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第百五十五話 記憶の再構築

 『ど、どうしましょう!!最悪、心を病むかも!?』

 《かもじゃなくて、精神崩壊するだろ。そもそも記憶がどうのこうのよりも、魅了改造の後遺症で、本来の自分ってものがわからなくなってるからな》

 《そうだね。行き着く先は廃人──よくて、一応常人に見えるけど、喜怒哀楽が抜けた人形みたいな感じになるのかな?》


 そんな⋯⋯金や聖遺物はまだしも、娘まで失って、その上廃人だなんて⋯⋯!


 オレっちは、元のカトラジナさんがどんな賢者──いや、どんな人だったのかは知らない。もしかしたら、あまり性格の良くない人だったのかもしれないが⋯⋯それにしても、これは酷すぎる。


 《しかし、この女は僅かではあるが神力持ちだ。持ちなおす事ができるかもしれねぇ》

 カガリス様が、気を失ったままのカトラジナさんを見た。


 《⋯⋯都合の悪い部分だけ記憶を消して、強い感情を抱かせたら、自分を再構築するかもね》

 《だったら、あの感情が一番だが⋯⋯》


 『あの~⋯⋯僕は〜あまり頭が良くないので〜ヴァチュラー様たちのおっしゃってる〜言葉の意味が〜よくわからないんですけど〜⋯⋯』

 エイベルが己の無知を恥じるように、モフ神たちに説明を求めた。


 違うぜ、エイベル!

 頭が良いとか悪いとかじゃなく、神チートでの力技の話だから、フツーに理解不能なんだよ!

 なんせ、頭の中をいじくり回すって話なんだから!⋯っていうか、このモフ神たち、ホントに人権つーもんをガン無視してるよな。


 《つまりね。彼女の記憶の中にあるペナルシーという悪人を──まあ実際は、悪神だけど。その彼を、強く憎ませるようにするんだ》

 《人間ってヤツは、本能的に負の感情の方に傾きやすい。それに、復讐は生きる事への執着にもなる》


 『あのー、それって当然、娘さんが死んだという前提ですよね?』

 復讐ってぐらいだからそう設定するんだろうけど、娘さんの生死がハッキリしてないのに断定するってのはどうよ?


 《そうだよ。だけど、拐われたのは一年も前だ。生きているとは思えないだろう?》


 それはそうだけど⋯⋯でも、万が一生きていたら、後でややこしくならない?


 《タロス。俺たちは別にこの女が狂おうと死のうと困る事はねぇ。ただ、同じ神族の加護種が他神族に弄ばれたのが業腹なだけだ》

 《そうなんだよね。確かに加護契約上の関係だけとはいえ、眷属の子孫たちが他神族にいいようにされるのは、気分が悪いもの》


 なるほど。このモフ神たちは、カトラジナさんを気の毒に思ってるワケじゃなく、他所ンとこの神に干渉されていたことが許せないのか。どこまでも自分本位。






 ◇◇◇◇◇


 ☆ 筆頭賢者 カトラジナ・ヴァルバティ視点 ☆



 水面が太陽の光を反射して、キラキラと輝いている。どこまでも果てしなく続く湖水──ああ、思い出したわ。ここは、アメジオスで一番大きな湖──サーバー湖だ。懐かしいわ。


 けれど、これ程鮮明に憶えているだなんて⋯⋯ワタクシがここを訪れたのは、幼い頃の一度きりだったのに。

 確か、十年に一度開かれる半神血族の園遊会で、ワタクシは初めてここを訪れたののね。園遊会自体が初めてで、少し緊張していたような⋯⋯その辺は記憶が曖昧で、よく憶えていないけれど。


 でも、一つだけハッキリと憶えている事がある。()の翼持ちの賢者──イブリエルとの会話だ。


 「ねぇ。貴女、なんでそんなに太ってるの?」


 ワタクシよりも歳下のクセに、白金の髪を大人のように一纏めにして結い上げたイブリエルが、挨拶もせず開口一番に告げたのはそれだった。


 彼女の薄桃色の四枚の翼はまだ小さく、あまり目立たない。それでも、翼持ちの典型的な性格──プライドが高く選民意識が強いそれはしっかりと根づいており、性格はあまり良いとは言えなかった。特にワタクシに対しては、今も昔も横柄な態度ばかりだ。


 「⋯⋯ワタクシたちの神器は、血が薄まったワタクシたちの神力だけじゃ出力が足りないから、魔力と生体エネルギーで補ってるの。だから、できるだけお肉をつけていた方がいいって、お父様が言っておられたわ」

 「贅肉が生体エネルギーって⋯⋯何よ、それ。貴女のお父様って、あの存在感の薄っすい平凡な加護人(かごびと)よね?じゃあ貴女、ずーっとその体型のままだってこと?()()()ね!」

 「⋯⋯別に?」


 アメジオスは、変異魔獣が多い国だ。我が領内でも時折、加護人が襲われたりして被害を受けている。そうした魔獣を狩るのも賢者の務めなのだ。


 ただ、その際、我が家に代々伝わる神器を使用するのだが⋯⋯これが力という力を全て奪っていく厄介な武器なのだ。特に、生体エネルギーが吸い上げられると、あっという間に骨と皮だけになり、最悪、呼吸さえまともにできなくなる事もあるという。

