第百四十五話 アメジオスへ
《これで準備は整ったな!》
《そうだね。神印は八割方解けたし、役立ちそうなアイテムも⋯⋯まだ、ちゃんと見て無いけど、あると思うしね》
ヴァチュラー階層をクリアしたものの、次の階層へと進むこともなく、エイベルがぶった斬って平らにした石筍の上に腰掛けていたオレっちとエイベル。
クリアされたボス部屋は、しばらく魔物なしの状態なので、簡易空間から取り出したアイスティーをストローでチュウチュウしていた。激闘後の、まったりタイム。
そんな中、内側ではカガリス様とヴァチュラー様が、しきりに話しこんでいた。
《それでだな。ギリエルで思い出したんだが、アイツが活発的に行動しているってことは、あっち側の奴らも動いてるって事だよな?》
《多分ね。でも、アイツは竜神が介入してきた時、あの方よりも先に自分の陣営を解散させて姿を消したから絶対とは言えないけど》
《それでも一応 、探っておくか⋯⋯》
「⋯⋯アイツとあっちって何だろうな、エイベル?」
「え~と⋯⋯ヴァチュラー様たちの〜敵〜?」
「だと思うケド。でもオレたち、名前すら教えてもらえないし」
この二柱の神は、徹底してアイツとしか言わない。名前ぐらいいいと思うんだが。
《余計な事を考えるな。その時がきたら、キチンと話してやる。ただし、事が終われば記憶を消すからな》
!?
「そ、そこまでするんですか⋯⋯!?」
《コッチにも事情があってな。あの御方もそうだが、アイツの名前も、今の世に残っちゃいけねぇんだ》
ますます解らん。名前さえって、どんだけよ。
《どっちにしても、加護人の国へ行くぞ!》
キュ!アメジオスへ!?と、待って!その前に──
「ねえねえ、カガリス様!最下層⋯竜の神々の造った階層を覗いていきましょうよ〜!」
竜の神々の保養地だからな。きっと、セレブな空間に違いない!
《興味ねえ!サッサと行くぞ!!》
《そうだね。何かあってからじゃ遅いし、事前にできることは済ませておかないと》
⋯⋯何だろう、この方たち。意地でも行きたくないって感じなんだが。
ん〜、竜の神々に対する対抗心かな?古き神々と竜の神々⋯⋯神族同士の関係性がよくわからん。
にしても、ビスケス・モビルケからウルドラへ。そしてまたアメジオスへとは──忙しないよな〜。
それに、転移って便利だけど、途中で見るべき風景もないし、ワクワク感もないし、駅弁も空弁も無い。ある意味、つまらんな。
《旅行じゃねーんだから当たり前だ!オラ、サッサと交代するぞ!》
あー、ハイ、ハイ!
「イエス!マイ・ゴッド!!」
☆ エイベル視点 ☆
ダンジョンボスを倒した僕は、タロスに『スゴい!スゴいよ、エイベル!』⋯と褒められて戸惑った。
確かに、倒した直後は僕も嬉しかったけれど、よくよく考えてみれば、僕の力ではなくヴァチュラー様の神力のおかげなのだ。しかも、あの黒バット──なんだか勝手に動くことがあって、僕は引きずられるように動く時もあった。
あの青い炎もそうだ。コウモリ魔物たちに全身を覆われて、どうしようと半泣きになっていた時、ヴァチュラー様が『キーッ!ウザい!エイベル、燃やしちゃえ!!』⋯と中からおっしゃったから、燃えろと思ったのだ。
僕は、全然スゴくない。むしろ、魔核であるピンクのコウモリ魔物を自力で見つけたタロスの方がスゴい。
⋯⋯僕は、これから本当に、ヴァチュラー様たちのお役に立てるのだろうか?
でも、今さら他のもっと強い人に憑依して下さいとは言えないし、たとえそうなったとしても、その加護種がタロスとちゃんと連携できるのかどうかもわからない。
──ハッ!こんなこと考えちゃ駄目だ!!頑張るんだ、僕!!
せっかく加護神様に選ばれたんだぞ!加護種の誉れなんだ!!たとえ、たとえ命をおとしても、役目を全うするんだ!!
そう。僕に足りないのは、勇気と覚悟だ!
⋯⋯とりあえず、今は覚悟だけを決めておこう。そうだ!もしもの時に必要な、ジイジへの遺言を書いておかなきゃ!!
