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第百六十五話 未知の領域

 ☆ ニナベルタ視点 ☆


 ジュ、ジュ〜と、フライパンに落とした卵たちが音を立てる。胡椒を振りかけて黄身以外が焼き上がったら出来上がり。あ──そういえば、タロス君とエイベル君の焼き加減の好みを訊いてなかったわ。


 今さらだと思いつつ、焼き上がった目玉焼きに、私は塩とオリーブオイルをかけた。ブルタルニアでの定番だ。

 ミルトは塩のみ。フブニール様は自作だという旨味調味料をかけておられた。一度薦められた事があったが、材料が昆布だというのでお断りした。私は、アレが見た目からして苦手なのだ。


 さて、タロス君とエイベル君は──

 エッ!?タロス君って、目玉焼きに醤油をかけるの!?


 確かに、ミルトが棚から適当に調味料を出していたけれど──よりによってそれを選ぶの!?まさか⋯⋯それがビスケス・モビルケの定番!?


 そうか──長く生きてはいても私の行動範囲は狭かったものね。接する者たちも限られていたから、まだ未知の領域もあったのだわ。


 「足りなければいろいろ追加するから、遠慮なく言ってね」


 私は、笑顔でこの衝撃をのりこえた。心の内を悟られてはいけない──こういう時は、エルフの長の妹として長年鍛えた表情筋が役に立つ。でなければ、きっと間抜けな顔になっていただろう。


 ⋯⋯思えば、フブニール様と再会した時も、辛うじて平静を装っていたけれど、心中ではそこから逃げ出したくなるほど動揺していた。だって、最後にその姿をお見かけしたのは──あの方⋯⋯ザドキエル様と共に戦場へと赴いていた時だったから。


 あれから永い時が経ち、竜人たちが海の呪いで弱体化した隙に、ザドキエル様の指示通り、私たちはブルタルニアを建国した。竜人たちと争う事なく独立できた事は幸いだった。

 確かに竜人は、古き神々との加護契約を破棄した裏切り者ではあるけれど⋯⋯だからといって争いたいとは思っていなかったから。


 

 私と姉長(あねおさ)──ルナベルダは、異母兄弟、姉妹が多い中、同母で、しかも半神を母に持つ姉妹だった。


 女神を母に持つ一番上の兄神を除けば、他の兄弟、姉妹たちは、眷属との間の半神ばかり。

 彼らよりも神の血が濃い私たちは、当時から少し浮いていた存在だったかもしれない。


 その異母兄弟、姉妹たちもいろいろで、可愛がってくれる兄や姉たちもいれば、半神を母に持つ事で妬む意地悪な兄弟、姉妹たちもいた。それでも今思えば、あの頃は賑やかで楽しく、父神を中心とした一つの家族だった。


 魔素が薄くなり、この世界から父神と兄神が神界へと帰り、半神の異母兄弟、姉妹たちも、数万年の間に次々とこの世を去っていった。

 皮肉なことに、半神の母を持った私たち姉妹だけが、最後まで残されてしまったのだ。


 それでも、二人だったからこそ耐えられた。

 私の最後の子供が亡くなった時も、姉長が側で寄り添ってくれたから立ち直ることができたのだ。

 私たちは常に一緒で、好む物もよく似ていた。けれど、ただ一つ、全く合わない事があった。


 それは、ザドキエル様に対しての感情だ。


 私があの方に抱いた感情は、主筋の神として崇める信仰心で、間違っても異性として見る事はできなかった。

 けれど、姉長はそうではなかった。


 竜神たちの降臨直後に、かの方は何一つ告げずに姿を消したというのに、ずっと恋慕っていたのだ。

 でも、当時の私は、それを悪い事だとは思っていなかった。何故なら、姉長はずっと少女のままの外見であり、精神的にも若々しかったから。今では、私たち姉妹と初めて会う者は、誰一人として私の方を妹だとは思わないだろう。


 そういう意味ではよかったのだが⋯⋯ここにきて悪い面が出てしまった。

 姉長が、ブルタルニア建国後に再度姿を消し、突然、また現れたザドキエル様の命に、盲目的に従ってしまったのだ。

 ザドキエル様は、『他神族であるが神である者たちに、器を与えて欲しい』⋯と、おっしゃった。


 『古き神々ならともかく、加護神でもない方々の為に、民を犠牲にはできません!』

 私は、体を震わせながら意見した。

 昔ならばこの方に物言いするなどあり得ない事だったが⋯⋯母となり長い時を生きてきた分、自然と図太くなっていたのだろう。

 ザドキエル様は、『無理強いはしない』と言って下さった。でも、それが姉長を怒らせてしまった。


 『それなら、それを知った上で志願する者を募ればよい!ニナ。私たちはあくまでも半神、真の神たるザドキエル様の眷属なのよ!だったらその望みを叶える事が、眷属として一番正しい在り方ではないの!?』

 『⋯⋯』


 私には、それ以上何も言えなかった。言ったとしても無駄だと諦めていたからだ。


 でもね、姉様。古き神々がこの世界を去って、長い、長い争いの果てに、ザドキエル様が突然消えて──そこからはずっと自分たちで──神に頼る訳ではなく、自分たちの考えで生きてきたでしょ?