 ⋯⋯そんな苦しい状態になるのなら、多少、見栄えが悪くても太っていた方がいい。


 「そこは、怒るとこでしょ?貴女って反応がつまんない!」

 「そう?でも、痩せてても太ってても、皆の扱いは変わらないでしょ?ワタクシたちは賢者だもの」


 そう。ワタクシたちは、賢者という特別な地位の者なのだ。

 生まれてまだ十二年ほどしか経っていないが、ワタクシは自分の立場をよくわかっている。それは、お父様の影響だ。


 お父様は、我が母賢者が歳老いて平凡趣向に変わった時に後宮入りした方だった。

 これは、代々女系である我が家の傾向としてあることで、若い頃は華やかな外見の美男子を好み、中年になると落ち着いた雰囲気の者へと好みが変わり、最後はごく平凡な容姿の者を好むという。


 お父様は下位の元老の二男で、風景を描く事が大好きな画家だった。けれど、画家と言っても実際は、元老である父親や兄の下で働きながら細々と描いていたそうだが。


 性格は、おとなしくもの静か。外見も特に美しくもなければ醜くもない平凡顔。加護人としての能力も水系の幻妖種だったので、アメジオスの中では多数派──それでも、頭の回転が速く、冷静で観察力のある方だった。


 その頃の母賢者といえば、外見は若いとはいえ、年齢的には寿命間近の超高齢。本来ならば新たな夫など必要ない筈だった。

 しかし、自分たちの地位の維持に危機感を抱いた元老たちは、これが最後とばかりにごり押ししていたのだ。


 そうした者の多くは、我が家の元老派閥の中から選ばれる。お父様が選ばれたのもそれだ。

 上位の元老にその話を打診された時、お父様は困惑したという。そもそも下の者たちは、賢者の好みなど知る由もないし、本当に自分でいいのかと何度も訊ねたらしい。


 『そこは大丈夫。君は、今の賢者様の好まれる容姿をしているから!それに──お役目が終わった際には、それなりの慰労金と賢者様の元夫という肩書を得ることができるんだよ?』


 お金はともかく、賢者の元夫という肩書を手に入れる事ができれば、その伝手で多くの人々に自分の絵を見てもらえるかもしれない──お父様は、半信半疑で承諾した。


 『渾身の力作を描いても、とにかく見てもらわなければ、良くも悪くも評価されないからね』

 お父様は、自嘲気味にそうおっしゃった。


 お父様自身その為だけの後宮入りだったから、母賢者が身籠った時は驚いたと言う。

 それでも他の夫たちの子である可能性があったし、特に予感じみたことも無かったので、自分ではないだろう⋯⋯と、気楽に考えていたらしい。

 

 でも、ワタクシが産まれた直後に『神々の祝福』がお父様に与えられ、体質が激変した。

 『神々の祝福』は、長寿と不老を与えるだけでなく、魔力も増大させる。お父様はすぐに正式な夫──『賢配(けんはい)』としての地位を賜った。


 そこからは国をあげての祝典の連続──あまりにも忙しくて、それはもう大変だったそうだ。なにせ、主役である筈の母賢者は、ワタクシを産んだ直後から眠ってばかりになってしまったから。

 万能薬を投与しても効果が出なかった事から、寿命によるものだと判明し、結果、お父様が全ての祝賀会に出席させられた。


 それがようやく落ち着いたのは、三年後に別の賢者家──陽の翼持ちたちの主家でもあるククルス家から女児が誕生した時だった。


 ワタクシたち『小賢者(しょうけんじゃ)』が続けて生まれた事で、アメジオス国内は十年ほどお祭り騒ぎだったという。


 『カトラジナたちは、四百年ぶりの小賢者だったから余計にね』


 女官たちも元老も、ワタクシを次代の賢者──『小賢者』としか呼ばない。カトラジナと名で呼べるのは、母賢者かお父様だけだった。

 でも、母賢者はほぼ寝たきりだし、ワタクシはその眠っている姿しか憶えていない。当然、名を呼ばれた記憶もない。

 他の賢者たちを除けば『カトラジナ』と呼んでくれたのは、お父様だけだ。


 お父様からは、多くの事を学んだ。

 周囲から甘やかされ、行動を咎められたり否定される事が無いワタクシを注意し、市井の事を教えてくれた。毎日、毎日──何かしら平凡な、当たり前の話を。


 忖度無く会話ができる者がお父様しかいなかったからだろうか。たとえ嫌味でもストレートな物言いをするイブリエルを、ワタクシは嫌いでは無かった。

 

