第百六十六話 墓穴を掘る
「ご馳走様でしたっ!お礼に、皿洗いをさせて頂きたいのですが!」
せめて何かのお役に立ちたいと、オレっちは洗い物を申し出た。
「ああ、それは大丈夫。この屋敷には自動洗浄機能があるから。気持ちだけ受け取っておくわ」
ニナさんはそう言って、食器を回収し始めた。
あ、また出遅れた!申し出る前に、食器を回収すればよかったのに!オレっちのバカ!マヌケっ!!
「そうなのよねー。この館は、姫姉様の神力で擬似自我を持ってるから、食器だけじゃなくて塵や埃なんかも掃除してくれるし!」
ミルトちゃんが、『どうだ、スゴいだろう!!』と言わんばかりに胸を張った。
家に擬似自我?⋯⋯あ、AIか!なるほど。人工知能っぽい何かが、自分の判断で館を管理してくれているんだ!スゲー!
「じゃ、じゃあ、もしかして、風呂も入らないでいいとか!?」
人の洗浄も、浄化魔法で全自動?
「さすがにそれは無い。というよりも、そこまで万能には設定していない。それに、湯船には積極的に浸かるべきだぞ。タロスたち獣人は特にそうだろう?」
フブル姐さんの視線が、オレっちとエイベルに注がれる。
「えー⋯⋯でも、毛が多い分、めんどくさいんですよ。ブラッシングも大変だしー」
ついでに言うと、湯船に浮かんだ毛の回収も大変だし〜。
「だったらアタクシがしてあげるよ、ブラッシング!!」
しまった!ミルトちゃんの髪に隠れていない方の片目が、キラキラしてる!
「いや、それは⋯⋯さすがに」
モフだけど、れっきとした男ですから!背中や尻尾はイイけど、他は⋯⋯ちょっと。
「さて。昨日の話の続きだが──その前に、もっと詳しく過去の話をしておいた方がいいだろう」
《!!》
カガリス様が、交代しろとばかりに圧してきた。あー、ハイ、はい、交代しますよ!
「竜神たちが降臨してきた時、私とザドキエルは休戦中だった。基本、私はザドキエルが仕掛けてこなければ動かなかったしな。そして、彼らが──竜神たちがこの世界へとやって来た日、私はすぐに大帝竜と面会した」
《大帝竜?奴らの王ですか?》
「そうとも言えるが──彼は、竜神界全ての代表ではなかった。あちらの大神と呼ばれる神は、三柱いたからな。彼は竜母神に命じられて配下の神族を率いてきたらしい」
へ〜、三柱もいるんだ。大帝竜か⋯⋯じゃあ、他の大神は、皇帝竜とか王神竜ってなネーミングなのかなぁ。いや、さすがに単純過ぎるか。
「ともかく、私と大帝竜は話し合い、彼を介してザドキエルと和解することにした。けれど、その前にザドキエルは姿を消してしまったんだ。彼側の加護種たちにさえ、何も告げずにね」
《つまりアイツは、末姫様との争いをやめる気が無かったという事ですよね。でも、末姫様だけでなく竜神たちと戦う力はさすがに無いから、とりあえず姿を隠したと?》
「多分ね。そして、竜神たちがこの世界を去るまで何処かで休眠していたのかもしれないと、当時の私は思い込んでしまったんだ。あの頃からかの大陸を調べていたら⋯⋯なまじ禁断の地だったから、予測できなかった」
《それはそうでしょう。次元の歪みがある大陸なんて、普通は行きませんから。竜神たちも、その存在を無視していたようですし》
《そうだね》
ヴァチュラー様が、頷いていた。あ。エイベルも交代したんだな。
それにしても⋯⋯あの大陸は、竜神の半神であるリベルタニア様が最初に降り立ったものだと思っていたが、ザドキエル神がそれ以前にいたのか。
⋯⋯あれ?でもなんで、そん時は現れなかったの?先にいたら、ここは俺の縄張りだって怒りそうなもんじゃない?
