第百四十話 黒きバット
その日の夜──お屋敷の皆が寝静まった頃、オレっちたちは、コッソリとマルガナ郊外にあるダンジョンの出入り口へと転移した。
夜のダンジョン前は、幾つもの照明魔導器に照らされて、思ったよりも明るい。一階層にあるダンジョン街は二十四時間稼働なので、こんな時間でも人の出入りは、そこそこあるようだった。
『よ、呼び止められたら〜どうしよう〜!?』
ヴァチュラー様の中にいるエイベルが、不安げに言った。
『な〜に、カガリス様たちに任せておけば大丈夫さ!もう大人に変身済みだし、冒険者登録が無くっても神技で入れるし!』
カガリス様の神チートに慣れているオレっちとは違い、エイベルはこうした神力による強引なやり方には慣れていない。ここは、長期に渡り神に憑依され続けた者として安心させてあげよう!(先輩ヅラ)
『そ、そうなんだ〜?』
門番──夜間警備の人たちは、案の定、カガリス様たちを呼び止めることは無かった。
神力って魔力世界においては、ホントに万能なんだな〜。魔素濃度による出力制限はあるみたいだけど。
◇◇◇◇◇
《よし、遊び場に着いたぞ!まずは、ここの遺物の回収だ!》
《冒険者達には悪いけれど──と、今は私達の遊び場には誰も入れなかったね》
あ~、神々の遊び場は、小獣国内の冒険者じゃ絶対無理な鬼畜仕様ですから!
《ヴァチュ。全部の神印を解くのに、どれぐらい掛かりそうだ?》
《単純な印ならすぐだけど⋯⋯少し複雑な印だとそれなりに掛かるね》
《じゃ、その間に少し遊ぶか──と言っても、タロスの体じゃ神力の出力がなぁ⋯⋯深層は、無理か?》
ホントのことだけど、改めてそう言われると腹立つな!あ⋯⋯そうだ!
『あの、カガリス様、ちょいとお願いが⋯⋯』
「もふパワー全開!カリス・ビ──ムッ!!」
ウルト◯マンポーズで、一直線に伸びる光線を放つ!その直撃を受けた黒い影の魔物が、あっという間に消滅した。その後には、鉛筆のような小さな細い棒が残される。魔核だ。
それを、ふんぬっと、足で踏みつけて砕いた。
あ~、チートって気持ちいい。カガリス様、光の属性持ちだからビームも出るもんね。さすがは神。
《そりゃ、強弱があるとはいえ、全属性持ちだからな⋯⋯って、経験値も得らんのに、何故に魔物狩り?》
「だって⋯⋯この間の借り物チートが忘れられなくって!」
必死こいて汗だくになって魔物を倒す地道な冒険もいいけど、やっぱり神チートは、男のロマンだから!
今がチャンスとばかりに、神々の遊び場の浅い階層で魔物狩りを楽しむオレっち。
逆にエイベルは、体の主権を戻された方が体力を消耗するので、ヴァチュラー様がメインのままだった。そのヴァチュラー様はハッキング作業中で、微動だにしていなかったが。
《ん?終わったか?》
《ああ。大体はね。でも──幾つかはすでに回収されていたかも。思ったよりもずっと数が少ないんだ》
《⋯⋯回収したのが、あの方だったらいいが⋯⋯》
《もしかしたら、あちらの方かもしれないね。どっちにしても、同調神器は一つだけだけど残ってたし、身代わり人形も何体かあったから、それで良しとしよう》
なんか意味ありげな会話だな。おっとそれより、次の魔物を──
《そうだ。同調神器のテストを兼ねて、私もこの子の体で戦ってみるよ》
キュ!?エイベルの体で!?
《そりゃあいい。おい、タロス。オメーもコイツの戦い方を見とけ。多分、参考にはならんが》
《さて。ではその前に、私の武器を造ろうか》
ヴァチュラー様の武器?カガリス様みたいな体術系じゃないのか⋯⋯ん?んん?
ヴァチュラー様がダンジョンの土塊からあっという間に造り上げた武器は、バットだった。
どこからどう見てもバット。野球のバット。ただし、色は漆黒でなんだか禍々しいが。
⋯⋯そーいえば、何年か前にエイベルと行った博物館の古き神々の肖像画の間で、ヴァチュラー様がバットを持ってる絵があったな。他の神々との三部作で。
《来たぞ!大型の魔物だ!》
カガリス様の言った通り、一つ目の巨人──サイクロプスが襲ってきた。
《キイーッ!》
突然、エイベルの口から奇声が漏れた。
と、思ったらタンっと跳躍し、そのまま上空で皮膜翼をバッと広げる。
何だろう⋯⋯なんだか、とっても禍々しい感じがするんですケド!?
《キ──ッ!》
上空で黒いバットを構えたヴァチュラー様が、急降下した──まさか!?
ガン!!グシャ!!
そのまさかの顔面狙い攻撃だった。しかし、サイクロプスの単眼ではなく、大きな鼻に向かってバットを振ったのだ。
どんだけのパワーなのか──バットはサイクロプスの鼻を砕いただけでなく、顔面そのものを破壊した。──エグい!!
