第百五十八話 絶妙なタイミング?それともピンチ?
《よし!オメーらの休息もとれたし、もういいだろ!賢者の城に突撃するぞ!》
《そうだね。無駄に大きな城だけあって、どこからでも忍び込めそうだし》
わかってはいたが、相変わらずの力技思考。
日が暮れてしばらくした頃、カガリス様とヴァチュラー様が戻ってきた。
テイクアウトした夕食の白身魚のフライサンドを食べ終わった直後の再降臨。ナイス、タイミング!
「ペナルシーと鉢合わせしたら、どうするんです?」
《殺る。⋯⋯というか、体を倒しても神魂は逃げるだろうが》
《そうだね。でも多分、行き先は上位世界ではなくて、この大陸の何処か⋯⋯戻る肉体があるのか、別の何かなのかはわからないけれど》
ん?別の何か?どーいう意味?
《追跡は無理だが、この大陸のほとんどは、まだ俺たちの縄張りだという警告にはなるだろう》
《アイツには無意味かもしれないけれど、私たちが干渉し始めたと知ったら、少しは気にするかもしれないね。アイツも同族神なんだから》
同族神。『アイツ』って神様なの?半神じゃなくて?
「あの~⋯⋯『アイツ』というのは〜ヴァチュラー様たちと同じ〜古き神々なんですか〜?」
オレっちよりも先に、エイベルが質問する。
《そうだよ。しかも、特殊な神だった。更に言うなら、私たちの捜している御方もそうなんだ》
《ヴァチュ!!ヘタにこいつらに情報を与えたら、俺たちが憑依を解いた後が──》
アッサリとネタバレしようとするヴァチュラー様に、カガリス様が焦った声を上げる。
《カガリンは優しいね。けれど、アイツが他の神族と関係している可能性がある以上、これからこの世界は大いに荒れるかもしれない。例え憑依を解いても記憶を消しても、アイツに目をつけられたんじゃ意味がない。それなら、ある程度の事情を話して覚悟してもらわないと》
《⋯⋯俺たちの役目のために、死ねるかってことか》
《そもそも加護種とは、私たちに仕える眷属。それは、けっして理不尽な事では無いだろう?》
そうだ。オレっちたちは、眷属契約によって加護を受けている、いわば隷属種。
神のために生き、神のために死ぬ。
契約したのはご先祖様。前世の思考だと理不尽かもしれないが、その加護のおかげで魔法が強かったり、寿命が長かったりしてるんだ。
神々がこの世界を去ってから時が経ちすぎて、当たり前のことを忘れていた。
《はっきり言おう、エイベル。私は、自分の役目のために君を犠牲にするかもしれない》
「そうですか〜。僕は〜ヴァチュラー様に〜最期まで従います〜!」
「エ、エイベル!?」
そんな簡単に──ああ、そうか──前世の記憶が無いエイベルにとっては、悩んだり考えたりする必要がないんだ。だって、それが加護種としての正しいあり方なんだから。
「⋯⋯オレは⋯⋯」
エイベルとは違い、即答できないオレっち。加護種としては失格かもしれない。
《まだそうだと決まったワケじゃねぇ。⋯⋯だが、この先を考えたら、少しは覚悟しておくべきだって話だ》
《そうだね。さて、どこまで話そうか。まず、私達の捜している御方は、『末姫様』と呼ばれている方なんだ。その名の通り、私達の主神である方の末の姫様──特殊な神力を持つお方だから、魔素濃度に左右されず、この下位世界に本体で留まることができるんだ》
《そして、アイツもまた末姫様と同じ、特殊な神力持ちなワケだ。しかも、俺たちの主と対を成す大神の孫神でもある》
「孫神⋯⋯ですか?」
息子じゃなくて、孫?
《アッチの大神の娘の一人である、とある女神の息子なのさ》
《この世界に降り立った二柱の大神は、かつて、意見の違いから争った訳だけど⋯⋯その主力は、末姫様とその孫神だったんだ。そして、本来ならどちらも神界へと戻ってくる筈だったんだけど──》
《何故かアイツは、神界へと戻る気がなかったらしい。だからこそ争いをやめず、竜神たちが介入した後も、この世界に留まり続けた。そのせいで、末姫様は帰ることができなかったんだ。おそらく、竜神の奴らが去った後に、再びアイツが動き出すと思っておられたんだろう》
《実際、竜神たちが去ってからかなり年月は経っていたけれど、海の呪い──竜人たちの加護契約の一括破棄が起きたしね》
《末姫様にしても、初めは頻繁に連絡し合ってたんだが⋯⋯いつの間にか上からの呼び掛けにも応えなくなられて⋯⋯》
なるほど。そういうことか。
末姫様=ニーブさん(女性であることが確定)は、ライバルの動向を気にして神界に帰えらず、何らかの理由で連絡もしなくなった⋯⋯と。
そして、さすがにその期間が長過ぎて、とうとうカガリス様たちが派遣されてきたのか。
いやいや。もしかしたら、大神とやらも何か知ってて、このタイミングを選んだんじゃないの?
