第百六十七話 癒しの友よ、君だけは
死ねと言っているようなもの⋯⋯それは、その覚悟をしておけということ?
『僕は〜ヴァチュラー様の加護種です〜!フブル様のお役に立てるなら〜本望です〜!!』
『⋯⋯⋯』
一秒たりとも悩まないエイベルと違って、前回同様、オレっちは思いっきり悩んでいた。
一度死んでる記憶があるから、死ぬこと自体は怖くない。でも、死に方による。
例えば、エイベルやミルトちゃんを敵の攻撃から庇って盾となったりとか、ここが最期の見せ場的な状況で、派手に命を散らすのもありだろう。
だけど⋯⋯もし、敵に捕まって拷問を受けて⋯⋯苦痛の中でもがき苦しみながら死んだら?キュ〜、頭の中がグチャグチャになって、言葉が出ないよ〜!!
《末姫様。タロスの奴は、ちょっと他の加護種とは毛色が違いまして──》
「そうだね。前世の意識が未だに強くて混乱しているみたいだ」
『す、すみません⋯⋯って、アレ?』
《末姫様は、神であろうと全ての者のステータスを視る事ができるんだ。オメーの素性なんて、バレバレなんだよ!》
「そうでもないさ。実際、タルタロスに放り込まれた者たちのステータスまでは読めない。彼らは全次元で存在を消されているからね。まあ、それはともかく、私の言い方も悪かった。要するに、これから私と共に行動するなら、そうした危険にさらされるという事だ。カガリス、ヴァチュラー。もしもの時は、この子たちの方を優先させるんだ。いいね?」
《⋯⋯それは》
「眷属だからと言って、死ぬのは当たり前だと思うな。むしろ、眷属だからこそ護るんだ。そこは主としての義務だぞ!」
《⋯⋯は、ハイ!仰せの通りに⋯⋯》
カガリス様の困惑が、思いっきり伝わってくる。
フブル姐さんの考えは、きっと従来の神々の考えとは違うんだ。加護種の方だって、エイベルと同じく、神のために自分の命を差し出す事は当たり前だと思ってるしな。
姐さんの考え方は、前世の現代的な考え方によく似ている。特に、責任感の強い人の考え方に。でもそれは、最終的には自分の力だけで何とかしようと思ってるってことなんじゃないかな?
「カガリス、ヴァチュラー。お前たちもだ。ザドキエルが現れたら逃げろ。神滅の力で神魂が消されてしまうからな」
《⋯⋯では、我らは何をすれば良いのですか?》
ヴァチュラー様も困惑気味だ。
「それぞれの得意分野でサポートして欲しい。ヴァチュラーには、あちらの神印の分析と解除を。カガリスには、防御と治癒の両面を頼む。ニナとミルトは、純粋な戦力として戦ってもらう。ニナは、あちらの弱体化してる憑依神よりも神力が強く、スキルの数も多い。ミルトは、私の眷属となった今、強い神力を持っている。ザドキエル以外となら互角以上に戦える筈だ」
『あの~、フブル姐さん!ザドキエルの眷属がいたら、ヤバいのでは?』
なんか、ごっそり作ってそうな気もするが。
「それはない」
《ザドキエルは、どういう訳か眷属を作れない。だから奴の配下は、他の神々の眷属ばかりだ》
フブル姐さんとカガリス様は、その心配は無いと断言した。
「そういえば──そうですね。私も、あの方の眷属の話は聞いた事がありません。私たちがいるのでその必要が無かったと、勝手に思いこんでおりましたが⋯⋯」
ハッとしたように、ニナさんがそう言った。
⋯⋯ザドキエルが眷属を作れない理由って、何なんだろうな?気になる。
「そんな事より、これから──明日の朝までには私の眷属たちを招集する。こちらには出し惜しみできる程の余裕が無いからな」
んん?姐さんの眷属!?ミルトちゃん以外の!?
