第百四十六話 異世界カジノ
「あの~カガリス様⋯⋯『眼』が故障しちゃいました?」
「ここって〜アメジオスじゃない〜ですよね〜?」
目の前の風景に、オレっちとエイベルはそろって首を傾げた。
アメジオスは、湖が多く点在する風光明媚な国だったハズ。しかし、この街にはそういった雰囲気が微塵も感じられない。しかも、やたらに派手な外観の建物ばかりなんだけど。
ちなみに、今いるのも金ピカな黄金色の屋根の上。向かい側の建物も、外壁がピンクと白のチェック柄という目立ったもん勝ちみたいな奇抜さ。
しかも、その屋根の上には巨大なルーレットの立体映像が⋯⋯って、もしかして、ここカジノ!?カジノ街!?
アメジオスのカジノといえば⋯⋯以前、リブライト先生が──
『アメジオスの加護人達はね。真面目でもあるし、享楽的でもあるんだ。つまり、仕事と休暇のスイッチの切り替えが、と〜っても上手なんだよー。だからかな?オフ日は、カジノ!って人も多くてねー』
とか、言ってたっけ。そうか、ここは──
「エイベル!ここは、加護人のオフ日用のカジノ街だ!」
「そうなの〜?」
《オフだか何だか知らんが、アメジオスという国には違いない》
《本当はエルフ達の動きを探りたいんだけど、彼らはかなり改造された種だから、私達に気づく可能性があるんだよね。尤も、今いるのはその子孫達だから大丈夫かもしれないけど》
「改造⋯⋯ですか?」
エルフって、人造人間なの??
《彼らの祖先はね、半神程ではないけどそれに次ぐ神力を与えられていたんだ。他の眷属達の監視役としてね》
《だから、無駄に寿命が長いのさ。まあ、その弊害として、子供は産まれにくいし、大雑把な性格だったが》
へー⋯⋯数が少ないっていうのはイメージ通りだけど、大雑把って⋯⋯まあ、それはもういいか。それより──
改めて、このカジノ街を眺めてみる。
うん。パッと見、カジノやホテルっぽい建物ばかりだな。当然、道行く人々も、家族連れなどの姿は見かけない。そして、行き交う加護種たちも様々だ。
淡い水色の髪や紫の髪をした幻妖種や、獣耳と尻尾持ちの半獣人たちはもちろん、観光客らしき小獣人や大獣人たちもいる。
「でも、カジノ街で情報収集する意味ってあります?」
多くの情報を求めるなら、フツーは首都だよね?
《あるさ。タロスの授業でも言ってたが、この国のカジノは国営だ。つーことは、この国の上層部、あるいはその手足である役人共も来ているだろうからな!》
いや、それなら首都の方が確実にいると思いますが!?
《そうかな?単にカガリンが、ここで遊びたいだけでしょ?》
さすがはヴァチュラー様。ど直球なツッコミ!
「ですよね~⋯⋯」
それ以外に考えられない。
《フン!愚か者たちめ⋯!こうした場所でこそ、この国の暗部的な奴らが活発に動いている可能性が高いんだ!》
⋯⋯単なるこじつけなのでは?いや、待てよ。
これは、チャンスだ!!
「そ、そうかも?じゃあ、ちょっとだけカジノに入ってみましょうか〜?」
実は、前世から興味あったんだよね〜、カジノ!
オレっちの国ではオンラインでも違法だったから海外に行くしか無かったし!この際、カガリス様に便乗しちゃおう!!
「カジノって何〜?遊ぶとこなの〜?」
「そうだな。大人の遊び場ってヤツだ、エイベル」
「大人の遊園地〜?」
「う〜ん⋯⋯そっち系の遊びじゃなくて、スリルのある頭の遊び+一攫千金⋯って感じかな?」
前世のパチンコでさえ知らないエイベルに、カジノの説明は難しい。(前世と同じく、ビスケス・モビルケでも成人済みでないと入店できない)
《なーに、一度やってみたらわかるさ!よし、タロス、交代しろ!!》
《結局、遊ぶんだ。でも、その前に姿を変えないと駄目だよ、カガリン》
《わかってる!大人の姿にならないと入れねーしな。それに、ここだと加護人の姿の方がいいだろう》
《そうだね。できるだけ目立たない方がいいよ。じゃあ、こんな感じは──どうかな?》
ヴァチュラー様がエイベルの姿を、皮膜翼はそのままに人型へと造り変えた。ほう。半獣人系の加護人ですか!
