第二十一話 冬のボア毛と有名ドアマット
冬がきた。だが、オレっちたち獣人は寒いからと言って冬眠したりはしない。所詮、ガワだけだからな。ただ、ボア毛にはなる。夏の冷却魔法具によるブア毛とは違い、自然のままの換毛。
「この肉球焼き、美味いよな」
「うん〜美味しいね〜」
エイベルと二人、お屋敷内の小庭でベンチに並んで座り、冬場によく食べるカスタード入りのタイ焼き──ではなく、肉球の形をした肉球焼きをモグっていた。
今の時期は、雪も降ってない、ちょっと寒いね〜程度の冷気なので、ボア毛装備のオレっちたちには常温でしかないのだ。
「年末パーティ⋯⋯今度も劇なんだってな」
「うん〜。また〜劇なんだよね〜」
正直、劇はやめて欲しかった。男女比を考えると、ど〜しても多数決で、女の子向けのストーリーになるからだ。今回もまた、オレっちたち男組の意見はまるっと無視され、女の子たちだけで劇の内容が決まった。
夏のリベンジなのか──今回は、オレっちでも知ってる有名な話にしたらしい。女の子の好きそうなシンデレラ・ストーリーの代表みたいなもんで、なんと実話をモデルにしている物語。
主人公は、貧しい猫獣人の少女──絵本の挿し絵を見ると、外見は、フツーの黒猫っ娘?
彼女は両親を亡くした後、叔父夫婦の家に引き取られた。しかし、その家には齢の近い従妹がおり、主人公は使用人扱いで育つ。めっちゃ、古典的なドアマット。
控えめながら美しく成長する主人公。対する従妹は、自分よりも美しくモテる主人公を妬み、ついには父親に頼んで、三度も妻を亡くしている──いや、そいつ絶対ヤベーだろう──男の後妻にするべく画策する。主人公は偶然その話を聞いてしまい、当てもなく町を彷徨う。
そこへ、小獣国の町を歩いていた獅子青年が、ゴロツキに絡まれていた主人公を助け、彼女を見初めるのだ。
この獅子青年──なんと、大獣国の賢者様だった!!
⋯は!?なんで賢者様が、裏道歩いとんねん!?
そして、ここから、主人公が大獣国のお嬢にイジメられたり、暗殺されそうになったり、ザマァだったり──ドロドロやんけ。
最終的には、王道のハッピーエンドなのだが、コレが実話だというのだから、なんとも恐ろしい。
実際の賢者、レギオル家の当主は、その時すでに800歳超え──死にかけてるうちの賢者様と同じぐらいの歳だったけど、めっちゃ元気だったみたい。大恋愛するぐらいだからね。神の血が濃かったのかな?
実在した猫獣人の少女は、なんと半神血族最多の三人もの子供を産み、後に『黒の獣聖母』と讃えられた。
賢者家の半神血族は、子供が出来にくい事を理由に、一夫一妻が常識の世の中で、例外として多くの妻、夫を持つ事が許されている。
神の血は、残せるだけ残す──加護種にとって、神は絶対だった。それは、かつての竜人の支配下にあった時代を経ても変わらない普遍的なものだ。
レギオル家の当主もまた、何百人という数の妻たちを娶ってきた。
でも、誰一人として懐妊した者はおらず、そのほとんどは、賢者家と繋がりを持ちたい者の思惑で縁付けられた政略婚だった。
賢者様が小獣国をふらついていたのも、寵を競う妻たちから逃げるためだったのかもしれないな。ちょっとした気分転換?でもその結果、他国で大恋愛の末に結ばれ、三人もの子宝に恵まれた。
彼はその後、大獣国──ポラリス・スタージャーの王となり──あ、大獣国って、王政なの。
王となる最大の条件は、半神血族であること。複数いた場合は、一番魔力の強い者、あるいは特殊なスキル持ち、または子孫を残した者。
驚くべきことに、今現在の大獣国の王は、彼の息子の一人。
王の母である故皇太后様の物語は、大獣国の出版社から絵本として広まり、彼女の出身地である小獣国にも、あっという間に広まった。タイトルは、『ある少女の物語』
「⋯⋯オレたち、今度はどんな役にされるのかな?」
「僕は〜町のゴロツキ役が〜いいな〜。出番が少ないし〜」
「それは無理があるぜ、エイベル。オレたち、主人公より小せーから⋯⋯」
「あ~⋯そうだね~、多分主人公は〜ペルティナさんだもんね〜」
お屋敷の猫獣人の子供のなかで、黒一色の毛の女の子は、彼女一人だ。
しっかし彼女、気が強くて自意識過剰で、主人公とは正反対の性格の持ち主なんだよね。どっちかっつーと、従妹役の方が適役。夏の劇では主人公に選ばれず、不参加だった。今回の劇は、彼女のリベンジ用なのかもしれない。
なんだか嫌な予感がしますな〜。尻尾のボア毛がザワザワするぜ。