第百六十八話 姐さんの眷属は個性的
「こうして直にお会いするのは久しぶりですな、我が主よ」
「そうだね、トニローム」
『トニローム』とフブル姐さんに呼ばれた大獣人の顔は、ボリュームのある白銀のボサ毛で両目が隠され、長い鼻と大きな口しか見えない。それでも口角がかなり上がっていたから、姐さんとの久々の再会に喜んでいることがわかる。
ちなみに、その再会の場所は、波が静かに押し寄せる白い砂浜である。昨日まではフツーの居間だったのだが、朝起きてみたら、こうなっとった。
フブル姐さんの隠れ家は、建物の外だろうと中だろうと環境設定をいろいろと変えることができるらしい。でも、なんで浜辺なんだろう?まだ夏前なのになぁ。
まあ、姐さんか家の神工知能がそんな気分だったのだろうと、勝手に納得しておいた。
「古き神々よ。私は、トニロームと申します。元はイブエティ神の加護種でしたが、現在はフブニール様の眷属です」
《そうか。イブエティの⋯⋯それにしては、随分と小せえな?》
えっ?カガリス様、何言ってんの!?この人、200センチ以上の長身で、ガッチリした体格の大柄な人だよ?元竜人のダンガリオさんぐらい大きいよ!?
カガリス様とはすでに交代済み。よって、内側から、姐さんの追加の眷属たち三人を眺めていたオレっちは、カガリス様の発言に驚いた。
「フブルニール様の眷属となってからは体の自己調整が可能となりましたので、あまり目立たぬよう、身長はかなり低くしております」
《それもそうか。オメーたちは、デカすぎだもんな》
《そうだね。成人サイズだと三メートル超えが普通だし》
三メートル超えがフツー!?そんなアホな⋯ってこともないか。一つだけそんな加護種に心当たりがあるがな!
「トニロームは、ポラリス・スタージャーのスノー自治区出身の加護種、エティだからな。確か、雪獣人とも呼ばれていたか?」
やっぱり!あの三メートル超えの雪獣人!!初めて見た!ホエ〜、顔は犬獣人に近いんだ。鼻筋長えー!
「遅いよ、トニーローム。あたしらは、朝には着いてたのに」
そう言ったのは、姐さんの眷属其の二である、元貴族令嬢、シルジーさんだ。
正真正銘、五百年ほど前のマリアベル王国の伯爵令嬢だったらしい。
シルジーさん曰く、伯爵令嬢と言っても正妻との子ではなく妾の子だったが、貴重な闇スキルを持っていたために、伯爵家の嫡子として育てられたのだとか。
しかし、父である伯爵はシルジーさんを金儲けの道具としてしか扱わず、正妻やその子供たちには散々嫌がらせをされ、使用人たちにまで見下され──え、マジで!?
って、途中でツッコんだぐらい驚いたが、マジでテンプレのドアマットだったようだ。
そんなヒドい環境で育ち、13歳になったばかりの頃、シルジーさんは極度のストレスから魔力暴走を引き起こした。その時、たまたま王国にいたフブル姐さんが感知して助け出したそうだが⋯⋯その際、シルジーさんの闇スキルは制御不能で、伯爵家の屋敷を半分ほど地中に沈めていたらしい。
そう。シルジーさんの闇スキルは、地に特化したなんでも地中に沈めてしまう底なし沼だったのだ。普通の土スキルとは違い、闇スキルなので、空間魔法に分類される超珍しいレアスキルなんだって。
『姫様には感謝してるよ。当時のあたしは、ホントに物知らずだったからねぇ。子供の頃から虐げられ、いいように使われて⋯⋯それがどんなに理不尽な事かも考えず、結局、自死する事しか思いつかなかったんだから。今思えば、なんであんな奴らのために死ななきゃならないんだ⋯って、感じだけどね!』
『それでその⋯⋯伯爵家には復讐したんですか?』
ドアマットからのザマァ。定番の流れだと、そうなるよな。
『もちろん。屋敷は全部沈めたし、今まで地中に沈めさせられてきたいろんなもんを王都のアチコチの地上に出して、財産も地位も失わせたしねぇ』
『いろんなもんって?』
『あの伯爵家は、先代から闇組織と繋がりがあった。さすがに殺人までは関与してなかったけど、違法な品を流す手伝いはしてたんだ。あたしの能力は、それらの保管場所として使われていたのさ』
『あー、なるほど!』
つまり、表沙汰になるとヤベーもんがたくさんあった、と。魔法鞄は国が管理してるし、大容量の鞄は恐ろしく高いし──でも隠したい物も多いから、シルジーさんの底なし沼スキルだったのか。いざとなったら、どこの地からでもすぐに取り出せるしね。
『でも〜土で汚れません〜?』
エイベルは、きっとドロドロになった品を思い浮かべたのだろう。でも、空間スキルによるものだからな。
『地下の空洞に物を放り込む感覚だから、取り出した時には汚れてないんだよ。ふふっ。あたしも昔は、どうなってるんだろうって、自分でも不思議に思ってたわねぇ』
どこか懐かしむようなその口調は、長い年月を感じさせるものだった。外見が十代後半の少女なだけに、めっさ違和感があるが。
どことなくヤンキーっぽいのは、茶髪の髪色と少し吊り目の茶金色の瞳、何よりその口調からだろう。かつての伯爵令嬢の面影など影も形も──自分で粉砕したのかな?