それに、竜人たちが移住してきても黙って見てたワケ?う~ん⋯⋯その理由が解らんなぁ。
「どっちにしろ、彼がいつ現れるかわからない状況だったから私は休眠する事もできず、ウルドラム大陸を彷徨い続けた」
《⋯⋯それは》
「母神と連絡をとらなかったのは⋯⋯特に報告できる事も無かったし、私だけが神界へと戻るのは無責任だと思ったからだ。実際、加護種たちが竜人に理不尽な扱いを受ける事もあったからな」
なんと!⋯⋯そうか。フブル姐さんは影でこっそりとご先祖様たちを護ってくれていたんだな。だからあの時も⋯⋯数年前の夏の誘拐未遂事件の時も、魔法公と一緒に助けにきてくれて──パンまで食べさせてくれたっけ。
「ああ、でも、誤解しないで欲しい。あくまでも竜人の犯罪者たちによるものだったから、竜人全体が悪いという訳ではないんだ。あくまでも一部の竜人たちの悪行に過ぎない」
そうは言っても、かなり悪質なケースも多々あっただろう。
古き神々の加護種も竜人も、元は人間。闇組織の犯罪だとしても、それに協力している権力者も大勢いたハズだ。
法で裁けないなら神力をもって裁く──神だからこそ躊躇なくできる方法だ。それをフルに活用して、姐さんは影で戦い続けてきたのだろう。
フブル姐さんは、神体を持つ神として再び君臨するよりも、時代の流れに応じて裏方として活動することを選んだんだな。
《だからと言って、末姫様が犠牲になる事はなかったのでは?》
「犠牲だとは思わないよ。それよりも、今の状況を話そう。かの大陸でザドキエルの邪魔をしてきた私だが⋯⋯タルタロスからの神魂の召喚自体は止められなかった。正直、これと言った手も打てない。その上、憑依体の定着率が上がり、憑依期間も段々と延びてきている」
「姉長に聞いた話ですが、それは召喚された神の中に、異質な頭脳を持つ者がいたせいでしょう。こちらもその影響で、憑依の為の贄の数が、急激に増えてしまいましたから⋯⋯」
ニナさんが、悲しげに顔を伏せた。
異質な頭脳の持ち主⋯⋯要するに、天才ってこと?もしくは狂気の科学神?
《それは⋯⋯厄介ですね》
《そりゃあ、厄介な奴が多いだろう。なんせ過去にタルタロスに放り込まれた奴らなんぞ、神族の手に余るような連中ばかりだったからな!》
「その通りだよ、ヴァチュラー、カガリス。ただ⋯⋯末期になるとその限りでは無いが」
《そうですね。その頃は善悪など関係なく、神族間の争いで敗れた者たちを放り込んでいたそうですから》
ヴァチュラー様がそう言うと、フブル姐さんは大きく頷いた。
「そうだね。従来の神力と記憶の封印処置は、労力も神力消費も激しくて大変だし、特に擁護するような理由もなければタルタロスに閉じ込める方が簡単だったのだろう」
《基本、私たちは面倒くさがりですからね》
そこは何となく察することができた。だって、カガリス様もヴァチュラー様も、力業で対処することが多いもん。
《だけど、そのうち、互いにこれはマズイと気がついたんだよな。そこからは禁止されて、タルタロスという名も今ではほとんど聞かなくなったが》
神世界の黒歴史ってヤツですか?
そりゃあ、そんだけ乱発してたら、自分だっていつタルタロスに放り込まれるかわからないもんね。互いに墓穴を掘ってたワケだ。
「どちらにせよ、ザドキエルによる神魂の召喚は止められなくても、憑依神をこれ以上増やされる訳にはいかない。だから私は、生け贄となる者の流入を止め、憑依の定着率を上げようとする異質の神を滅しようと考えている。ザドキエルは無理でも、その者なら何とかなるからな。カガリス、ヴァチュラー、協力してもらうぞ。そして、タロス、エイベル──それは、君たちに死ねと言っているようなものだが」
キュっ!?ふ、フブル姐さん!今なんて言ったの!?




