第十七話 ガチャ釣果と霞んで見える湖のヌシ
釣りのエサとなる虫が出てきます。苦手な方は読みとばして下さい。
田園風景が途切れ、雑草だらけの光景ばかりになってから数十分──まだ遠くの方だが、白樺のような白っぽい樹皮の木々に囲まれた湖が見えてきた。
「大きい湖だね〜。それに深そう〜」
「だな」
エイベルの感想に、オレっちも頷く。
対岸が遠く、湖の色が暗い。今日のように天候の良い朝方でさえ、ナゾ生物が水面からヌッと現れそうな不気味さを感じる。
「よしよし」
トムさんが牛魔獣を牛車から離し、リードロープを側にある木の幹に繋ぐ。湖近くの白っぽい木々とは違う、大きな木陰を作ってくれる広葉樹だ。
湖から少し離れてはいるが、見晴らしがよく、明るい時間帯は魔獣も出てこない場所だそうだ。つまり裏を返せば、夜になるとデンジャラスってことですな。
「少し重いかもしれんが、エイベルには風魔法があるから、付与すれば扱えるじゃろう」
そう言ってトムさんは、エイベルに大人用の釣り竿を渡した。
「タロス君にはコレを」
大人用の半分ほどの長さの釣り竿を渡される。
「餌は──ああ、おった、おった」
近くの茂みに手を突っ込んだと思ったら、瞬時に引き抜いて、そのままオレっちの顔面にそれを突き出す。
虫だ。大人の拳ほどの大きな──魔蟲──
「──キュ!ジジジジジ!!」
久しぶりに変な声が出た!自分で自分の声に驚く。
「おお、すまん、すまん!都会の子供には、ちと大き過ぎたかの!」
いや、いや!大きさもそうだけどビジュアルが──キモいんだよ!だってだって──ダンゴムシっぽいんだもん!せめてバッタとかだったら『でかっ!』って叫んで終わったのにー!
「この辺りの虫は、コレが当たり前の大きさじゃから⋯⋯困ったのぉ」
「いや、あの⋯できれば見た目の抵抗が少ないやつで」
バッタとかコオロギとか──そのへんで勘弁してくれ。
「あ。タロス〜、コレだったら大丈夫かも〜?」
エイベルが何かを両手で掴んだ。そ~っと開いていく。
──カナブンぽい、魔蟲だった。
「⋯⋯うん。なんとかなるかも」
「よかった〜」
前世の疑似餌のありがたみを思い知りながら、釣り餌を集めていく。しっかし、どれもコレもでかいな、ホント。それでもダンジョンの魔物とは違い、襲ってくることがないだけマシだが。
そこそこの数を確保すると、大小の石がゴロゴロしている湖のほとりまで移動する。
「この辺りでいいじゃろう。思いっきり投げ入れてごらん」
トムさんに餌を付けてもらったオレっちが、先頭を切って竿を振った。狙った場所よりも手前の方になってしまったが、失敗ではない。少しズレただけだ。
「!」
投げ入れてすぐに、赤いブイが沈んだ。
「掛かった!」
テグスを急いで巻き上げる。重い。これは大物か!?
「どれ、水魔法で圧し出してあげるかの」
踏ん張るオレっちに、トムさんのサポートが入る。リールが驚くほど軽くなった。水魔法すげぇ。
ザバン!と水面から引き揚げたソレが、勢いよく石ころだらけの岸辺に立つオレっちの手元にやってくる。
「お、お前は──!」
ハリセンボンやんけ。
どういうことだ!?何故に湖にお前がいる!?
30センチほどの丸いトゲトゲ魚を見たオレっちは、呆然とした。
「ハリブーじゃな。痛いし食えんしの厄介者じゃ」
異世界でもキングオブ雑魚なんかい。しかし、幸先が悪いな。今世でもマイナス釣果の嫌な予感!
