドゴーレム!!」
オレっち、テンションMAX!
◇◇◇◇◇
「夢中になっちゃって〜つい〜、忘れてたね〜」
「ギリで間に合ってよかったぜ」
急いで戻った氷滑りの入り口ゲート前には、相変わらず列が続いているものの、開始直後程ではない。それでも、十五分は待たなければならないだろう。
「あれ〜、あれって〜さっきの加護人のお兄さんじゃない〜?」
「ホントだ」
獣人の中での人型は、目立つ。
そこでオレっちは、お兄さんの滑る姿に、違和感を覚えた。
なんだろう⋯⋯周りの獣人たちとは何かが──あ。
加護人のお兄さんの浮き輪の位置だ。胸下じゃなくて、腰の辺りで浮き輪を固定させている。そうか⋯⋯脚が長いから、胸下だと滑り辛いんだ。
今頃気づいた。
オレっちたち小獣人って──脚が短けぇんだ⋯⋯。
☆ 補足 ☆
氷滑り料金。幼獣体、十五分300ベルビー。一時間パックで200ベルビー引きの1000ベルビー。成獣体、十五分500ベルビー。一時間パックで1800ベルビー。
時間にしては高めの料金設定は、回転率を上げるためでもあるが、浮き輪の魔法具が十五分で動かなくなる使い捨て充魔石使用なのと、アイスリンクの冷凍用大型魔導器の魔力消費がハンパないので、これでも良心的。首都主催のイベントのため、場所代はタダ。
大人と子供(半大人選別は無し)の判別は、係の学生バイト任せ。結構、大雑把。




