第百七十二話 選別基準は顔ですか?
なんだかんだで、連載一周年⋯⋯
さて、敵地への侵入作戦だが⋯⋯やはりその段取りは、ダンガリオさんに丸投げされていたらしい。
そのダンガリオさんから『準備が整いました!』と連絡がきたのは、フブル姐さんから話を聞いた次の日のことだった。カガリス様の無茶振りに振り回される彼に、オレっちは心底、同情した。
頑張れ、ダンガリオさん!!この作戦が上手く行けば、かつての同胞──竜人たちを救うことにもなるんですよー!!
◇◇◇◇◇
☆ ダンガリオ視点 ☆
ネーヴァの国民として生活し始めた俺だが、この国の魔導器文化には驚いた。
魔導列車に魔導車──牛魔獣や馬魔獣を一頭も使わない地上の乗り物があるなんて。仕組みは解らないが、魔素エネルギーを大量に消費しているのだけは解る。だが⋯⋯
一体、何処から大量の魔石と魔素金属を調達しているんだ?
ネーヴァには魔素鉱山が無い。今回の戦争でパールアリアから得た鉱山はあるが、それまでは何処から持ってきた?
驚くべき事に、それは誰に訊いても知らないの一点張りだった。
『国家機密なんだよ。知っているのは、大統領閣下や政府の上層部ぐらいだと思うよ』
俺としても、それ以上の事は訊けなかった。
この国の国民は、子供から大人まで大統領とやらに陶酔している。下手に訊き続けると、周囲から怪しまれるからだ。
そこは諦めて、仕方なく、今回のパールアリア戦で活躍したという謎の者たちの調査を始めた。
幸いな事に、今、俺が与えられている仕事は、パールアリアをネーヴァに編入する下準備のために送られていく文官たちの警護だった。
パールアリアの民の多くは、民意を尊重するというネーヴァの政治に歓迎の意を表しているが、長年、格下に見てきた隣国に支配される抵抗感もあるだろうし、神殿の関係者や闇組織の残党共には、間違いなく恨まれている。そうしたこともあって、厳重な警護が必要だったのだ。
そして、現地──パールアリアの首都に行って驚いたのは、指揮官による兵たちの見事な統制だった。
兵たちの支配地域における略奪や暴行が、一切無いのだ。下級兵士でさえ羽目を外さず、黙々と上の指示に従っている。
俺は最近まで闇組織側だったから勝った側の人間の横柄さと残虐性を知っている。だから今の状況は、普通ではあり得ない。
それを可能にしているのは、俺が調べようとしていた『客人』と呼ばれる者たちだった。何でも大統領が大陸中から集めたとされる直属の指揮官たちらしい。
彼らに共通するのは、男女ともに端正な容姿、普通の加護種とは思えない程の魔力量、そして類稀なスキルだ。
ここに来てすぐに、『客人』の一人が戦闘の余波で壊れた建物を元に戻したのを見た。
驚いた。壊れた物を元に直すスキルなど、言い伝えに聞く神々の力以外には無いと思っていたからだ。
再構築?時間の巻き戻し?⋯⋯スキルの名称すらも解らない。
どちらにしても、こうした超常のスキルで兵士たちの暴走を止めているのだろう。そうとしか考えられない。
「⋯⋯ふむ。君が、竜人の第一世代とやらか。確かに他の者たちとは違うな」
「そうねぇ。とても頑丈そうだし、長く保ちそう♡でも、性別が違うから私には無理ねぇ。残念だわぁ。でも兄上なら⋯⋯」
警護してきた文官たちと現地の指揮官との面会の際、文官たちの後方で頭を下げていた俺に、何故かその『客人』たちが話しかけてきた。
どちらも艶のある緋色の髪をした、青紫色の瞳の男と赤紫色の瞳をした女の二人組──『兄上』と女が言っていたから兄妹なのだろう。
それにしても⋯⋯一応は指揮官らしくネーヴァの将校の軍服を着てはいるが、随分と大胆な着こなし方をしているな。