「長く大陸を旅していると、運命の流れのままに縁を結ぶ事もある。今までは情報収集のみしてもらっていたが、事が事だけに、今後は参戦してもらおう。あとは──まあ、それは実際に会ってから話そう」
◇◇◇◇◇
「外を観光してみない?」
あれから屋敷内の案内をしてくれたミルトちゃんが、中庭に出た途端、思いついたように言った。
「ここは無人島だけど、姫姉様の『眼』を使ったアタクシの転移術で、人の住んでるログイン島やインストル島に行けるよ。他の眷属たちが揃うまで時間もあるし、行ってみない?アタクシが案内してあげる!」
「それは助かるけど⋯⋯ミルトちゃんは賢者ってバレないの?」
「そこは大丈夫!ほら、アタクシ、ものスゴ〜く痩せたっちゃでしょ?それに、魔力の質も変わっちゃったし!今なら多分、お母様にだって気づかれないわ!」
「そ、そう?そうなんだって、エイベル」
「あ⋯⋯うん〜⋯⋯」
今、オレっちとエイベルは、少しギクシャクしている。それは、オレっちが前世持ちだとエイベルにバレてしまったからだ。
これはもうぶっちゃけて説明するしかないと覚悟を決めたが、その前にミルトちゃんがサーバー湖の観光を薦めてきた。
意外なことに、ミルトちゃんやニナさんはオレっちの前世には興味がないようで、それよりは仲間としての交流を深めたいようだった。
「でもやっぱり、一番人の少ないアプリ島がいいわね!元老の別荘や高級ホテルばかりで他の島よりも人が少ない上に自然が多くて湖の眺めも最高なんだから!」
「へー。高級リゾート地なんだー」
「それに、あそこの飲食店のパフェは特別美味しくって──」
なるほど。それが目当てなのか。
「じゃあ、さっそく行きましょ♪」
◇◇◇◇◇
「おおー⋯⋯どこも整備されてて、キレイだな!なぁ、エイベル!」
さすがは高級リゾート島。ゴミ一つ落ちてないし、ホテルも商業施設もメンテナンスが完璧で、品がある上に清潔感が半端ない。これはさぞかし内装も豪華なことだろう。
今日は天気もいいし、暑くもなく寒くもない気温だから、余計にテンションが上がる。
「エイベル?」
「う、うん〜。キレイだね〜⋯⋯」
アカン。エイベルのテンションが、めっさ低い。早いとこぶっちゃけたいが──
「あの高台に行きましょう!眺めもいいし、湖面からの風が気持ちいいの!」
ミルトちゃん──少しは空気を読んでくれ!⋯って、お子様だから無理か⋯⋯
「おや、小獣人の子供たちだ。珍しいね」「ホントね。親はどこにいるのかしら?」
小獣人の子供はここでも目立つようで、セレブな方々からの視線を受けた。時期的に夏休み前で、ここにいる観光客は大人ばかりだ。
三歳ぐらいの子供を連れた大獣人も一組いたが、さすがに子供だけのグループはいない。
しまった!ニナさんかフブル姐さんも一緒に──あ、アカンわ。あの美女二人組だと余計に目立つ!
「おお〜っ!」
高台への階段を上りきり着いた先は、視界を遮る物が一切ない──わけじゃないが、湖を上から眺めるには最適な場所だった。
展望広場はオープンテラス付きの飲食店が三分の一ほど場所を占めていて、観光客の半分ぐらいは、そこでくつろいでいる。
そうか。この店がミルトちゃんの言ってたパフェの店なのか。
「ほら。ここからでも私たちの島は見えないの。ホントに遠いでしょ?」
ホントだ。島影さえ見えない。
「サーバー湖内の島のほとんどが鳥魔獣の縄張りだから、あの小島から先は、無人島ばかりなのよ」
うん。かなり遠くだけど、やたらデカい鳥が見えるもんね。
オレっちたちがあの島の上空に跳んだ時はいなかったから、ここの鳥魔獣たちは夜行性じゃない種なのかな?
「ねぇ、そろそろパフェを──あ!」
「ん?どうしたの?」
「夜の翼持ちだわ。珍しいわね。基本、昼夜が逆転してる彼らが、この真っ昼間に、しかも人の多い観光地にいるなんて」
ミルトちゃんの視線の先には、男のヴァンパイア⋯ではなく、夜の翼持ちの青年がいた。
人型の皮膜翼持ちで長身。色白の顔はなかなかのイケメンだし、あれで黒系統の正装してたらホントにヴァンパイアなんだけど⋯⋯服がラフな半袖なんだよね。しかも彼女連れ。
いや、昼間の観光地なんだからそれが普通なのか。
「ハッ!?」
今、ヴァンパイア男の体の隙間から見えた蝶の羽根は!?