「スマンな、シルジー。獣人傭兵になりすまして、ネーヴァにいる憑依神の行動を探っていた最中だったのでな」
「あの国は、アチラ側の属国のようなものじゃから憑依神の数も多い。特に最近はの。だからこそ、パールアリアをあっさりと侵略できたのじゃが」
そう言ったのは、三つ目の加護人──愛くるしい幼児の姿をしたキュリムさんだ。この中ではフブル姐さん、ニナさんに次ぐ一万歳超えの年長者らしい。
その昔、三つ目の持つ千里眼の能力に目をつけた竜人の闇組織に捕まり、借金奴隷としてこき使われていたという。
借金奴隷は違法ではないが、キュリムさんの場合は本当に借金があったわけではなく、勝手に借金を背負わされて奴隷にされたというからホントにヒドい話だ。
『その間の記憶はもう曖昧でな。ハッキリと記憶に残っておるのは、神姫様との出会いの時からじゃ』
その出会いとは、フブル姐さんがその闇組織を壊滅させた時だったというから驚いた。
『強制されていたとはいえ、儂も当然、悪党の一人として殺されると思っておったのじゃが⋯⋯神姫様は、儂を殺さなんだ』
多分、キュリムさんの可哀想なステータスを視て、そう判断したんだろう。
だけど、闇組織は壊滅しても、その時点でキュリムさんはかなりの高齢だったため、帰る場所もやり直す時間も無かったという。
三つ目の加護種は普通の加護人よりも長命で、エルフ並に生きるというが⋯⋯かなり若い時に捕まったと言ってたから、少なくとも五百年以上は奴隷生活を強いられたワケだ。どんな地獄!?
『何のために生まれてきたのか解らない人生じゃった。儂の千里眼は、本来、良きことのために使うべきじゃったのに⋯⋯』
姐さんがキュリムさんを眷属にしたのは、その想いを汲み取ったからなのだろう。それにしてもフブル姐さん、マジで悪党どもに神罰を与えてたんですね!
『何万年も大陸中を旅してたからな。暇つぶしも兼ねて、犯罪組織は定期的に潰しておいた。だが、結局は上の連中が変わるだけで、そうした集団はまたすぐに復活する。この辺は、加護種だろうと人間だろうと変わらんな』
あー⋯⋯それはそうだろう。ウルドラム大陸の国々は、国家間での戦争こそないけど、経済的な貧富の差は常にあったから。
不平や不満、理不尽さや疎外感──それらの受け皿で最も最悪なのに作りやすいのが、暴力的な犯罪組織だからな。
でも、姐さんのしたことは決して無駄なことでは無いと、オレっちは断言できる!
だって実際、フブル姐さんはあの夏の誘拐事件でオレっちたちを助けてくれたんだもん!まあ、あの時は、闇組織の壊滅じゃなくて何かのついでだったのかもしれないけど。それでも助けられた人たちが大勢いるんだから、神罰はぜひ続けて欲しい!
それにしても──キュリムさんは、なんでここまで若返っちゃたんだろ?見た目がオレっちよりも下の年齢──ほぼ幼児やんけ。それだけ人生をやり直したい意識が強かったの?
「さて。眷属全員がそろったところで──見てもらいたいものがある。コレだ」
フブル姐さんの右の掌には、オレンジ色に淡く輝く小さなキューブがあった。
「できれば、新品の魔導人形が一体欲しいのだが⋯⋯」
《新品の人形ならば、私が提供致します。ですが末姫様、それは?何やら神気を感じますが?》
エイベルと交代したヴァチュラー様が、キューブを凝視する。
「これは、ミルトに憑依していた他神族の神魂だ。タルタロスへと投げ込まれた者のステータスは消去されてしまっているからその罪状を画面で視る事はできない。それで消滅させるのに躊躇した。この保存容器は、ザドキエルの施設から盗み出した物の一つでな。神族の魂を長期間保存できる優れものだ」
《では、人形という器に入れて定着させ、人格⋯いえ、神格を見極めるのですね?》
「ああ。それでどうしようもない者だったら消滅させる。微妙な者ならば神力と記憶を封印し、放逐する。同情の余地があれば、戦力として利用する。尤も、私は直感で選別し、すでに幾つかの神魂を滅しているが」
《末姫様の直感ならば確実でしょう。けれど、ここに入っている者は、そう素直に私たちに協力するでしょうか?》
「素直に協力しないのならば、神力だけを提供してもらう。神力消費の激しい神器は多いからな」
⋯⋯フブル姐さんって、慈悲深いんだか冷酷なのかよくわからないなぁ。いや、合理的な思考ではあるが。
《では、この人形をお使い下さい。正真正銘の新品⋯⋯過去に使われた形跡もありませんでしたので》
ヴァチュラー様が、簡易空間から銀色の魔導人形を取り出した。
ふ~ん⋯⋯これってコピーするだけじゃなくて、憑依もさせられるんだ。⋯⋯アレ?だったら、カガリス様たちもアレに憑依すればいいのでは?
「さて。では、定着させるか」
フブル姐さんはそう言うと、オレンジ色に輝くキューブを人形の腹の中に入れた。そうすると、あっという間に肉付けされ、萌黄色の髪の少女の姿へと変化した。
「⋯⋯ん?」
少女は、パチパチと目を瞬かせた。内側から光輝くオレンジ色の瞳──うん、神様だな。
「──さて。過去を視せてもらおうか」
フブル姐さんは、少女神の額に手をあてた。
「⋯⋯これは⋯⋯」
姐さんは、苦虫を噛みつぶしたような表情になった。
キュっ!?もしかして、かなりの悪神でした!?
「成る程。これがタルタロス──全ての終焉地か。『チルドナ』とやら、それでどうする?ザドキエルに義理立てるか、それとも我が命に従うか──」
「ほ、他に選択肢が無いじゃないですか〜!!わたスって、い〜つもこんなんばっかしぃぃ!!」
キラキラと輝くオレンジ色の瞳に大粒の涙が──って、『わたス』って、どこの神界の方言だよ!?