『あー、人型のエイベルって感じですねー!そのまんまだ!』
小獣人のエイベルの外見を、人型の大人にしただけの感じ。
サラサラとした黒髪のおかっぱ髪に、柔和な顔立ち。しかも、少し灰色掛かった皮膜翼が、大人のオサレ感を倍増させている。
えーと、前世で例えると、穏やかなおっとりヴァンパイア?上下とも黒のスーツっぽい服装だし、何気に近い。
《半獣人というより、人型の翼持ちだよ。この皮膜翼タイプは、確か⋯⋯『月の翼持ち』って言われてたかな?》
『ワ〜!なんか〜カッコいいですね〜、月の〜翼持ち〜!』
うん、カッコええ。よく解らんが、高貴な感じがする。
《よし、こっちも変身するか!》
オレっちのターン!カガリス様の美的センスを信じて──いざ、人化だ!!
『どう?エイベル!?』
『わ〜!タロスも〜人型の大人のタロスって〜感じだよ〜!』
そう?まあ、第三者視線で、すでに姿はチェック済みだけどぉ〜。ムフフン☆
いよいよ、念願のカジノへ──と、その前に、ちょうどカジノの入り口が鏡張りの回転扉になっていたので、変身した姿を改めて見てみた。
耳も尻尾もカリスのままだが、顔や体はどこからどう見ても人型の青年だ。しかも、かなりの美青年。
自分で言うのもなんだが、銀色掛かった白髪の髪は少し癖っ毛だが艶があり、大きな黒い瞳は金色の縁取りのせいか、神秘的な雰囲気を醸し出している。服装も、白の上下スーツでバッチリよ!
いや〜、今のオレっちって、エルフよりも美形じゃない?しかも、このカリス耳と尻尾があるから、美カワってやつ!?
《⋯⋯よかったな。オメーのマヌケな内面が表に出てない顔で》
何ですと!?マイ・ゴッドとはいえ、失礼な!!プンプン!
《我が神ねぇ⋯⋯お前のそれは畏敬の念が大きく欠けている気もするが──まあ、それはもう今さらか──さて、金をどのくらいカジノコインに換金すべきか⋯⋯う〜ん》
カガリス様はしばらく考えた後、50000ベルビーをカジノ専用のコイン五十枚と引き替えた。ちと少なすぎるようにも思えるが⋯⋯というよりも、未経験者のオレっちには相場がわからん。
ともかく、これで準備はOK!よし、いざ勝負!──の前に、カジノ内を拝見!
入ってすぐの広い一階部分の左右は、上へと上がる対の階段になっていた。
床は定番の絨毯じゃなくて、白い大理石っぽい石床。ちょっとキラキラ発光しているところを見ると、魔素を含んだ特殊な石材なのかも。
一階にいる大勢の加護人は、男女共に特に着飾ることもなく普段の服装でゲームに興じており、むしろ、観光客である大獣人や小獣人の方が、華美に装っていた。
そして、肝心の賭けるゲームだけど──
ホエー⋯⋯前世のカジノとはちょっと違う⋯?
もちろん、フツーのスロットやルーレットもあるけど──釣り堀なんてのもある。
釣り堀って言っても水があるワケじゃなくて、フロアの中央部分が銀色に光っていて、皆、その光の中に釣り糸を垂らしてるのだ。
輝く釣り堀を囲むように並んで釣り糸を垂らす、大勢のギャンブラーたちの真剣な眼差し──光の中なんて見えないのに、それでもそこを凝視している。
《ふ~ん。小獣国のカジノとは違う趣だな。多分、あの魔石で作られた釣り針が魔法具になっていて、それぞれの魔力で釣り上げるんだろうが⋯⋯》
「おーっ!?大物の予感!!!」
近くにいた羊角のオッサン加護人が、慌てて釣り竿を上へと引っ張った。銀色の光が、波紋のように激しく床に広がっていく。
「エ゙ッ!?な、長靴!?」
光の中から釣り上げた物を見て、オッサンはガッカリしていた。
⋯⋯なんで、床の中から長靴が!?
