第百六十九話 記憶の墓場
「弱小神界に生を受け、激強神界の争いに巻き込まれ⋯⋯挙げ句に、連座でタルタロスに落とされ──わたスの神生って⋯⋯ううっ!」
⋯⋯よく解らんが、チルドナは神様にしては不幸な生い立ちらしいな。だからと言ってミルトちゃんの魂を圧し潰そうとしたのは許せんが。
「高次元だろうが低次元だろうが、どの次元の界でも、昔は力が全てという考え方だったからな。そこへもって、タルタロスへの投げ込みの全盛期──運が無かったな」
「改めてそう言われると⋯⋯余計に惨めなんですが⋯⋯。あ〜〜!せっかく、タルタロスから脱出できて、少しは運が上向いてきたと思ったのにぃぃ!」
「まあ、肉体無しの半端な脱出だがな。しかも、ザドキエルに神魂を握られている状態だから自由も無かっただろうし。どっちみち運が無いのは変わらん」
フブル姐さん、容赦ないな。なんか、ますますコイツが憐れに思えてきた。つーか、神様にも運があるんだ。そっちにもビックリだよ!
「⋯⋯そこまでお解りなら、少しは慈悲を与えて下さいよ〜!わたスの記憶を視たのなら、タルタロスに投げ込まれた理由とあそこの酷さがわかるでしょ〜!?」
チルドナは、ウルウルしながらそう叫んだ。
あれ?何だかさっきよりも幼く見えるんだけど?見た目が十代後半から、一気に十代前半になっとる。人形だと姿が安定しにくいのか?
「タルタロスは⋯⋯確かに無限地獄と言えるだろうな。本当の意味で完結してしまった各次元の世界の歴史が無限に再現され、ただ繰り返すだけの廃世界の集まりだからな。しかも、そこに放り込まれた者は認識されず、亡霊のように彷徨うしか無い。その上、すでに通常次元では消去されてしまった存在になるとは。とことん地獄だな」
⋯⋯同じ歴史が何度も再現されて、それをエンドレスに見せられる⋯⋯うん。精神的な地獄だな。オレっちだったら耐えられんっ!
《それは⋯⋯想像以上に酷い場所ですね。我が神界は、最初から大神によって禁じられていましたから、幸いでした》
ヴァチュラー様がそう言うと、フブル姐さんが簡易空間の夏空を見上げた。でもそれは、空というよりも別の何かを見ているようだった。
「⋯⋯タルタロスへの追放が盛んだったのは、旧神族の時代だったそうだからな。母神たちは、彼らの失敗を見て学んだのだろう」
《賢明なご判断です!》
カガリス様が、一際大きな声を上げる。
うーん。要するに、神々にも黒歴史っつーのがあり、その一つがタルタロスへの追放だったのだろう。
『あの~⋯⋯いつものことですが〜⋯⋯僕には〜そのタルタロスっていう所が〜よくわからなくて〜⋯⋯』
ヴァチュラー様の中からエイベルが恐る恐る発言する。うむ。確かに、姐さんたちの会話だけじゃエイベルにはわかりにくいよな。
よし!ここは、我が癒しの友のために説明すべきだろう!
『んー⋯⋯わかり易く言うとだな、全ての世界が一番偉い神様の作った物語だとする。でもって、あんまりにも物語の数が多すぎて憶えきれなくなってだな、すっかり忘れてしまった物語も出てきたワケだ。そうした物語が記憶から完全に消去されていく場所が、タルタロス⋯⋯ってことなんじゃないかな?言うなれば、記憶の墓場みたいなもん?』
『記憶の墓場⋯⋯そうなんだ〜ありがとう、タロス〜!それなら僕にもわかるよ〜』
《おい、タロス!オメー、いつからそんなに頭が良くなったんだ?》
『いつからって⋯⋯』
失礼な!オレっちは、もともと勤勉な学生なんですよ!⋯⋯っていうか、前世のラノベでよくある設定だしぃ〜。
「成る程⋯⋯」
「そうだったのね!」
ニナさんとミルトちゃんが、オレっちを見て頷いていた。よく見ると、姐さんの眷属三人組もコッチを見ている。
⋯⋯もしかして皆さん、エイベルと同じだった?解ってたのは、オレっちと神様組だけ?
「タロスの言う通り、そこへと入った情報は上下世界の関係なく、全て消される。実のところ、タルタロスはどの次元からでもその入り口を開けられた。つまりどの世界も、突然消えてしまう可能性があるという事だ。旧神族たちはそこまで考えていなかったから安易に開いていたのだろうが」
「旧神族と言われると複雑ですけどぉ⋯⋯今の神族が昔とは違う考え方をしているのは知っていますよ〜。何やらいろいろと変化したようで⋯⋯あの~、それで、わたスは何をさせられるのでしょうか?できれば、あの方々の御迷惑にならない命令を与えて欲しいのですが⋯⋯」
コイツ⋯⋯案外、図々しいな。
《オメー、なんか変わったヤツだな。そんな都合のいい命令なんてあるわけねーだろ!それともタルタロスで常識つーもんを消されたのか!?》
カガリス様、ナイスツッコミ!!
「消されたわけじゃないですよ〜!ただちょっと⋯⋯恩人に対して砂をかけるのは、どうかなと思って⋯⋯」
「それは解るが、だからといって、我が眷属たちを犠牲にされては困る。何より、ザドキエルとお前たちの主の意見は一致しているのか?」
「それは⋯⋯解らないです。わたスは、あの御方の側近じゃなかったし、肉体を得たのは一年前が初めてで──」
チルドナが、チラッとミルトちゃんを見た。それにつられるように、ミルトちゃんもチルドナさんを見た。
「え~と⋯⋯その⋯⋯ゴメンなさい。でも、どーしても肉体が必要で⋯⋯だって、わたスの体はタルタロスに捨ててきたから──」
「⋯⋯」
そう言われても、ミルトちゃんは許せないだろう。だってフブル姐さんがいなかったら魂が圧し潰されていたんだから。
でも、チルドナからすれば、タルタロスから脱出するためにはそれしか方法が無かったワケで⋯⋯
オレっちだったら、『同情はするけど、それでもダメ!許せん!!』だな!さて、ミルトちゃんはどうだろう?
⋯⋯ところで、さっき姐さんが言ってた『お前たちの主』って、誰のことなんだろ?