☆ ヴァチュラー視点 ☆
エイベル──気合を入れるのはいいけれど⋯⋯
《遺書って⋯⋯どうして、その方向になるのかなぁ⋯?》
◇◇◇◇◇
☆ 竜神の半神、ユーグラム視点 ☆
そうか。ようやくその時が来たのか──そう思ったのは、この白の聖宮殿の近くで二つの異なる神力を感じた時だった。
私が竜母神様から夢による予言を受けたのは、父竜神たちがこの世界を去ったすぐ後の事だった。
数万年もの間この地に居座った古き神々とは違い、竜の神々は千年程でこの下位世界を去ったが、それから僅か百年後に竜母神様から予言を告げられるなど、思ってもみなかった。
その日は、黄金の雲が渦を巻く不思議な夢を視た。そして、やがてその雲が大きな金色の竜体となり──その時点で、夢の中とはいえ、竜母神様だと気づいた訳だが。
金色の竜──竜母神様は、情感のない声──なんというか⋯⋯音を組み合わせただけの声と言っていいのか──その声で、《強制的な加護契約の破棄が起こる》と、淡々と私に告げた。しかも、それは三度もあると言う。
そして、それは後に、『海の呪い』として現実のものとなる訳だが⋯⋯
海の呪い──実際、大陸の中心部しか護りきれなかったのだから、その呼び名は間違ってはいないだろう。
しかも、未だにこの中央以外では発動したままなのだ。
竜母神様は、その予言を他言無用と申された。
これ程の予言を何故⋯?という疑問はあったが、それを問うことも無かった。
私たち竜人は、竜の神々を通して竜母神様と神竜力で繋がっている。命じられた以上、それに黙って従うのが加護種というものだ。
それからの私は、それが起こるとされる遥か未来に向けて神竜力を温存する方法として、休眠を選んだ。
半神であるが故に、寿命は長いとはいえ永遠ではない。しかも、歳をとるにしたがい、竜母神様の力の供給率が低くなり、竜神力は衰えてしまう。だからこその休眠だった。
漠然とした未来、それが起こるはっきりとした時期もわからず──しかし、私には不安は無かった。予言を受けたその日から、神竜力が急激に増えたからだ。
この半神たる器に極限まで与えられた力の供給──何を怖れる事があろうか。
二度の海の呪いを退けられた一因は、この力によるものでもあった。竜の神々の聖遺物は、神竜力の強弱によって効力を左右されるからだ。
しかし、それも二度目でほとんどが失われてしまった。海の呪いの三度目を防ぐ手立ては、もう残されていない。
それでも三度目は、古き神々に連なる方が防いで下さるというのだから、それに賭けるしかないだろう。
そして、それから二千年近くも経ち、ようやく古き神々が再降臨してきた。もちろん本体では無かったが。
最後の海の呪いの日は近い。何よりも、予言と共に与えられたあの神竜器を使う時が来るのだ。あの夢を視た後に目覚めた時、いつの間にか手に持っていた、あの神器を──
なにはともあれ、こちらでできる準備は全て終えた。後は、あの古き神たちがここへ戻ってくるのを待てばいい。
その間に、アルファロンに会っておこう。運命が急速に動き出した今、あの子の死も近いのかもしれない。
永く眠っていたから他の半神達の死に立ち会う事は無かったが、目覚めてからは、彼らの子孫達の死を多く見ることになってしまった。なんとも皮肉な話だ。
それに、アルファロンには私が眠っていた間に劣化してしまった自律型ゴーレムの修復をしてもらった恩がある。あの子の最期の時だけは、側に居てやりたい。
思えばあの子も幸せだとは言えない人生だった。あまりにも外見上の時が止まるのが早く、少年の姿のままだった上に、最愛の者にも早くに先立たれ──最期の最後に、望む事があれば叶えてやりたいのだが⋯⋯
それにしても──あの古き神々は、何故、子供の加護種を憑依体に選んだのだろう?少し驚いてしまった。
それに、長期の憑依だと宿主に影響が──いや、そこまでは私の考える事ではないか。
どちらにしても、最下層への神竜印は渡した。私は、私の役割を果たすだけだ。
最後に残った竜の半神として、中央の竜人たちを護り、竜母神様の意志に従って、もしもの時は命を捨てる──不思議と恐怖は感じない。
もともとの性なのか、この身に宿す竜母神様のお力がそうさせているのか⋯⋯自分でもよく解らないな。