二人そろって胸部分を大きく開けているし、特に妹の方は、スカートの丈が短い。占領地の指揮官がこの格好──夏場の一般女性でも、ここまで短くは無いと思うが。
「君さえよければ、ネーヴァで一番稼げる仕事を紹介しようか?」
兄の方が俺に近づき、そっと耳打ちした。
ゾクッとした。今、何か⋯⋯我が主と同じ『気』が⋯⋯
「あ、いえ⋯⋯俺は⋯⋯」
返答に困った。今の俺は獣神様の毛僕であって、好き勝手できない立場だからだ。
「あの⋯⋯シオノス様。西側の部隊で問題を起こそうとした者がおりまして⋯⋯」
「またか。これだから人間は──おっと。まあ、さっきの話は考えておいてくれ。じゃあ、また!」
「またね~♡」
兄妹指揮官たちはそう言うと、伝えにきた上級兵を連れて足早に去っていった。正直、助かった。
「⋯⋯は?今、何と?」
その夜、俺は宿舎の一室で神の命を受けた。
《だから、ネーヴァで募集してる出稼ぎの中に、俺たち⋯⋯え~と、何人だったか⋯⋯そうだ、8、いや、人形がいるから9人か!⋯を、ねじ込んでくれ!》
「出稼ぎ⋯⋯ああ、アレですね」
年数の長い契約だが、恐ろしく報酬の額がいい──確か男女問わず、人間年齢であれば30歳半ば、加護種なら150歳程までなら誰でも応募できたな。
パールアリアとの戦争前は志願者が多かったそうだが、今のネーヴァは占領地に回す人手の方が優先されているらしく、自国民の志願者が少なくなっているから採用される可能性は高いだろうが⋯⋯しかし、何故?
⋯⋯いや、そこは問うまい。おそらく、このお方は何らかの重要な情報を得たのだろう。
《雇われた奴らの行き先は、暗黒樹海大陸⋯⋯オメーらの言うリベルタニアなんだ!そして、そここそが俺たちの敵のアジトでもある!!》
⋯⋯リベルタニア?敵のアジト??
一瞬、頭が真っ白になった。
──駄目だ!俺の頭では、もはや察する事もできない!!
「申し訳ありませんっ!!一から説明をお願い致します!!」
◇◇◇◇◇
《よし、これで終わりだよ》
改めて思う。ヴァチュラー様って、ホントにスゴい。
オレっちには、大規模転移装置の基本構造やら術式とやらはさっぱり解らないが、透明な板切れを一枚転移装置に仕込むだけでシステムの書き換えができるなんて──恐れ入りました!!
《アメジオスとブルタルニアはこれでいいね。私の遠隔操作で、いつでも新システムに切り替えられるよ》
ヴァチュラー様って有能なのに威張らないから、本当に謙虚な神様だよな。これがウチの神様だったら⋯⋯あ、ウルセーって言われた!オレっちの心の声、未だにダダ漏れ!
「アメジオスはともかく、ブルタルニアも転移装置に警備兵を置いてないなんて⋯⋯変なの」
「そもそも、頑丈過ぎて壊せる者がいませんから。ましてやシステムの書き換えなど、誰もできるとは思っていないのです」
あまりにザルな警備に拍子抜けしてたミルトちゃんに、ニナさんがそう説明する。
オレっちは現地には行っていないが、エイベルの話によると、ブルタルニアの装置は僅かなエルフ兵たちが警備しているだけの森の中にあったそうだ。装置周辺にはエルフ兵も憑依神たちもいなかったから、結構簡単に仕込めたらしい。
「装置の周囲に張ってあった結界も、私が解除してその後元に戻しておきましたから露見する心配はないでしょう」
《バレたとしても、彼らにはどうにもできないしね。でも、アチラにもそうした事が得意な憑依神がいるかもしれないから油断はできないけど》
システムの書き換え合戦か。チルドナの話じゃ、神力の強さや希少な神スキルの持ち主たち優先で召喚されるって言ってたけど、そこには頭の良さなんかも含まれるのかもしれない。
《ネーヴァの方の段取りも、ダンガリオが頑張って何とかしてくれたしな!》
カガリス様がそう言った。