「結構〜釣れたね〜。まだお昼前なのに〜」
「だな。でも、別の意味で疲れたわー」
当初の嫌な予感は外れ、わずか三時間の間に、釣れるわ釣れるわ──怒濤の入れ食い状態で、餌となる魔蟲の捕獲の方が大変だった。
現時点でのエイベルの釣果が、コイダム4匹、ブナブナ2匹、淡水マイダ1匹、ハリブー2匹。
トム爺さんが、コイダム6匹、ブナブナ3匹、淡水マイダ2匹、ハリブー4匹。
オレっちが、ナマズナ1匹、ナジュウ1匹、ハリブー8匹。
ちなみに、コイダムとは鯉っぽい淡水魔魚で、ブナブナは鮒っぽい魚、淡水マイダは、鯛っぽい魚で、ナマズナは2つの頭を持つ鯰っぽい魚、ナジュウは鰻っぽい奴だ。
ナジュウを釣り上げた時、ヘビだと思って大きな悲鳴を上げてしまった。長くて大きいソレは一番暴れまくり、マジでテグスが千切れるかもしれないと思った。
「ナマズナも珍しいが、ナジュウは特に珍しい。タロス君は引きが強いのぉ」
別の意味でな。呪われたようにハリブーが4匹連続で釣れた後に、何故か珍魚が続けて釣れるというパターン。
「さて、少し早いがお昼にしようか。婆さんが重箱を持たせてくれたでの。お茶もあるぞ」
陽は高くなったが、湖周辺は冷却魔法具無しでもいいぐらいに涼しかった。木々の枝が重なる大きな木陰の下で、薄い畳のような敷物(ゴザ?)の上に座って、昼食をとる。
「美味っ」
「サラダの野菜も〜、甘くて美味しいよ〜」
「この野菜は庭で収穫したもんじゃ。新鮮じゃから、葉もシャキシャキしておるぞ」
二段重ねの重箱には、一段目にぎっしり詰められた俵型のオニギリが。二段目には食べやすいように一口サイズにされた鳥の唐揚げと玉子焼きが隙間なく入っていた。
さらに別の入れ物には野菜サラダが彩り美しく盛りつけられ、三人でも食べきれないほどのボリュームだった。これらを収納していたトム爺さんの魔法鞄には時間停止の機能はついていないが、そもそも魔法鞄内の温度は10度前後だと言われているから、この夏場でも腐ることはない。
「この唐揚げ〜、お屋敷の食堂のより〜美味しいかも〜?」
「肉の味が濃い感じがするな!」
「そうか、そうか。リチャードん所のボエミーは、小獣国の鳥魔獣よりも美味いか。あやつが聞いたら、さぞ喜ぶことじゃろう」
「ボエミー?コレ、ボエミーの肉なの!?」
思わず箸で挟んだ唐揚げを、凝視してしまう。
「じゃよ。婆さんが奮発して買ったんじゃ。ボエミーの肉は、コケトーの三倍ほどの値段じゃからのう」
──まさかの高級肉!あのアホの子が!
いや、知能は肉の旨さに関係ないか。関係あったら、知能の高いオレっちたちがやべぇわ。
昼食後、思ったよりも日差しが強くなかったので、あと少しだけ釣りを楽しむことにした。淡水ハリセンボン──じゃなかった──ハリブー確率の高い一投目に、半ば投げやりで竿を振る。
「!」
んん!?引きが違う!?
ハリブーとは違う感覚に、心が浮き立つ。それに反してリールが重い。重すぎる!
「タロス〜、手を離さないで〜!」
エイベルが、自分の釣り竿を放り投げて、オレっちの竿に風魔法を付与してくれた。──めっちゃ軽くなった!
「タロス君、あと少しじゃ!」
さらにトムさんの水魔法に助けられながら、なんとか釣り上げる。
デカイ!──150超えてない!?
「──おお!コレはウタタマスじゃ!」
「ウタタマス?」
前世の鱒に似た魚の名はポケ◯ンじみていて、別の意味でも驚いた。
「たまに釣れることもあるんじゃが──普通よりも少しばかり大きい。今夜はご馳走じゃな!」
「スゴいね〜、タロス〜!」
「いやいや、エイベルの風魔法とトムさんの水魔法のおかげだよ!」
「いや、釣りは腕もあるが、運の要素も大きいでの。そういう意味でも大したもんじゃよ!よし、早いとこ家に帰って、婆さんに料理してもらおうかの!」
魔法鞄にウタタマスを収納しながら、トムさんが楽しげに言う。そしてオレっちとエイベルは、ハムケツを向けたトムさんの後に続いた。
「?」
何か妙な気配を感じたオレっちは、湖をふり返った。──なんかいる!
遠目ではっきりとは見えないけど、長大で首が長い──黒っぽいナニか。そう、前世のテレビ番組で何度か視たことのある──
「ネッ◯ー?えっ、マジで!?」
「どうしたの〜、タロス?」
オレっちの叫び声に、エイベルとトム爺さんがふり返り、オレっちの見ている方向に目を向ける。
「なんか〜大きい魔獣が〜泳いでるね〜」
「アレは──スミー湖のヌシじゃな。大きくなりすぎたナジュウか、淡水ミズン、太り過ぎた淡水ヘビームじゃという話じゃが」
ミズンは前世のミミズ、ヘビームは前世のヘビに似た魔獣だ。
トム爺さんによってあっけなくタネ明かしされたアンノウンは、霞んで見えた。そもそも魔獣だらけのこの世界、未知の生物だらけやんけ。
チーン。
☆ 補足 ☆
淡水魚は特に寄生虫が多いので、この世界でも冷凍、または雷魔法を付与した金属魔法具で処理しています。焼くか揚げ物にするかの二択がメインなのですが、魚の種類によっては、生で食べたりもします。
スミー湖のヌシ。実はトム爺さんが言った通り、ナジュウ、淡水ミズン、へビームのデカ過ぎ三匹で縄張り争いをしているのです。それぞれ強力な固有スキルを持っているので、なかなか決着が着かず、今日まで湖の代表が決まっていません。
タロスが見たのは、普段水面に出てこないナジュウ。コレ一匹で、どれほどの鰻の蒲焼きが作れるのか──




