第二十話 秋の大祭と小獣ダンス
風が冷たくなり、冷却魔法具が御役御免となってタンスに眠りし日──オレっちはアパートの自分の部屋で、一人、踊っていた。
古き神々への感謝を伝える行事のひとつ、秋の大祭が近いからだ。
大祭は春にもあるが、そちらは花見を楽しむ『花の大祭』で、秋の大祭は『舞の大祭』と呼ばれる通り、古き神々に踊りを奉納するのである。
で、なんで練習しているのかというと──選ばれちゃったのだ。カガリス神の加護種代表として。
毎年、各加護種代表が獣神殿で舞を披露する大舞台『加護種奉納祭』は、前座である7歳から15歳までの幼獣体が神々に捧げる愛らしい踊りから始まる。
かなりの大人数になるし、まだ幼いから、完璧に踊らなくてもOKなのだが、よりにもよって一番先頭に選ばれたのよ、オレっち。
毎年、総数の少ない⋯マイナー加護種から入場が始まるんだと。
カリスはどんどん数を減らし、7歳から15歳までの幼獣体は、80年ほどいなかったそうだ。ちなみに去年までの先頭は、シマエナガそっくりな鳥獣人の子で、今年は二番目になるとのこと。
⋯⋯オレっち、他のカリスが現れないと、毎年、強制参加させられるのか⋯⋯。正直、面倒くさい。
でも、かーちゃんは喜んでるんだよな。自分も舞い手だったから。確かに名誉な事だし、晴れ舞台なんだろうけど、去年までのオレっち的な大祭って、屋台巡りのグルメ祭りだったのに。
まあ、ボイコットなんてできないし、失敗しても大目に見てくれるし──ほどほどに頑張りますか。
◇◇◇◇◇
「はい、そこでターンして、笏を高く突き上げる!」
ここは、獣神殿内にある中庭。大祭を管理運営している『獣神殿官庁』の職員さんたちが、小獣国内から集められた大勢の子供たちに、舞いの指南をしていた。
オレっちのように家から直接通える首都っ子が多数とはいえ、なかには少数であるが故に、地方から来た子供たちもいる。彼らは親とともに首都の宿泊施設に滞在していた。(国からの招待なので、もちろん無料)
その中には、初めて見る加護種もいて、とても興味深かった。特に三番目と四番目──人型の羽持ち──フェアリー獣人と呼ばれる彼女たちを見た時、ファンタジー特有の何でもありま種⋯的なものを実感したね。
そもそも、フェアリーって人型の加護種、加護人じゃないの?背中のソレって、虫の神とかの加護じゃないの??
ノンノン!彼女らは分類上、獣人なのよ、コレが。
何でもありま種とはいえ、この世界、虫型の加護種は存在しない。
昆虫の外見をした神がいなかったからだ。
蝶の羽や蜻蛉の羽⋯翅?を持つ彼女たちの神は、人型の姉妹神で、なんでも加護を与える際、外見上の美しさと派手さをプラスしたらしい。その影響なのか彼女らの加護種は全て女性で、姉神の加護種は蝶の翅を。妹神の加護種は、蜻蛉の翅を持って生まれるのだという。
まー、どっちも目立つ、目立つ。蝶の翅は勿論のこと、蜻蛉の翅って言っても、彼女のはチョウトンボ的な、ほぼ蝶やんけ!⋯だもん。
髪だって、ローズピンクとミントグリーン。自然な髪色だから、前世のコスプレ感なし。
それはともかく、彼女らの獣人枠の理由は、統一国の崩壊後にあった。
彼女らの外見は、加護人に近い。だが、鳥獣人と同じく飛べることもあって、元々、獣人に親近感を持っていたようだ。それなら竜体化する竜人にもありそうだが、なぜかそれはなかったらしい。
そして海の呪いによる混乱の最中、彼女たちは獣人たちの──小獣人たちが興した新たなる国の住人となり『フェアリー獣人』という新語を作ってまで、半ば強引に獣人枠に入ってきたそうだ。
「はい、そこの二人、おしゃべりしないで集中して!」
彼女らは獣人枠に入ったその経緯も有名だが、同時におしゃべり好きなことでも有名で、案の定、注意を受けていた。
◇◇◇◇◇
ワアァー!!
