第百七十三話 今さら
次の日の早朝──ネーヴァの山岳地帯で一番大きな町、フェルトーに着いたオレっちたちは、町の中央広場でダンガリオさんと待ち合わせをしていた。
「さ〜て。ダンガリオさんは、どこかなー?」
辺鄙な場所の田舎町とはいえ、この辺りでは一番大きな町だけに、広場には朝からチラホラと人がいた。
「タロス〜!あそこに〜いる人じゃない〜?大きい人だもん〜」
エイベルの見ていた方向を見ると、確かにダンガリオさんの姿があった。
黒い半袖に枯草色のカーゴパンツ、靴底が厚めの黒のショートブーツ──服装だけなら一般人っぽいんだけど、竜人特有の鮮やかな赤毛や鍛え上げられた各部位の筋肉は、やはり浮きまくっていた。
「おーい!!」
「⋯⋯?」
駆け寄るオレっちたちに、広場の端にある商店の石壁に寄りかかっていたダンガリオさんが、困惑の表情を浮かべた。
あ!そうか、カリスの姿じゃないからわからないのか!!
「え~と、オレは、カガリス様の憑依体のタロスです!これは、人間バージョンの大人の姿なんです!!」
オレっちは、両手を腰に当てて胸を張った。
見よ、この人型の立派な青年ぶりを!そして君の主は、我の中に居たり!さあ、跪きたまえッ!!⋯⋯な〜んてな!
「お待ちしておりました!我が主よ!!」
ダンガリオさんは流れるような動作で、オレっちに跪いた。えっ、マジで!?
いや、めっさ目立つから止めて欲しいんですけど!!
「君が、ダンガリオか。なるほど⋯⋯見た目からして竜人の第一世代だな」
「⋯⋯貴女は?」
フブル姐さんたちは黒いフードで顔を隠していたので、ダンガリオさんは警戒したらしい。すくっと立ち上がって、オレっちを庇うように、その前に立ちはだかった。
「あ、フブル姐さんは、カガリス様たちの──」
《おい、コラ、ダンガリオ!この方は、俺たちよりも上位のお方だ!頭が高いぞ!!》
「!!それは──失礼致しました!!」
再び跪くダンガリオに、オレっちは焦った。
周囲の人々の視線が──何事かと好奇心むき出しの目で見とるがな!目立ちすぎだよ、もう!!
「と、とりあえず、こっちの方に行こう!」
ゾロゾロと姐さんたちを引き連れて、広場から少し離れた三階建ての建物の影へと移動する。よし、ここなら目立たないし、会話を聴かれる心配も無い!
「それにしても⋯⋯ダンガリオさん、なんか疲れてない?」
両目の下にクマがあるし、ハッキリ言って顔色もよくない。
「いえ、夜通し馬魔獣を走らせたので⋯⋯単なる寝不足です」
「夜通し?どこから来たの?」
「出発はパールアリアからですが、ネーヴァとの国境までは鳥浮舟を使えたので──そこから馬魔獣を借りて、半日ほどで何とか到着しました」
「それは⋯⋯」
あの爆走する馬魔獣の背に乗って、半日⋯⋯って、マジで!?さすがは元近衛兵の竜人の第一世代!ハンパじゃない体力!!
「ですが⋯⋯この町の人間から聞いた話では、ここには魔導列車があるとのこと。今から思えば、ネーヴァの首都まで行き、そこから列車に乗れば余計な体力を消耗しないで済んだのですが⋯⋯後の祭りで」
「⋯⋯。え~と、と、とにかく、カガリス様のお薬で体力を回復しましょう!」
オレっちは口をカパっと開けて、簡易空間から赤紫色の液体瓶を取り出した。即効性の体力回復薬なので、すぐに元気になれますよ!(鑑定済み)
「重ね重ね、申し訳ありません⋯⋯!」
「いやいや!そもそも時間的な余裕も無しで命令したのは、カガリス様ですから!お気になさらず!」
というか、気の毒過ぎて逆に申し訳ない。
《それで──段取りはできてんだろうな?》
その無茶振りした本人は、何とも思っていないようだが。
「そこは抜かりなく。何しろ、大統領直属の指揮官殿の推薦状がございますので!」
《大統領直属の指揮官だぁ?》
「はい。『客人』と呼ばれている、とても魔力の高い、しかも特殊なスキルを持っている者たちで、今回の勝利の立役者でもあります。ネーヴァの異常な統率力は、彼らの能力によるものでした」
「憑依神たちだな。⋯⋯戦場でタガが外れた人間をコントロールできるのは彼らぐらいだろう」
フブル姐さんが、腕を組みながらそう言った。
「ウルドラム大陸に派遣されている憑依神の多くは、同調率が高く、長持ちする器を得た者たちだと聞きます。それ故に数としては少ないとも聞きましたが⋯⋯」
ニナさんが、情報を追加する。
「少数精鋭という事でしょうかな?儂が千里神眼で視たところ、パールアリア国内の憑依神は、五柱。このネーヴァ国内には三柱おりますな」
「千里神眼って、なーに?」
ミルトちゃんがキュリムさんに尋ねる。なんかこの二人、見かけだけだと姉と弟って感じだな。顔はまったく似てないけど。
「神姫様の眷属となって上位変換した千里眼じゃよ。神力が色のついた光の柱として視えるんじゃ。お主とて能力が向上したじゃろう?」
「うん!アタクシは、もともとあった神力の底上げと新しいスキル!しかも、もう痩せたままでも大丈夫なんだよ!」
「⋯⋯痩せたままでも大丈夫?」
なんのこっちゃ?
以前のミルトちゃんは、痩せたら大丈夫じゃなかったってこと?もしかして⋯⋯お母さんのカトラジナさんのあの体型は⋯⋯そのせいだった!?
