第百五十四話 魅了改造
改めて目の前の女性を見てみる。⋯⋯確かに◯ブだ。胴体部分だけでなく、腕や脚もかなり太い。ムッチリ、パツパツ!
だけど顔の造りだけ見ると、痩せたら妙齢の美女系統?ぽいような気もする。目鼻立ちがハッキリしてるし、黄銅色のストーレート髪も美しい。あくまでも痩・せ・た・らの話だが。
でも、賢者としてコレはナイだろ。実際、今までに見た賢者は数少ないとはいえ、皆、シュっとした体型のイケメンか美女だったぞ?
しかもこの人、アメジオスの『筆頭』賢者なんだよね?
「無礼者!!さっさと出て行け!!」
まるでカーテンのような凹凸のないストンとした白い寝間着を着た筆頭賢者──カトラジナさんが、当たり前だが怒っていた。
もう『さん』付けでいいだろ。『親方!』と言わないだけ、マシだと思って欲しい。
「賢者様!大事なお客人に、何という事を!」
「女官長!?お、お前、何を言って──」
女官長の様子がおかしい事に気づいたのだろう。カトラジナさんは、寝起きの半閉じ眼から全開眼になって、困惑していた。
《オメー、魅了されてるな。臭うぞ!》
「えっ⋯⋯なに?何!?アナタ、誰!?」
カガリス様の念話に、カトラジナさんは水色の瞳を全開にしたまま、ますます困惑した。そこだけはさすがに半神の血を引く賢者らしく、目の前の半獣青年がただの加護人ではないことに気づいたらしい。
だが、カガリス様たちはその反応をスルーし、早速、情報収集を始めた。
ステータス・オープン!
《これは⋯⋯》
カガリス様は瞬間的に読み取り、オレっちは名前から順番に視ていった。
HPは、2300⋯加護人にしては少し高め?MPは、4500とさすがに高い。それに──神力が、300!?アレ、神力あんの!?
《こんなもん、ほぼ無いのと同じだが、それでも血が濃い方なんだろうな》
《そうだね。でも、これじゃあ他神族に抵抗できなかった訳だ》
《娘が拐われたのに、それすら憶えてねーとは⋯⋯》
ちょ、ちょっと待って!ステータスの記載が長くて、まだそこまで──あっ、ホントだ!この人、娘さんが拐われて、その犯人が逆ハーレムの夫の一人で、さらに魅了改造されて──ん?
『あのー、魅了改造って何ですか!?』
《神力による魅了スキルの一つだよ。魔力の魅了よりもずっと強力で、下位世界の者ならまず抵抗できない。この神スキルの恐ろしいところは、暗示よりももっと根深く作用する事だ。記憶の改ざんや消去はもちろん、性格の作り変え等もできる》
『ヴァチュラー様〜!そ、それってつまり〜、この賢者様は〜改造されちゃってるってことですか〜!?』
エイベルが、驚きの声を上げる。
《そうだよ。今の彼女は、以前とは違う性格で、しかも自分に娘がいた記憶も消されているんだ。おそらく、この城の使用人達も⋯⋯》
ヴァチュラー様は、扉前で虚ろになって突っ立っている黒髪の女官長を一瞥した。
《しかも、この神スキルの厄介なとこは、魅了が解けても、変えられた性格や消された記憶が戻らないって事だ》
オレっちは驚いた。
性格を変えられただけでなく、記憶も戻らないって⋯!それじゃあ、まるで──一度殺されたようなもんじゃないか!
ゾッとした。同時に、そのあまりの理不尽さに怒りを覚える。
『じゃあ──娘さんは、最初から存在してなかったってことに?』
《この城の連中にはな。外部の連中の記憶には存在してるだろうが⋯⋯どっちにしても、連れ去られてから一年は経ってるようだ》
『そんな⋯⋯賢者なのに?アメジオスの人たちだって、一年も姿が見えなくなったら、不思議に思うでしょう!?』
《そうでもないみたいだよ。ホラ、ステータスにあるだろう?ここ十数年の彼女は、出不精になって城に引き籠もっていたって。だからその娘もそうだと思われていても、不思議じゃない》
そんな!!