観客席が円形状のスタジアム形式になっている獣神殿広場に、どっと歓声が上がる。
魔法陣っぽいデザインの特別な──裾の長い前部分とフードしかない後ろという、フィッシュテール衣装を着たオレっちが、魔笏を持って登場した途端、この歓声だ。
その熱気に気圧されて、頬と尻尾が、ブワっと膨らんだ。
一般の観客席と離された中央部分には天幕が張られた貴賓席があり、その左右で待ち構えていた獣神殿の高位神官たちが、オレっちたちよりも倍は長い魔笏を振り上げる。
天幕内では、梟⋯コノハズク?に似た鳥獣人の女性が、オレっちたちを静かに見下ろしていた。
頭部だけ青み掛かった銀白の姿──あれが大神官──半神血族の、小獣国最後の賢者と呼ばれる大長老様なのか。
統一国時代から続く半神血族の賢者制政治は、近年までこのビスケス・モビルケでも続いていたが、半神の血をひく者が子孫を残すことなく次々と断絶してしまったため、現在では高位神官と各分野における有力者による議会制となっている。
しかし、最後の賢者である大長老様の権限は強く、重要な取り決めは、彼女の許可が必要なのだとか。
見た目は前世年齢、二十代後半ぐらいだが、実際は800歳超えだという。半神血族は、長寿で外見上老いることはないが、大長老様は御自身で、寿命が近いことを公表されている。
とにかく眠いらしい。
いつ眠りから覚めなくなってもおかしくはないと、おっしゃっているのだとか。確かに──青い目が半眼になっている。今日は根性で起きてるの?
◇◇◇◇◇
先端部分が細かくカットされた魔石で飾られた魔笏は、金剛石のようにキラキラと輝いてとても美しいが、扱い辛い。舞も前世のような巫女舞とは違い、動作を大きくしてブンブンと笏を振り回し、魔楽音による曲に合わせてダイナミックに踊る。
魔楽音とは、楽器による音ではなく音魔法で造った音のことで、前世の人工音みたいなもんである。それを専用の魔導器で再生し、大音量で流すのだ。
昔は生の楽器による演奏だったらしいが、大祭の主催者──当時の高位神官と演奏者が癒着していて色々と問題になったので、結局、音魔法で誰も揉めない方向へと変わったのだ。
さて、肝心の舞だが、まず10〜15人で円陣を組み、徐々に円を組む数を増やしながら、踊る。
思っていたよりも緊張感が無く、踊りながら冷静に観客席を見渡すと、有料席の一角にお屋敷の旦那様一家と執事さん、エイベル──そして、かーちゃんの姿があった。
使用人の子供が舞い手に選ばれることが珍しかったのか、旦那様がかーちゃんとエイベル(友人枠)に、席を用意してくれたのだ。かーちゃんとエイベルが手を振ってくれる。
オレっちは嬉しくなって、つい勢いよく回転してしまいバランスを崩した──が、横に並んでいたシマエナガの兄ちゃんがケツで支えてくれて、事なきを得た。ありがとう!
大人たちも加わった舞い手全員が輪となって並んだ三重の円陣が完成し、ラスト手前で魔笏を高く持ち上げると、先端部分の魔石が、広場のあちこちに立つ神官たちの魔力に反応して、白い輝きを放つ。
円陣中央の宙に浮かんだ小さな魔法陣が、水の波紋のように大きく広がって、広場を覆った──と、同時に、空からヒラヒラと花菓子が大量に降ってくる。
花菓子は、桜の花びらのような薄くちんまりとした形の甘〜い菓子で、小獣国では縁起物の定番でもあり、食べた数だけ幸運が訪れると言われているのだ。特に大祭用の花菓子は、獣神殿最奥の湧き水──かつて神々が愛飲した地下水──今は『聖水』と呼ばれている水を材料と混ぜて作った物だけに、ありがたさが倍増している。
スタジアム内の人々は、我先にと花菓子に手を伸ばし、歓声を上げながら集めていく。オレっちたち舞い手も、裾の長い前部分を袋代わりにして、花菓子をゲット。幸せは幾つあっても困らない。
さてと。ふーっ、終わった、終わった。
☆ 補足 ☆
80年程の前のカリスの舞い手は、ピアナかーちゃんです。当時の小獣国内のカリスは七人で、そのうちの三人は250歳以上の御老体、二人は150歳以上の中年、残る一人は、少し歳上のタロス父でした。
後から降臨してきた竜の神々はともかく、それ以前の古き神々が地上から去ってからの年数を考えると、半神血族が現在でも残っていること自体が奇跡です。
古き神々と加護種との間に生まれた半神は、どちらかというと加護種寄りで、能力は神のソレとは比べものになりません。しかも、かなりの長命にもかかわらず、生殖能力が弱く子孫を残せなかった者がほとんどです。
代を重ねるごとに魔力も能力も劣化し、最長老様も神官たちよりは魔力が高く、スキルも多いですが、賢者としては、長く生きてる分だけ知識があるだけの鳥獣人、って感じです。