「どちらにしても、そのうちの一柱がここにおりますな。転移装置を起動させる憑依神だと思われますが」
「それは私に任せろ。滅するか、チルドナのように一旦封印しておくか⋯⋯その者を見て判断しよう」
さすがはフブル姐さん!頼りになる〜!
「あの〜⋯⋯多分、こっちの方に送られているのは、まだマトモな連中だと思いますよ〜?問題を起こしそうなのは、本国で管理されてますから」
「それは、ヤバいから野放しにできないってこと?」
オレっちは、チルドナにツッコんだ。
「ん〜⋯⋯何といえばいいのか⋯⋯もちろんタルタロスに閉じ込められた者たちの中には破綻した性格の持ち主もいたけど、そうじゃなくても元の性格から大きく変わった者たちもいたりして、精神が安定していないんですよー。どっちにしても、ザドキエル様には逆らえませんけどねー」
逆らったら、タルタロスに強制送還させられるのかな?⋯⋯あ。そうか!新しい体に憑依するための装置が自由に使えないからか!
思いっきし命綱握られとるやん!
「ところで、転移装置のある場所は何処だ?」
トニロームさんが、ダンガリオさんに尋ねた。
「カガリス様の仰っていた古き神々の遺産ですね。おそらくとしか言えませんが、ここより奥の山間部にある施設内にあると思われます。そこがこれから行く場所ですので」
《ここから近いのか?》
「いえ。時間をかけて山を登る事になります。ですが、そこまでの道は整備されているとかで、魔牛車で移動できるそうです。予定より少し早い時間ですが、出発致しますか?」
「そうだな⋯⋯施設とやらも見てみたいし、憑依神の姿も確認しておきたい」
姐さんは、ダンガリオさんに即答した。
「では、さっそく町の北西へと向かいましょう」
◇◇◇◇◇
ウモ〜!モォー!
牛魔獣が時折声を上げながら、山道を進んで行く。
予定よりも早い時間だったせいか、乗り合い魔牛車内にはオレっちたち九人──いや、ダンガリオさんを含めると十人しか乗ってなかった。自然な貸し切り状態。ラッキー!
図体のデカいダンガリオさんとトニロールさんは一番奥の後部座席へと並んで座り、最前列の席に並んで座ったオレっちとエイベルの他は、皆、一人ずつで座席に着いていた。ちなみにフブル姐さんは、オレっちたちの隣の席の通路側に座っている。
それにしても、こんなに岩場だらけの山道を魔牛車が行き交うようにキチンと整備しているとは──いや、転移装置がある場所だからこそ整備する必要があったのか。
近年ネーヴァで作られている大量の魔導器の材料──魔石を含めた魔素材は、この転移装置を使って向こうの大陸から運ばれているのだろう。
大規模転移陣ならそれこそ大量に持ち込めるし、憑依神による神スキルで、ここからダイレクトにネーヴァの各地に荷を跳ばしている可能性もある。
逆に、こちらからの物資もあちらの大陸に送っているんだろう。それが何かはわからないけど。
「ハァ⋯⋯。今さらですが、あちらにはたくさんの憑依神たちがいますよ?いくら個々の能力が高くても、多勢に無勢だと思いますけどねー」
灰色のフードで顔を半分隠したチルドナが、ため息混じりに言った。
「本当に今さらだな。それは承知の上だし、狙いは、最新の憑依設備とそれを任されている異能神の消滅、そして海の呪い阻止の三点だ。どれもザドキエルの城の中に在するのだから戦闘は避けようがない。滅っされたくなければ死に物狂いでこちらをフォローしろ。いいな!」
「⋯⋯ふぁい⋯⋯」
フブル姐さんは、すぐ後ろの座席にいるチルドナに、声だけでトドメを刺した。
ホントに今さらだな。一応、神なのにここまで往生際の悪いチルドナって、人間に近い?それとも地獄に落ちて、性格変わっちゃった⋯⋯?
◇◇◇◇◇
☆ ダンガリオ裏話 ☆
ネーヴァで募集している出稼ぎに応募する──それは簡単だった。なにせ、すでにここの指揮官に誘われていたからだ。
やはり大金を稼ぎたい⋯⋯と言えば、すぐに今の契約の打ち切りと、『特別枠』の推薦状をもらう事ができた。
『特別枠』とは?⋯と問うと、出稼ぎ先で特別な、とても条件の良い職を紹介されるとのこと。
兄である指揮官は真面目にそう言っていたが、妹の方は、少し口角を上げて微笑していた。
その時には全ての情報を我が神から得ていたから、あの笑みの意味がすぐに解った。
憑依するための体──きっと兄の方の今の体が使えなくなった時に、俺の体を使えたらとでも思っていたのだろう。この推薦状は、そうした意味を含めているに違いない。
しかし、俺はあちらの大陸へとは渡れない。口惜しいが、我が神の仰る通り、竜体化できない俺が憑依神相手に戦えるはずがないからだ。
とにかく今は、我が神たちをあちらの大陸へと送る事だけを考えよう。よし、さっそくネーヴァへと向かわねば!!
☆ 補足 ☆
実は、この山間部の道々がキレイに舗装されているのは、近々、導入が予定されている大型の魔導車を走らせるためです。
ちなみに、ここ以外のネーヴァの地方だと、まだ魔導車は運用されていません。首都とその近辺だけなんです。よって、馬魔獣も牛魔獣もまだまだ活躍しています。
ダンガリオがスゴいのは、安い馬魔獣(ギリギリ制御できる?)をレンタルして、半日で走破したという点です。第一世代といえど、フツーはできません。