──ズームインっ!!
角度を変えて凝視する。
ゲッ!ミンフェア先輩!!
ちょっと!まだ学校は休みじゃないでしょ!?まあ、オレっちたちも人のことは言えんが!
「ねぇ〜タロス〜。あの人って〜」
「見てはならんもんを見てしまった⋯⋯!気づかれるとマズイ!離れるぞ、エイベル!!ミルトちゃん、一時間後に戻ってくるから!!」
「えっ!?」
「知り合いがいて、見られるとヤバいんだ!」
「あー⋯⋯わかったわ!パフェは一人で食べてくる!」
「行くぞ、エイベル!!」
ダーッと、エイベルを引きずるようにして駆け出す。
なんで、ミンフェア先輩?なぜに、ミンフェア先輩!?
ゼーゼー⋯⋯
「こ、ここまで来れば⋯⋯」
階段を降りて、近くのデカいホテルの影に身を隠した。
「ミンフェアさん〜⋯⋯もしかして、休学したのかな〜?」
「それはわからんけど⋯⋯見つかると厄介だからなー」
いろいろと。
ハッ!
そうだ!エイベルにあのことを言うチャンス!!
「エイベル!黙っててゴメン!オレ、前世の記憶が──こことは別の世界の人間だった記憶があるんだ!!」
「うん〜そうなんだ〜。驚いたけど〜それで納得したこともあるかな〜?でも〜タロスはタロスだから〜、それはもういいんだ〜」
「⋯⋯ん?」
アレ?リアクションが⋯⋯想像してたのと違う?
「あのね〜僕〜⋯⋯死ぬのは怖くないけど〜ジイジを一人にしてしまうのは〜やっぱり嫌なんだ〜。だからタロスは〜正直だと思う〜」
「エイベル⋯⋯」
「でもね〜僕は〜加護種としての生き方しか知らないから〜⋯⋯」
エイベルは、ポロポロと大粒の涙を零した。
そりゃあそうだ。オレっちだってかーちゃんを一人遺して逝くのは辛い。
でも、かーちゃんはまだ若いから再婚もできるし、子供も産める。何より精神的に強いから、多分大丈夫だと思える。でも、執事さんは⋯⋯
娘は家を飛び出し行方不明、その上、孫のエイベルにまで先立たれたら⋯⋯
「エイベル。オレたちはもう逃げ出せない。だけど、最後まで足掻こう!!」
半ば、ヤケクソの運任せ。最悪死んでも、二人一緒なら──いや。いざって時は、エイベルだけでも生かすんだ!なんたって、コッチには万能薬がある。即死しない限りは、生き残れる!⋯⋯多分。
「タロス〜⋯⋯そうだね〜足掻こう、最後まで〜!」
「ああ!!」
我が癒しの友よ──君だけでも生きのびてくれ!!
◇◇◇◇◇
☆ ミンフェア視点 ☆
「⋯⋯タロス?」
今、見慣れた大きな白い尻尾が⋯⋯まさかね。
「ミンフェアさん?」
「あ、いいえ。気の所為だったみたいです♡イエル様♡♡」
お祖母様のワガママで夏休み前にアメジオスに呼びつけられたものの、月の翼持ち、しかも次代の元老候補という優良物件と知り合えるなんて、超ラッキーだったわ!
しかも、湖の別荘にまで招待されて──ふふっ。顔よし、頭よし、財産有り──完璧じゃない〜♡
「本当に大きな湖ですね♡水面がキラキラしていて、ホントにキレイ──」
さ、この美しい湖を眺めながらロマンティックな会話をするわよ!
「このサーバー湖はね、大きいだけじゃなく、かなりの大物が釣れるんだ!」
「⋯⋯え?」
大物?釣れる⋯⋯?
「そうだ!私の魚拓コレクションを見せてあげるよ!!いや、それより夜釣りをしてみないか?そうだな⋯⋯釣り竿はアレがいいかな──いや、アッチの方が軽いか?」
えッ⋯⋯釣り!?魚拓!?いや私、釣りなんて、ずぇんずぇん興味ないんだけど!?しかも、デートが夜釣りって⋯⋯ありえないわっっ!!
ミンフェア、三度目の破局。チーン。




