第百五十六話 陽の賢者
《ペナルシーは、まだこの国にいるね》
《ヴァチュ、わかるのか?》
《さっき空振りした時、私の体毛を奴の服に着けておいたんだ。カガリンのような長い毛ではないし、神力はゼロだからわからないだろう》
《さすがだな!》
『あのー⋯⋯神力もないのに位置がわかるんですか?』
ただの毛になんの意味があるんだか。
《エイベルの魔力を使ったんだ。上位世界の連中は、神力には敏感でも下位世界の魔力には鈍いからね》
え~と⋯⋯それはつまり、力がショボ過ぎて感知しにくいと。まあ神からすれば、背中にアリンコが一匹いてもわからん状態なのかな?
首を傾げながら、ふと、周りを見てみる。今オレっちたちは、カトラジナさんの湖の城の屋根の上にいるワケだが──時間的に夕刻なので、夕日がよく見える。
こんな時になんだが、ホントにキレイだ。湖面が夕日に照らされてオレンジ色に色づき、波がキラキラと眩しく輝いている。風も涼やかで気持ちがいい──
マルガナ郊外にも湖はあるが、お屋敷からは遠いのでこの時間までは滞在したことがない。
トムさんと行った湖もまだ日が高い時間だったから、夕日に輝く湖面って今世では初めてかも。しかも360度の絶景だし。
《ペナルシーの行った先を確認しておくか》
《そうだね。きっとそこが、この国での奴らの拠点だ》
モフ神たちは、この夕日の絶景にはまるで興味がないらしい。感性が低いのか、それどころじゃないのか──いや、今のこの状況でのんきに湖を眺めてるオレっちの方がアカンのですな!
緊張感、緊張感!これから先も何が起こるかわからないんだから!!
《じゃあ、跳ぶね。また転移されると面倒くさいから》
《そうだな。距離が遠くなると魔力感知も難しくなるしな!》
モフ神たちの会話を聴きながら、オレっちは気を引き締めた。
そうだ。他神族と敵対するってことは、たとえカガリス様たちでもヤラれる可能性があるってことなんだよな。その場合、憑依体であるオレっちとエイベルも、当然、道連れになるワケで──
オレっちは前世で一回死んだ転生体だから『死』に関してはそこまでビビってないが、今世のかーちゃんに何も言い残せずあの世に行くのは辛い。それに、エイベルだって⋯⋯
《心配すんな!あいつらは神とはいえ、俺たちのように神器のサポートを受けてる訳じゃねぇ。スキルは油断ならねーが、憑依している器の限界もあって、神力の出力は弱ぇ》
あ。オレっち、声がダダ漏れだった?
『あの~それなんですが⋯⋯ペナルシーは神とはいえ、追放神だと言ってましたよね?』
《そうだ。本人も認めてたしな。しかし、普通は、封印処置を施されて下位世界へと追放されるもんだが、ヤツは神力も記憶も保持していた。もしかしたら⋯⋯》
《カガリン。それは確信を得るまで言わないでおこう。それより、急ぐよ!》
ヴァチュラー様の声と共に、オレっちたちは転移した。
さて、ペナルシーはどこに転移したんだろ?
◇◇◇◇◇
《この眼下の建物内にいるね⋯⋯》
《まさか、街のど真ん中とはな!》
転移先は、照明魔導器が大量に灯り始めた大きな街の上空だった。そして、街の中心にデーンと建ってる壮大な白い壁のお城。まあ、間違いなく賢者の城だろうな。
カトラジナさんの城は元が離宮だったせいか、ここまでの大きさではなかった。この城は広過ぎて、どの棟が賢者の私室なのか見当がつかない。
というか、陽と月の翼持ちの──どっちの賢者の城なんだろ?
《そこは、潜入すればわかる話だ》
《そうだね、カガリン。そして、ここの賢者なら確実に何かしらの情報を持っている⋯⋯筈だよ》
つまり⋯⋯また、力技で正面突破するんですね!?まあ、確かに最短攻略ではあるけどさ⋯⋯あるんだけど⋯⋯される方からすると、スゲー理不尽だよね。
ゴメンね、賢者さんと城で働く皆さん!!
