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第百六十二話 タルタロス

 三階建ての屋敷の一階部分は広いエントランスとなっており、オレっちたちは正面にある階段を上って二階にある応接室へと案内された。


 屋敷の外観こそレンガ作りだが、中はウッドインテリアで統一されており、その木目からセフィドラの木を使用していることがわかった。

 このサーバー湖は、アメジオスとポラリス・スタージャーの国境に近く、近場にセフィドラの大森林地帯があるから、そこから調達してきたのだろう。

 獣人としてはこういった内装の家の方が落ち着くからありがたい。


 「どうぞ」


 ニナベルタ様ことニナさんに通された応接室には、シンプルなライトグリーンの二対のソファと、白いローテーブルが置かれていた。

 なんとなく質素というか、家庭的な雰囲気がする感じだなぁ。

 調度品は素朴な物が多いし、ソファに並べられたクッションにも手作り感を感じる。

 正直、神や半神が使用するには不釣り合いな、庶民的な部屋だ。しかし、だからと言ってけっして貧相なワケではないが。


 「お茶をお出ししますね」

 ニナさんがそう言って、どこからかティーポットと複数のカップをポンと出してきた。


 「そうだわ。前に作ったプリンが残っていたはず⋯⋯」

 次に、プルンプルンのプリンが二つ、テーブルの上に、パッと出てきた。


 ⋯⋯これって、簡易空間からのサーブかな?そっか。この人、半神だもんな。持ってて当然か。


 「お口に合うかはわかりませんが⋯⋯どうぞ」

 カガリス様とヴァチュラー様の前に、スプーンとセットになったプリンの皿が置かれる。


 「ニナは、料理上手なんだ。私も作ってはみたが⋯⋯できたのは、コレでな」


 フブル姐さんの前にあったのは、プルンプルンではなく、やけに固そうなガッシリとしたプリンだった。これはこれで美味しそうだけど。

 それにしても、神や半神が料理すること自体、不思議な感じだ。


 「長く生きていると、料理にも興味が出てくるのよ。それに、私には子供が三人いたからよく作っていたし」

 オレっちの浅い考えなどお見通しらしい。ニナさんは、苦笑しながらそう言った。


 『え⋯⋯三人も?あれ、でも⋯⋯』

 ブルタルニアの半神血族は、とっくに断絶しているハズだ。半神は存命だが、その子孫たちは死んでるという、ちょっとおかしな話だが。


 「ええ。私の子供たちは、すでに全員亡くなったわ。エルフの半神は、他の加護種の半神よりもずっと長く生きる上に、私たちの産みの母もまた半神だったから余計にね。私の最後の子供が亡くなったのは⋯⋯もう八千年以上も昔になるかしら」

 『そ、それは⋯⋯』

 「気にする事はないわ。何も病気や事故で亡くなった訳ではなく、あの子たちやその子孫たちも、寿命で逝ってしまっただけだから」

 『⋯⋯』


 長く生きるということは、こうした身内の死を何度も見る訳で──自分の子供の死を看取った挙げ句、孫やその子孫たちをも⋯⋯あ。想像しただけで、涙が⋯⋯。

 それでもこの人は生き続けて──いや、なかなか自然に死ねないから生き続けなければいけなかったのだ。そりゃあメンタルも相当強くなっているだろう。だからこそ今、フブル姐さんの側にいるのかもしれないな。




 《末姫様。姫様は、あの他神族たちの事を、どこまでご存知なのですか?》

 カガリス様たちは、出されたお茶やプリンには一切手をつけず、フブル姐さんを見つめていた。


 「その前に⋯⋯まず私は、()、ザドキエルの所在を三万年以上掴めなかった。ザドキエルは、降臨してきた竜神たちと接触する事もなく姿を消したからな」 


 ザドキエル⋯⋯

 これまでカガリス様たちは、一貫して『アイツ』と呼び、絶対にその名前を教えてくれなかったのに⋯⋯フブル姐さんは、あっさりネタバレしてしまった。

 ザドキエルねぇ。思ったよりフツーの名前だったな。おっと、姐さんの話に集中、集中!