「何なの、アナタたち!おかしな気配がするし──女官長は変だし⋯⋯」
カトラジナさんは、まるで泣きじゃくる前の子供のような顔になっていた。
いや、おかしくなってんのは、アンタの方なんだよ!?でも、この人も被害者なんだよな⋯⋯
「ルシー!!ここに、変な者たちがいるの!助けて!!」
カトラジナさんは、涙を流す前に大声で叫んだ。
ルシー?カトラジナさんは、近衛兵の誰かを呼んだのか!?
《ハッ!ヤベェ!──来るぞ!!》
カガリス様が動揺してる!?えっ、ナニが来るの!?
次の瞬間、目の前に長身の人影が見えた。──転移だ!
「どうしたんだい?愛しのカトラジナ!⋯ん?」
カトラジナさんのド真ん前、オレっちたちの前方に突如現れたのは──美男ではあるが、ものスゴいチャラチャラした派手ないでたちの男だった。
⋯⋯どこかで見たような?
胸元全開の服に、ジャラジャラのアクセサリー⋯⋯薄っすらだが化粧を施したタレ目のお顔⋯⋯あ~、マンガとかでよくある勘違いナルシストキャラだ!
しかもウェーブした金髪に青い目だし、王子になり損ねたって感じの──青い目?えっ!この人の目、青く光ってない!?
《目を見るな!他神族だ!!》
えっ!コイツ、神様なの!?
「おや〜?ご同類?でもさ⋯⋯キミたち、なんで元の肉体の持ち主の魂を潰してないの?器用だね?あ、ボク、ペナルシーって言うの。よろしくネー☆」
潰す?神圧で不調を起こすんじゃなくて?いや、この言い方だと、もしかして、本当の意味で魂を圧し潰すってこと!?
《フン!俺たちは神器で真っ当に憑依してるからな!》
《どこの神族だか知らないけど、肉体の元の魂を滅してしまうのは禁じられている筈だよ?》
いつの間にか左手に黒バットを持っていたヴァチュラー様が、ペナルシーとやらを銀色の瞳で睨みつけた。
「どこの神族と言われてもー⋯⋯ボク、とある神界から追い出されちゃったんだヨー!シクシク⋯⋯」
両手で顔を覆って泣いたふりをするペナルシーに、カガリス様は顔をしかめた。
《⋯⋯お前、追放神なのか》
「追放というか、放り込まれたというか⋯⋯どっちにしても、帰る場所が無くって☆困ってるんだ、ボクたち」
ボクたち!?追放された神様って、そんなにいっぱいいるの!?どーなっとんじゃ、神界!?
《知ったことか!》
《先手必勝!!》
カガリス様とヴァチュラー様は、瞬時に元の姿──モフへと戻り、ペナルシーに襲い掛かった。
カガリス様はオレっちの爪を長い鉤爪に、ヴァチュラー様は自製した黒バットを振りかざし──端から見ると、コッチが悪役みたいな絵面なんですけど!!
「アー!ちょっと待ってよー!ボク、戦う気無いんだけど!?」
「キャア!?」
素早い動きで、ペナルシーはカトラジナさんを盾にした。
卑怯な!!神のクセに、女性を盾にするなんて!!
《チッ!!》
《もうっ!!》
カガリス様の鉤爪もヴァチュラー様の黒バットも、ギリで寸止めされた。
いや、ヴァチュラー様の黒バットは、空振りになったが風圧は止められず、ペナルシーとカトラジナさんの体は壁に叩きつけられた。
「ヒッ!!」
「痛ッ!あ、あのさー、コレって卑怯じゃ無いからね!?二対一なんだから仕方ないの〜!!」
壁に打ちつけられて気絶してしまったカトラジナさんとは違い、ペナルシーはめっさ元気だった。そこはやはり、腐っても神。見事なノーダメージ。
「⋯⋯でも、もう潮時みたいだし、帰るよ!カトラジナ!今まで資金とか聖遺物とか娘とか提供してくれて、本当にありがとう!それでね⋯⋯そのお礼に、一応、保存してた元の記憶を返してあげる!さよなら、我が最愛〜!!」
最愛とかぬかす割に、気絶したままのカトラジナさんを放置したまま、ペナルシーは消えた。
『記憶を⋯⋯返す?』
オレっちだけでなく、カガリス様やヴァチュラー様、多分、エイベルも呆然としただろう。
以前の記憶を返すということは、忘れていた娘の存在を思い出すということで──
おい!ちょっと待てやっ!!