 私だって、三人の子供たちを失っても前を向いて生き続けてきたわ。

 姉様は、ザドキエル様以外には異性に興味がなくずっと独り身でいらしたから、子を産んで、その子供たちを失った私がどれだけ悲しかったか、本当は解っておられなかったのでしょう?


 私は、この時、初めて姉に怒りを覚えた。

 結局、この人は自分の恋心優先で、妹である私の事もブルタルニアの民の事も二の次なのだ。


 それがわかっていても、ザドキエル様と姉長の命に抗える筈もなく──結局は、生け贄として多くの同胞──エルフたちを捧げる事となった。


 彼らには、神々の憑依体としか──そう。()()()()の憑依体とは言わなかった。⋯⋯これも、姉長の指示だ。

 




 「貴方たちは、死ぬ事になるのですよ?⋯⋯それでもいいと?」

 「はい。その事は存じております。ですが、我らの体が古き神々のお役に立てるのならば、喜んで!」

 「加護種としての誉れです!」

 「我らはエルフとしては若いとはいえ、もう三百年以上は生きております。未練などございませぬ!」

 「⋯⋯」


 もう、限界だった。

 それでも流れ作業のように、アチラへと転移させ続け──ある日、いつものようにその準備をしていた時に、私はフブニール様と再会した。


 常にザドキエル様と戦っていた、もう一柱の特異神。

 フブニール様と戦場ではないところでお会いするのは、初めてだった。それはそうだろう。父神や兄神たちが神界へとお帰りになってから──いえ、その前から私たちは敵対していたのだから。


 私たちエルフは、『神天の大神』と呼ばれる御方の陣営で、彼女は敵対する『神地の大神』の娘だった。


 ザドキエル様とフブニール様──この二柱の神々が特異神と呼ばれるのは、神魂を消滅させる能力を持っておられるからだ。

 通常の神力は、神体を破壊することはできるが、その神魂までは破壊できない。だからこそ器を喪っても神界にて神体は何度でも再生される。

 それは、自我こそが神魂だからだ。

 神々は何度でも再生する反面、人間のように転生しない。神魂が消滅すれば、神気となって霧散するのみ。だからこそこの二柱の特異神は、同じ神族である筈の古き神々たちからも恐れられていたのだ。


 どのような存在であっても、始まりがあれば終わりがある──フブニール様と再会した時、すぐさま私は跪き、自身の消滅を願い出た。

 何故なら、これはもう神罰だと思ったからだ。

 けれど、フブニール様は首を横に振った。


 『それほどの決意があるのなら、ザドキエルに立ち向かえばいい』と。今からでも遅くはないともおっしゃられた。

 次の瞬間、私はその場に蹲り、子供のように大声で、叫ぶように泣いた。これほど泣いたのは、最後の子供が死んだ時以来だった。


 私は、フブニール様のお手をとった。


 長い、永い時の果てに選んだ、最後の選択。でも、きっと私は後悔したりはしない。

 さよなら⋯⋯姉様。私は、初めて貴女とは違う道を選びます。


 私は死を装う事になり、それは成功したと思う。けれど、これからが本番⋯⋯






 「う~む」


 目の前のタロス君の声に、ハッとした。つい、自分の考えに没頭してしまったようだ。

 

 大きくて丸いタロス君の黒い瞳が、食べ終わった筈のお皿の上を凝視していた。⋯⋯おかわりかしら?


 『醤油だと濃いな。やっぱ目玉焼きには、ポン酢が一番だなっ!』


 み、未知の領域──!!






 ☆ オマケ ☆


 ブルタルニアとアメジオスでは、醤油は料理の隠し味か、冷やした豆腐(冷奴)にしかかけません。しかし、その他の国々では、ごく普通の調味料です。

 ウルドラでは薄口醤油、ポラリス・スタージャーでは濃口醤油が人気です。ビスケス・モビルケでは、少し甘めの醤油が好まれています。


 ポン酢も定番の調味料なので、昔から大陸中を渡り歩いているフブニールは、箱庭育ちのミルトやニナのような反応はしません。というよりも、長年の放浪生活で辿り着いた至高の旨味調味料を自作している分、タロスよりも未知の領域にいます。

 ミルトもニナも、フブニールに関しては忖度しまくりです。

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