「けれど二千年前──最初の海の呪いが発動された時、その術の発動場所として感知した地に、彼の神気を感じたんだ」


 キュ!海の呪いをかけたのって、やっぱソイツだったんだっっ!!


 話の流れからして何となく予想していたが、やっぱり驚いた。

 でも、筋としては通る話なんだよな。

 だって竜人って、古き神々の加護を捨てて新たに竜の神々の加護を得た裏切り者だもんね。しかも統一国時代、大きな面してたらしいし。そりゃ、ムカつくわな。やり過ぎ感はあるけど。


 「だが感知したそこは、このウルドラム大陸から遠く離れた大陸──今はリベルタニアと呼ばれている地だった」

《あ、あの禁断の地に、ヤツが⋯⋯!?》


 カガリス様も驚いていたが、オレっちもビックリした。

 リベルタニアって⋯⋯あの、ほぼ樹海だらけの大陸だよね!?しかも、海の呪いで竜体化できなくなった竜人たちが取り残されて、その後の情報も一切無く──今では、すっかり忘れ去られた大陸だ。

 オレっちだって、リブライト先生から勧められた映画を観てなきゃ、存在すら忘れてたよ!


 「そう。私も最初は信じられなかった。けれど、実際にその地へと降りた時、確信した。ザドキエルは、ここにいるとね。だが、竜体化できなくなった竜人たちの混乱は凄まじく、しばらくそこへは近づけなかった。下手に介入したら余計に混乱するだけだったからね。彼も神気を抑えていたから場所も確定できなかったし」

 《アイツも、神気をゼロにする事ができますから》

 《魔力の増減も制御できるしね。末姫様と同じように》

 「ああ。私にできる事は、彼にもできる。それでもその地にいる事は確かだから、とりあえず監視していたんだ。そうしたら、ある時、ザドキエルは人間となった元竜人たちを、その庇護下に置き始めた」


 《⋯⋯ハァ!?アイツが元竜人たちを!?なんで!??》

 加護の乗り換えをした裏切り者たちを助けた?これにはカガリス様だけでなく、オレっちも驚いた。


 《でも、末姫様。元はといえばアイツが海の呪いを発動させたから竜神の加護が失われたのですよ?》


 そうだよ!ヴァチュラー様の言う通り、加害者が被害者を庇護下に置くって──カオスでしょっ!


 「そうだね。矛盾してるよね。けれど、当時の彼らは、ザドキエルが呪いを発動させた神だとは知らないし、もし知ったとしても⋯⋯圧倒的なカリスマを持つ神を目の前に、はたして抵抗したかどうか」

 『あの〜、フブル姐さんは、どうしてそれを元竜人たちにチクらなかったんです?』

 チクって、ソイツの邪魔をしてやればよかったのに。 


 「少し誤解しているようだけど⋯⋯私はザドキエルとの争いの継続を望んでいなかったし、それどころかその時の私はね、正直、ホッとしたんだ。何を思ってそうしたのかはわからないが、彼は海の呪いで気が済んで、彼なりに自分の居場所を新たに作ろうとしているんだとね。むしろ、私の方が不安定だった。この世界に留まる目的を失い、かと言って神界に戻る事も──」

《末姫様?》

 「⋯⋯いや、それはいい。それより、ここからが問題なんだ。どうやらザドキエルは、ウルドラム大陸を諦めていなかったらしい。後になって、加護種たちの独立に関与していた事がわかった」


 『キュッ!?』


 そうだったの!?エルフが──ブルタルニアが最初の独立国となったのは、単純にエルフが竜人を嫌っていたからだとばかり──なるほど。この地に残った神の後ろ盾があっての決断だったのか。