◇◇◇◇◇
☆ 陽の賢者、イブリエル・ククルス視点 ☆
「少し困った事になったかもー?キミたちの神たちが加護種に憑依して、コッチに降りてきてるんだー☆」
ペナルシー──あの方に協力しているという他神族の神が、先ほど突然、私の城へと転移してきた。
その彼によると、二柱の古き神々が眷属に憑依し、仮降臨しているという。何故、今さら。そして、このタイミングで。
「一応、アッチにも伝えるけど、向こうに戻るとまたこき使われるから、しばらくここに居させてよー。キミ、ボクに借りがあるからそれぐらいいいだろ?」
「借りとは何です?そんな覚えはございませんが?」
「あるでしょー?カトラジナの件で。彼女、娘を失ったから、もう筆頭賢者じゃ無くなったし!」
「⋯⋯失った!?貴方⋯⋯小賢者に何をしたのです!?貴方の役目は、カトラジナ側の元老派閥を抑え込む事でしょう!?」
「それもしたよー。主であるカトラジナが完全に引き籠もったせいで筆頭賢者の派閥でありながら、最近じゃ彼らの権勢も弱くなったしー。だから、キミの元老派閥とやらがハバをきかせてるんだろー?」
「⋯⋯」
確かにそうだ。カトラジナ側さえ抑えれば、こちらの派閥の思いのまま。だからこそあの方の申しつけ通り、多くの人材をあちらへと送ることができている訳だが⋯⋯
「なんだかんだ言っても、キミ、カトラジナが筆頭賢者である事に不満だったんだろー?ま、すぐに表沙汰になるから、その時は、キミが先頭に立って世間の混乱を収めたらいいんじゃないのー?」
「私は、別に不満だった訳では⋯⋯」
「そうかなー?」
⋯⋯この神は、私の反応を面白がっているのだろう。確かに、カトラジナと私は珍しく歳が近い賢者だった為に、比べられる事が多かった。
特に幼少時は私は彼女に対して、容姿も含めてあれこれと優越感を持っていたものだ。けれど、家族という点においては、彼女の方が遥かに恵まれていた。
カトラジナは母賢者こそ早くに亡くしたが、父親には溺愛されていた。
式典でもプライベートでも、あの父娘は、数百年もの間、常に共にあって、その仲の良い姿を見る度に不快になったものだ。
いえ⋯⋯不快というよりも、きっとただ羨ましかっただけなのだわ。
何故なら私の父母は、それとは正反対──私とよく似た容姿だった父賢者は、城を増築するほど多くの妻たちを抱えていたし、母は、私を産むと用は済んだとばかりに離宮へと住まいを移した。
カトラジナの母賢者が亡くなった後、父賢者は筆頭賢者として栄華を極めたし、母は神々の祝福で老いない体を手に入れ、離宮で贅沢三昧。彼らの関心はそこにしか無く、私は周囲の側仕えたちによって育てられた。
父上も母上も──さすがに大きな式典では顔を会わせる事があったが、それだけで、挨拶程度しか会話した記憶しかない。派閥の元老たちの方が、よほど身近だった。
その両親も、二百年以上も前に他界している。当たり前だが、すでに他人のような人たちだったから、特に悲しくもなかった。最後の最期まで親子だったカトラジナたちとは違って。
そのカトラジナが新たな小賢者を身籠った時、私はさらに、彼女に対して嫉妬した。
筆頭賢者の地位では無い。親に愛された女が、さらに子供持つという幸運にだ。
神とはいえ、ペナルシーにはそこまでわからないだろう。私にだって、夢があったのだ。
もし子供が生まれたら、私はあの父娘のように──いいえ。それ以上に子供愛して⋯⋯同時に、母親として愛されたいという夢が。
けれど、それは叶わないだろう。数多の夫を得ても懐妊の兆しさえ無いのだから。
私には何も無い。だから、せめてあの方の願いを叶えたい。
あの方が今になって活動的になったのは、このペナルシーを含めた他神族を従える王──その方と協力関係を結んだからだと聞いている。
その方も、あの方と同じく、この世界で神体を持っておられるのだろうか?
古き神々が去りし後、この世界に残る事ができたのは二柱──この神々は、竜の神々のように魔素の濃度に左右されない特殊な神体を持っていた。
ただ問題が一つ。一柱は、我らが先祖が仕えた主であったが、もう一柱は、敵対していた勢力の主だったのだ。
けれど、拮抗していた力のバランスが今、崩れようとしているとあの方は仰った。
それ以上は教えて頂けなかったが、とにかく私の役目は、エルフの国──ブルタルニアと協力して、あの方がウルドラム大陸を支配する下地をつくる事だ。そして──
「じゃ、イブリエル。ボクはキミの後宮に入らせてもらうよ☆ここって、部屋数多いんでしょー?」
飄々とした態度の神は、一貫して身勝手だ。けれど、神は神。そして、今はあの方の配下でもある方だ。無下にはできない。
「どうぞ。今は空き部屋ばかりですので、お好きにお使い下さいませ」
どうせ近い内に残っている夫とも離縁し、後宮は閉鎖するつもりだった。もはや私には不要なものだ。好きにすればいい。
それよりも、明日、エルフの長の妹にして半神であるニナベルタ様と会談せねばならない。情報の共有は迅速に行わなければ──
そういえば⋯⋯ブルタルニアにもあの方の配下の神がいた筈。どうせなら、ペナルシーもあちらへと引き取って頂けないかしら?