《ここにきてわかってきたことがある。おそらく、アイツが他神族と結託した事がその理由だ。しかも、追放神という訳ありな連中ときた》
《それを確かめる為にも、少しでも情報を集める事が先決だよ、カガリン》
《ああ!よし、行くぞ!!》
◇◇◇◇◇
《賢者のいる場所に案内しろ!》
「は、ハイ⋯⋯こちらへ──」
怒涛の力技──堂々と正門から潜入して、次々と警備兵や女官たちを暗示にかけまくり、城内を止まることなくスタスタと歩いていく。
今のところ、ペナルシーとは会っていない。どうやら、この棟とは少し離れた場所から神力を感じると、ヴァチュラー様が言っていた。
オレっちとしては、カトラジナさんの件で一発ぐらい殴りたい心境だったが、今回はここの賢者からの情報収集が目的なので、ワザワザこちらから会いに行く必要はない。
《なんだ!?》
《他神が二柱!?》
エルフの要人と会談中の賢者がいるという部屋の前で、カガリス様とヴァチュラー様が、同時に叫んだ。
《ちょうど今、この扉の向こうへと転移してきた!!でも、一柱はペナルシーだ!》
《このタイミングで──チッ!どうする、ヴァチュ!?》
《ここまで来たんだ。行こう、カガリン!!》
《おう!!》
ドゴッ!!ピシシッ、ガラガラッ!
カガリス様(交代済み)が、右拳に神力をこめて壁を殴ると、オレっちが余裕で入れるくらいの大穴が開いた。でもなんで、扉じゃなくて壁なの?
あっ、魔素素材を使った高級な扉よりも、壁の方が壊しやすいのか!いやいや、壁だって相当頑丈だよな⋯⋯まあ、それはもういいか。それより、部屋の中はっと──
《な⋯⋯!?》『エッ⋯⋯!?』
カガリス様とオレっちの声がシンクロした。
崩れた壁の向こう側で目にしたのは──長くウェーブした紫銀の髪の女性エルフが、大柄な男に片手で首を絞められながら吊り上げられている姿だった。
《ペナルシー!!》
首絞め大男のすぐ隣には、ペナルシーもいた。
そして、四枚翼の陽の翼持ちの女性も──彼女は、顔を青ざめさせながら震えていた。
これは──一体、どういう状況なの!?
「えー!?キミたち、なんでここに!?」
ペナルシーの驚いた声が、贅を凝らした豪華な内装の部屋に響き渡る。
「オメーがここに跳んだからだよ!!つーか、そこの憑依神!その半神を放せ!!」
ブォン!
カガリス様が、神力で光の刃を飛ばす。
エルフの女性の首を絞め上げている大男の左腕を狙ったのだ。
キィン!
光の刃が、大男の腕に当たる直前で何かに当たって消えてしまった。
《チッ!邪魔されたか!!》
「あー、それダメー!ゾルボルトの腕が斬れちゃうでしょ!!」
ペナルシーだ。前回は逃げたが、今回は二対二ということで、積極的に参戦する気らしい。
ドサッ!
ゾルボルトと呼ばれた大柄な憑依神は、首を絞めていたエルフの女性を、乱暴に床に投げ捨てた。
え、ヤバくない!?もしかして、死んじゃった!?
《ヴァチュは、ペナルシーを!俺は、コイツを倒す!!》
《任せて!!》
黒バットをどこからともなく取り出したヴァチュラー様が、ペナルシーに向けてホームラン宣言⋯じゃなくて、黒バットの先を向けた。
「えー!?ボクは闘神じゃないから、戦闘は不得意なんだけど〜!?」
《そう?じゃあ、逃げてもいいよ?》
「あ、じゃあ逃げようかな?裏切者の始末は終わったしー」
結局、ペナルシーは戦闘には消極的だったらしい。アッサリと逃走宣言をした。
「駄目だ、ペナルシー!この憑依体共は、ここで倒しておく!!」
灰色の髪の大男──ゾルボルトが、キラキラと輝く灰銀の瞳を細めて、ペナルシーを睨む。
「えー!でもさー。倒しても次の憑依体に憑依するだけで意味がないでしょー?」
「だったら次も倒す。確かにあのお方とは違って、俺たちの神力では滅魂させる事はできないが、次に対峙した際の参考にはなる」
「面倒くさいなぁ☆でも、彼らの神力の出力も低そうだし、ちょっと頑張ってみようかなー?」
《それは、オメーらもだろうが!!》
カガリス様がゾルボルトに向かってケツを──いや、硬質化させた尻尾をビュンと飛ばした。
めっさ太くて長い、鋼鉄の鞭モドキ!
太い分、当たる面積も広いし威力もスゴい。神力を籠めたのか、当たった瞬間、ゾルボルトの体がボッと青く燃え上がった。
その上、そのまま勢いよく弾き飛ばされ、ドゴッと壁にめり込む。だが、ゾルボルトは気絶もしないし、青い炎で皮膚が広範囲に焼かれているのに、痛みにのたうち回ることもなかった。
というか⋯⋯口角を上げて、ニンマリしてる!?
「ふむ。炭化する程の威力は出せないらしいな」
「⋯⋯今のは様子見だ。次は本気でいく!」
平然としたゾルボルトの言葉に、カガリス様が本気モード宣言をする。
いや、オレっちが基本の憑依体だと、アレが限界なのでは!?
「では、こちらも本気で殺らせてもらおう!」
立ち上がったゾルボルトの灰銀の瞳が、さらにキラキラと輝きを増した。なんだかヤバそうな予感!
ヴァチュラー様もペナルシーごときに苦戦してるみたいだし⋯⋯ホントに大丈夫なの!?