 だったら、アメジオスもそうだろうな。ビスケス・モビルケとポラリス・スタージャーは、関与したからというより連鎖的にそうなった可能性が高いが。


 「当初の予定とは違い、海の呪いが大陸中央で食い止められて、全ての竜人たちの加護消滅はできなかった。それでも、それ以外の地だけは、我らの時代のようにしておきたかったのだろう」

 《それ以後の第二波を考えると、いずれは大陸全域をそうする予定なんでしょうね》

 「ああ。今でも全竜人の加護消滅を狙っている。それがウルドラム大陸の覇権を再び取り戻す事になるからな。表立って出てこないのは、私がいたから──だと思っていたが、他にも理由があったらしい。それが、あの憑依神たちだ」


 《それなんですが、なぜ魔素が薄いこの時代に、他神族が関与してくるのでしょう?しかも、強制憑依という反則技まで使って》

 「それは⋯⋯」

 ヴァチュラー様の問いに、フブル姐さんだけでなく、ニナさんも視線を下に落とした。


 「それなんだが⋯⋯彼らは、確かに他神族の者たちであるが⋯⋯遠い昔、それぞれの神界から追放された者たちなんだ」

 《やはり⋯⋯実際、ペナルシーってヤツは、それでした!》


 そういえば、そうだっけ。本人も認めてたしな。


 《ですが、追放されたにしても、ペナルシーのヤツは神力も記憶も奪われていなかった。それと、あの大陸の事を繋ぎ合わせると、もしかして──》


 あの大陸のこと──そういえば、そもそもなぜにリベルタニアは、古き神々の時代、禁忌の地だったんだろう?


 「そう。彼らは遥か昔に『タルタロス』へと追放された者たちなのさ」


 《やはり!》

 《タルタロスに!》


 カガリス様とヴァチュラー様が、珍しく上擦った声を出していた。

 しかし、タルタロス⋯⋯どこかで聞いたような⋯⋯?一部、オレっちの名前にかぶってはいるが、別の意味で聞いた覚えがあるような、無いような──


 《やはり、あの終焉界か!いや、でも、末姫様!あそこへの投げ込みはとうの昔に禁止されて、今じゃ送るための神術式だって失われていた筈です!》

 「そうだね。あの界への入り口は、こちらからはもう開かない。だけど、知っているだろう?あの大陸には、自然の時空の歪みがあった事を」

 《それは⋯⋯確かに。ですが、ほんの僅かな歪みで、入り口にはならなかった筈ですが?》

 「そう、どの歪みも細い裂け目程度だったものね」

 フブル姐さんが、大きく頷いた。


 「確かにあの程度では無理だし、そもそもタルタロスには、入口があっても出口が無い。あちら側からも絶対に無理だ。けれどザドキエルは、時間をかけて術を生み出し、魂だけを召喚することに成功した」


 ──アカン!なんか理解が追いつかん!フブル姐さんとモフ神たちの会話のみでは無理!!


 『あのー、フブル姐さん!オレ、全然解らなくて!まず、タルタロスの説明からお願いします!!』

 《後で説明してやるから、オメーは口を出すな!!》


 そんな⋯⋯このままチンプンカンプンでいろと!?





 ☆ エイベル視点 ☆


 今、僕の思考は停止している。断片的に理解できる部分はあるけれど、理解できない事も多いからだ。


 海の呪いは、ザドキエル様という古き神が起こしたものだと解った。リベルタニアにその神が君臨し、元竜人、今は人間となった人たちを支配していることも、僕たちの国が新たに興ったキッカケとなったことも理解できた。


 でも、タルタロス⋯⋯一部、タロスとかぶってるその名前が何なのかはわからない。知りたいけど、それを質問する勇気がない。というか、ヴァチュラー様たちの会話に割り込めない。


 『あのー、フブル姐さん!』


 エッ!?タロス、このタイミングで質問しちゃうの!?

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