 実のところ、賢者家同士の交流は、ほぼ無い。それぞれが元老派閥を持っている上に、領地も遠く離れているからだ。


 当時のアメジオスの半神血族は、五家。

 我がヴァルパティ家、月の翼のルナドラグ家、陽の翼のククルス家、老いた当主しかいない、プレプルー家とリンゼーレ家。


 プレプルーとリンゼーレは、今はもう断絶している。残ったのは、三家のみだ。


 ワタクシが16歳になった年、母賢者が崩御した。それからヴァルパティ家の正式な当主となったワタクシだが、成人となる50歳になるまでは比較的自由にさせてもらった。


 元老派閥の筆頭であるメイデン家が職務を代行し、ワタクシは変異魔獣退治以外は、お父様と共に国内外を旅行したり、当時は離宮であったこのタバス湖の城に長期滞在したりしていた。

 そうだ。この城を新たに主城としたのは、ここから眺める湖の風景を、お父様が好んだからだ。


 お父様は、本当に真面目な⋯⋯そして、愛情深い方だった。

 賢者に先立たれた歴代の賢配の多くは、第二の人生を選択する者が多い。

 再婚と新たに子供を作る事は許されないが、複数の愛人を抱えたり離宮で贅沢三昧したり⋯⋯もちろん、父様のように芸術家志望の者も数多くいたから、趣味に没頭して城に籠もってしまった例もあったけれど──

 産む側の女性ならともかく、男親には我が子とはいえ賢者という立場の者には親愛の情が湧きにくのかもしれない。


 そうこうする内に50歳となり、ワタクシは賢者としての活動を本格的に始めた。

 それから、五百年──残る寿命が三百年ほどとなった時、娘が誕生した。けれど、その時には父様の寿命が尽きる直前で、ワタクシはその方が気がかりでそちらばかり優先していた。


 娘⋯⋯?ああ、そうだ!ワタクシには娘がいたのだわ!でも名前、名前が⋯⋯思い出せない。どうして!?






 『この娘は、✕✕✕に留学させるよ。とっても良い所なんだ。特別だよ?』


 ()()()ペナルシーが、そう言った。

 ペナルシーは、二年ほど前に元老派閥から送り込まれた夫だった。子を産んでようやく肩の荷が下ろせたのに、また新しい夫を寄越すとは⋯⋯それに、この十年ほどは後宮には通っていない。今残っている者たちは、賢者の夫という肩書きを利用するために居座っている者たちだけだ。


 それなのに⋯⋯何故、ワタクシは今、ペナルシーに執着しているのだろう?よくわからないけれど、彼の姿を見ると安心するのだ。まるでお父様と過ごしていた時のように。ペナルシーは、容姿も性格もお父様とは真逆で、似通ったところなどまるで無いのに。


 『✕✕✕って、どこなの?』

 ワタクシは、こんな子供ような口調だっただろうか⋯?


 『海の向こうのボクの仲間が大勢いる場所だよー。ここからは遠いけれど、転移すればアッという間さ!キミも連れて行きたいけど、少〜し歳をとりすぎてるんだよね〜⋯⋯残念☆』


 海の向こう?このウルドラム大陸以外の陸地は──あるけれど、まさかね。


 『もうここでの任務は終了してるしー、する事もないんだけど、ゆったりまったりしたいしー⋯⋯あと少しだけ、ぐーたらさせてね☆』


 ⋯⋯何言ってるの、この人?賢者であるワタクシに対して──それより、娘を何処にやったの!?あの子に何をしたの!?

 痛っ!頭がズキズキする──それに気持ち悪い⋯⋯!





 「賢者様?いかがなされました!?」

 

 顔を上げると、何故か女官長が目の前にいた。ワタクシは夜着を着ているし⋯⋯今まで眠っていたのだろうか?じゃあ、あれは全部夢?


 「ねぇ、女官長。あの子は⋯⋯あの子は今、何処にいるの?」

 「⋯⋯?あの子とは?」

 困惑した女官長の顔に、不安を覚える。


 「ワタクシの娘よ!名前⋯⋯名前は──そう、ミルト⋯⋯ミルトレーカよ!!」

 思い出したわ!お父様が、お亡くなりになる前に、そう名付けて下さったのよ!


 「⋯⋯け、賢者様に、御子はおられませぬ。何か、悪い夢でも見られましたか?それより、メイデン様よりお手紙が──あら?いえ、確か誰かが来られて⋯⋯それから⋯?」

 なんだろう。女官長の様子がおかしい。


 それから他の女官たちにも訊いたが、皆、首を横に振るばかりだった。彼女らの表情から察するに、きっと、ワタクシがおかしくなったとしか思えないのだろう。

 何故だかワタクシには、あのペナルシーの仕業だと確信する事ができた。だとしたら、外部の者に問うしかない。

 そう言えば、先ほど女官長がメイデンの手紙と──


 「⋯⋯メイデンを、メイデンを呼んでっ!!」

カトラジナさんは、父親との思い出によって自分を取り戻せました。ペナルシーへの憎しみは、娘の心配の方が先立って、先送りされています。

 ちなみに、帰路についていたカチェさんは、道中連絡を受けて城へと引き返し、その後、小賢者が拐われたということで忙殺されます。

 当然、元老は辞められず、小獣国行きはキャンセルされました。残念!

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