いや、何とかせねばと必死になって駆けずり回ったんだよ、きっと。お気の毒に。
《その流れで、アイツもカチコミに参加させる事を考えたんだが⋯⋯それは止めておいた》
「その方がいいと思います」
そりゃ、いくら体術も魔法も群を抜いてる竜の第一世代のダンガリオさんでも、憑依神相手じゃ、さすがに無理だもんね。
「決行は二日後の早朝──場所は、ネーヴァの山岳地帯だな、カガリス」
《ハッ!ダンガリオの話によると、山岳地帯にある町で出稼ぎどもが集合するとか!》
「それなんだけど⋯⋯事前の書類審査なんかは無かったのかい?」
シルジーさんが不思議そうな表情で、カガリス様に訊いた。
《そこまでは聞いてねぇ。そもそもダンガリオは、上官に誘われたとか言ってたからな。憑依体としての特別枠で》
「あー⋯⋯ダンガリオさんは、第一世代ですもんね〜。でもそれだと、オレたちは単純な労働枠にまわされません?」
「そこは大丈夫だ。私たちは憑依体に選ばれる可能性が高いからな」
フブル姐さんは、大きな滝を背にしてそう言いきった。
本日の簡易空間は、どこぞの山中をイメージしたものらしく、川や滝まであった。そして、季節設定は秋──木々の葉が赤や黄に色づいて、とっても美しい。
「どうしてですか、フブル姐さん?」
「見た目年齢だけならば、このメンバーは若くて健康的だ。その上、顔がいい。間違いなく憑依体として選ばれるだろう」
「⋯⋯え~と⋯⋯?」
どう応えればいいのか。よーするに、若くて端正な顔立ちなら憑依体行き。それ以外は労働力行きってことですかい?んなアホな!
「実際、憑依体に選ばれた者は、そうした者たちばかりだった。そうだな、チルドナ?」
「えっ⋯⋯」
川沿いの岩場の石に腰掛けて透明な澄んだ水の中に足先を入れていたチルドナが、振り向いた。人形の器だから触感も無いのに、なんで川に足を入るんだか。
「え~と⋯⋯ハイ。そりゃあ、どうせ器にするなら若くて美しい方がいいですもん」
⋯⋯そうなんだ⋯⋯
「とは言っても、長年使ってると元の容姿に近くなるんで、ホントは選り好みしなくてもいいんですけどねー。でも、短期で老化しちゃうとその顔のままなんで、皆、最初から整った顔の者を選ぶんですよー」
「ふ〜ん。じゃあチルドナも⋯⋯アタクシを顔で選んだの?」
「顔と⋯⋯年齢ですかね?何となくわたスの元の体と雰囲気が近かったし」
「ふ~ん⋯⋯」
ミルトちゃんとしては複雑だろうな。容姿は褒められても体を乗っ取られたワケだから。
⋯⋯ところで、この流れだとオレっちとエイベルは、人型に変身した方がいいんだろうな。
「じゃあ、オレとエイベルも人間のフリをしないとダメだな」
オレっちたちだけ労働力に回されると困るし。
「え~っ!?そこはモフのままでいいですよ!案外、人気が出て争奪戦になるかも!?っていうか、わたスだったら、迷わずモフを選びます!!」
チルドナは、なぜかフンッと言って断言した。
⋯⋯。モフ〉〉〉ミルトちゃん?おいおい、ミルトちゃんが怒っちゃうよ!?
「そこは⋯⋯わかるわ、アタクシも!」
わからんでええで、ミルトちゃん!!
《なんか⋯⋯逆にヤバそうだから、人間に化けておくか、ヴァチュ》
《そうだね、カガリン》
こうして、オレっちとエイベルは人間型で潜入することになった。しかし、外見は人間となっても心はモフ!
よしっ、小獣魂──いっちょ見せたろやないかいっ!!
連載を始めて、早くも一年が経ちました。ここまでお読み頂き、まことに、まことにありがとうございます!なんとか完結まで細々と続けたいのですが、ここから先、登場人物が多くなり自分でも文章が粗くなっている自覚がありまして⋯⋯次回からは、火曜日のみの更新とさせて頂きます。
まことに申し訳ございません!!