《浅いが、コレも一応、簡易空間なんだろ》
簡易空間にも、浅いとか深いとかがあるんですか!?
「ムムッ──きたッ!」
長靴オッサンの隣にいたピンク髪の加護人青年が、グッと竿を引く。
キラン!
釣り針部分が銀色の光から出た瞬間、何かが煌めいた。
「──やった!!人魚の涙だっ!」
キュ⋯?人魚の涙!?
彼の釣り針には、大粒真珠が一つだけ中央についたネックレスが引っ掛かっていた。
「なあ、なんでそれが人魚の涙なんだ?ただの真珠だろ?」
カガリス様も疑問に思ったのか、釣り上げたピンク頭の加護人に尋ねていた。
「これは、ただの真珠じゃないんだよ。ほら、よく見ると内側から発光してる真珠だろ?これが『人魚の涙』なのさ。これを売ると、普通の真珠の二十倍以上の値がつくんだぜ!」
へ〜。レアな真珠なんだ。でも、この世界の人魚って、確か、海の戦闘民族だったよね。儚さのカケラも無いのに、その人たちの涙って⋯⋯謎なネーミングだな。
「まあ、気の強い人魚は滅多な事では泣かないから、珍しいって意味でつけられた名前だけどな!」
納得!!
《なる程な。この簡易空間に宝とゴミを混ぜ込んで、それをカジノコイン三枚ごとに一回釣り上げる事ができるのか。面白い。俺もやってみるよう!》
《じゃあ、コインを半分貸してくれるかい、カガリン。私は、向こうにあるゲームをしてくるよ》
《あー、アレか。ヴァチュの得意そうなヤツだもんな。じゃ、また後でな!》
《ああ。でも、あまり荒稼ぎしちゃ駄目だよ?》
《わかってるって!程々にするさ!》
荒稼ぎできるんだ⋯⋯多分、神力での力技だろうが。
《さて、何を釣ろうかな?》
◇◇◇◇◇
☆ ?視点 ☆
「──あら?」
「は?何か?」
「面白い者たちがいるのよ。白と黒の獣神たちが」
「は⋯⋯?」
VIP専用の最上階から階下のカジノフロアを、再度、見下ろしてみる。
白い獣神と黒い獣神──白い方は神力を使って、高額商品を当てたり外したりして目立たないように調整してるわね。
でも、黒い方は⋯⋯多分、楽しくて我を忘れたんでしょうけど、荒稼ぎしちゃってるからここの連中に目を付けられるかもね。
それにしても──まさか、こんな所で古き神々とやらを見るとは。
見たところ、憑依体には劣化も拒絶反応も無さそうね。きっと、何らかのサポートを受けているのだわ。
一応、向こうへは報告するべきかしら?それとも、特にこちらに関与してくる事がなければ、放っといてもいいのかな?
「ゴホン!⋯⋯カジノに興味がおありなら、少し遊んでいかれますか?あ⋯そのお姿では無理でしたな、失礼!」
深紅の翼持ち──この国の元老の一人だか何だか知らないけど、ただの加護種如きが神である私を愚弄するとは──世も末ね。
「体格は変えられるから、そこは問題ないわ。それさえもできない無能とは違うのよ、私は」
「そ、そう⋯ですか⋯⋯」
あ~あ。顔に『この小娘が!』って書いてあるわね。この無能な加護人──ほんと、ムカつくわ。
まあ多分、私が年若い姿である事と、この北方では珍しい褐色の肌をしているからだろうけど。
「そんな事より、集めた者たちを転送するわ。なぁに、まだ用意できてないの?」
「それがあの⋯⋯リスト以外にも付け加えようとしたのですが⋯⋯上手くいかず⋯⋯」
「段取りが悪いわね。アナタってば、本当に無能。だったら──」
コイツも、向こうに転送しちゃいましょ。そう、『器』は、何人いても困ることはないのだもの。




