第百四十三話 最下層への鍵
「ダンジョンへの手配はお任せ下さい。私の客人として冒険者ギルドへは通しておきます。内部にさえ入れば、階層転移は可能ですからね」
《そりゃ、手間が省けるからありがてーが⋯⋯何でだ?》
だよね。ユーグラム様は竜の神の半神。自分たちの神様ならともかく、古き神々であるカガリス様たちに、どうしてそこまでしてくれるんだろう?
「貴方がたの捜している御方こそが、三度目の海の呪いを事前に防いで下さると予言されているからですよ」
《⋯⋯?》
「私たち竜人を、何故、古き神々に連なる方が救うのか?実のところ、私にも理解できないのですが」
《だよね。私達からしても、竜人のためにあの御方がそうするとは思えないしね》
ヴァチュラー様が、ケーキをモシャモシャ食べながら言った。よく見るとケーキスタンドのお茶請けは、ほぼ食い尽くされている。残ってるのって、フルーツだけやん。
「ですが、予言されているという事は、何かしらの理由があるのでしょう──何かのついでに⋯とも考えられますが」
《フン。そっちの方が濃厚かもな》
どうしよう。話の流れに全然ついていけない⋯⋯まあ、ユーグラム様には存在さえ知られてないもんな、オレっちとエイベル。
『そもそも僕たち〜ヴァチュラー様たちの〜捜してる方の名前も〜知らないもんね〜』
エイベルの言う通りだ。
あのお方とか末姫様とかしか言わないし、古き神々の一柱だとも半神とも言ってくれない。
それに、敵らしきアイツって誰?⋯ってカガリス様に訊いても、『アイツはアイツなんだよ!』としか言わんし。
《とにかく、俺たちはダンジョンで必要なアイテムを集める。オメーの事情はわかったが、だからと言って協力もしねぇ》
カガリス様は出されたお酒を全て飲み干し、ぞんざいな口調で言いきった。
でも、ユーグラム様は表情一つ変えず、ただ頷いただけだった。
「勿論です。予言とは、それぞれの思惑で行った行為が、結果的にそうなる事なのですから」
《⋯⋯》
この人も言うなぁ。そちらが好き勝手やっても最後はそうなるのが確定してるから、どうぞお好きにって感じ?
《お前、タロスとは違う角度で慇懃無礼だな⋯⋯》
「タロスとは?」
《この器の本来の持ち主だ。内部の会話は外に出してねーからオメーには聴こえないだろうが⋯⋯そうだな、交代してやろう!》
キュ!?
⋯⋯。⋯⋯。ユーグラム様がオレっちをガン見していた。竜賢者⋯もとい、竜の半神様の視線が痛い。
「あの⋯⋯オレ⋯いえ、ワタシはタロス・カリスと申します⋯⋯」
「そうか。君は、先ほどの神の加護種なのだね」
「あ、ハイ!──アッ!あの⋯ウチの神はカガリス様と言いまして⋯⋯今さらですが」
よく考えると、俺様な我が神は名前すら名乗って無かった。ユーグラム様に訊かれなかったとはいえ、最悪な客人だよ、ホントに。
《ケッ!俺たちの『眼』を潰した竜の奴らの末席に、な~んで名乗らなきゃならないんだ!》
ユーグラム様が破壊したワケじゃないやん。
「私が生まれる以前の事はわかりませんが⋯⋯恐らく、父神たちも好き勝手をしていたのでしょう⋯⋯申し訳ありません」
《まぁまぁ。私は、あの不毛な争いを止めてくれた君の親神達には感謝しているよ。私は、ヴァチュラー。この器の子は、エイベルというんだ》
「え、エイベルです〜!よろしくお願い〜します〜!」
「そうか⋯⋯エイベル君、タロス君、器に選ばれた君たちも大変だとは思うが⋯⋯頑張ってくれ」
「「は、ハイ〜!!」」
「主様。新たにお茶を差し上げた方がよろしいのでしょうか?」
「そうだね。そうしておくれ」
今さらだが、給仕のメイドさんがいたわ。今までの会話、大丈夫なのかな?
《なあ。ここの召使いは、皆、ゴーレムなのか?》
「キュッ!?」
ケーキスタンドに僅かに残るフルーツを食べようとした瞬間、カガリス様が驚くべきことを言った。
《少なくともこの主塔にいる人型は、自律型のゴーレムだけだね。生身の反応じゃない》
「そうなんですか〜?」
「ええ。その通りです」
ユーグラム様が、エイベル(ヴァチュラー様)に視線を移した。
「奇妙だと思われるかもしれませんが、遥かな昔から竜の神の半神の側仕えは、魔導人形ばかりなのです。半神の中には、私のように数万年の時を生きる者もおりますので、その方が都合が良いのです」
「それは⋯⋯」
「実際、数百年ごとに顔ぶれが変わるのは、あまり好ましくないので」
長く生き過ぎると多くの死を見届けるのは常とはいえ、確かに側近がコロコロと入れ代わるのはツライわ。
「だからこそ、市井の者達には、私は半神ではなくその子孫だと誤魔化せたのですが。真実を知っていたのは、今も昔も、竜賢者達だけです。ですが、人形達も劣化が激しく、当時の器はほぼ壊れてしまい、この人形達の器も、黒の賢者たるアルファロンが新たに造った物なのです」
「キュ!?」
マジで!?いや、でも、ゴーレム博物館にも自律型ゴーレムはあったしな。多分、あれらはプロトタイプだと思うケド。
「私は、核となる部分の制作は得意なのですが⋯⋯造形の方はさっぱりで」
「そうなんですね⋯⋯」
ユーグラム様は、黒の竜賢者様とも赤の竜賢者様とも、得意分野が違うんだな。
《ンなことはどーでもいい!オイ、ダンジョンへ行くぞ!》
カガリス様の圧が重い。どうやら興味の無い話は苦痛らしい。
「そうですね。貴重なお時間をとらせてしまいました。申し訳ございません。すぐに冒険者ギルドへ連絡しておきますので、当方で用意した魔牛車へとお乗り下さい。転移ですと、いろいろ問題がありますので」
ホントにな。ビスケス・モビルケのダンジョンではやりたい放題やってたから、かなり問題ありだった。
「そうだ。これをお渡ししておきます」
ユーグラム様は、一枚の金色に輝く魔法印付きのカードを何処からともなく取り出した。
《なんだぁ⋯?》
「これは、ダンジョン最下層への鍵です──」
☆ エイベル視点 ☆
⋯⋯結局、果物しか残らず、タロスと二人で分け合った。美味しい。お茶も入れ替えてもらったし、緊張感も薄れてきた。
二度目の海の呪いの事も驚いたけれど、目の前でお茶を入れ替えてくれたこのメイドさんがゴーレムだったことにも驚いた。どこからどう見ても普通の竜人にしか見えないのに。
こうしてみると、ウルドラはビスケス・モビルケよりも進んでる⋯⋯というか、古代の技術が継承されている事を実感する。
流行だってウルドラが先行してるし──僕は、最近、服のデザインの方にも興味が出てきたから、このヴァチュラー様の憑依体というお役目が終わったら、本格的に勉強してみよう。
そう言えば、ユーグラム様の服も──長衣なのに動きやすそうだし、魔素金属が絶妙な位置に配置されていてカッコいい。でも、体型が僕たちは小獣人とは異なるから、あまり参考にはならないかも⋯⋯?