《キッ!キキッ!!》
めっさ嬉しそうな声。あっ!倒れていく巨体に、さらに蹴りを入れた!なんという非情さ!!
《アレでもマシな方だぞ?ヴァチュの本体が持ってる愛用バットが直撃したら、即、全身ミンチだからな。圧縮された神力が固まってるから、少し触れただけでもヤベェんだ》
ヒィイイイッ!!
ヴァチュラー様って、エイベルと全然違う!
何となく感じてたけど、この神様、淡々としながらもカガリス様よりも冷酷なのでは!?
きっと同調率が悪いのも、エイベルと性格が全然違うからだ!!
《即席バットだと、あまり威力が無いねぇ⋯⋯仕方ないけど》
この丁寧で穏やかな言い方が、ものスゴく恐ろしく聴こえる。ハッ!エイベル!!
『あ、あの、エイベル!大丈夫!?』
『うん〜⋯⋯速すぎて〜よく見えなかった──あ!じゃなくて〜もう圧されてる感じはないかも〜!?』
《同調神器による調整が上手くいったようだね。良かった!》
⋯⋯。同調神器ってスゴい。あんだけ性格が違うのに、負荷が掛からないんだ。コレを造った引き篭もり神って、技術系チートだったの?
ちなみに、その神器は体内埋め込み型だったらしく、ヴァチュラー様が胸に吸収していた。神器もいろいろですな!
☆ エイベル視点 ☆
あれは、昨日の服飾学科でのこと。僕は何故か酷く眠くて、布を裁断しながらうたた寝してしまった。
《やあ、君がカガリン⋯いや、カガリスの言っていた子だね。私は、君の加護神であるヴァチュラーだ。いきなりで申し訳ないのだけれど、君に憑依させてもらおうと思ってね》
闇よりも深い漆黒の体毛をしたヴァチュラー神が、僕の前に立っていた。キラキラした銀色の瞳が、チュラーである僕の姿を映している。
『か、加護神様〜?あの⋯⋯カガリス様って〜カリスの⋯⋯タロスの加護神様ですか〜?』
僕は何故か目の前のヴァチュラー様より、カガリス様の名前の方が気になった。
《そうだよ。カガリスは、君の親友のタロス君に憑依しているんだ》
⋯⋯。憑依って⋯⋯タロスが神様に取り憑かれているってことで⋯⋯エッ!?いつから!?
《さあ?それより、古来よりの加護契約通り、主たる私の好きにさせてもらうね?》
!?
「──ベル、エイベル?どうしたの?」
「え⋯⋯」
アレイムの声にハッとする。どうやら僕は、ハサミを持ったまま、夢を視ていたらしい。
不思議な──でも、ハッキリと憶えている夢。ヴァチュラー様は僕に憑依すると言った。そして、タロスはすでにカガリス様に憑依されているとも──
《そうだよ。だから、タロス君に会いに行こう》
頭の中で、先ほどのヴァチュラー様のお声がハッキリと聴こえる。
ああ、あれはやっぱり夢じゃなかったんだ──不思議な程、スッと理解できた。
でも、何だろう?頭がズキッとするし、体が重い。
《同調率が低いね⋯⋯まだカガリスは此方に戻っていないし、今は君から離れよう。でも、これは決定事項だから》
体調が悪くて、ヴァチュラー様の声が遠くからのように小さく聴こえた。
学校を出て何とか自分の部屋へと帰り着くと、すぐに眠ってしまった。起きたのは、朝食を取りなさいと、ジイジに起こされたからだ。
昨夜は何も食べずに寝てしまったから、お腹が──空いてないな。それに、まだ体が重くて辛かった。心配したジイジが学校を休みなさいと言ったので、そのまま、二度寝した。
次に僕を起こしたのは、ヴァチュラー様だった。
《タロス君の家に行こう。カガリスが呼んでいる》
「あの〜⋯⋯ヴァチュラー様。どうして、僕とタロスは〜憑依されることに〜なったんですか〜?」
その辺の事情は全く聞いていなかったので、訊くなら今しか無いと思った。
《私達の大切な御方を助ける為だよ。そして、それはこの世界の為でもあるんだ。今は、それしか言えないけどね》
⋯⋯訊いてもよく解らなかった。多分、タロスに訊いても同じだろう。でも、タロスに早く会いたい。僕は怖かった──加護神である筈のヴァチュラー様が。
心が強く圧されているのを感じるからだ。僕は、小さく縮こまらないと存在できない⋯⋯気がする。
そして、タロスに会って気を抜いたせいで、フラフラになってしまった。
僕は、神様の仮の器にもなれない、ダメな加護種なんだ⋯⋯。
⋯⋯。⋯⋯?
あれ?体が楽になった?
どうやらタロスが、カガリス様の万能薬を飲ませてくれたらしい。体が回復できたおかげで、鬱気味だった心が晴れてきた。
「エイベル。オレのせいでこんなことになって、ホントにゴメン!でも──オレは何があってもエイベルを助けるから!それこそ、カガリス様に逆らってでも!!」
⋯⋯やっぱり、タロスはスゴい。加護神様に逆らうなんて言えちゃうんだから。それに、カガリス様に対して、恐ろしい程配慮が無い。
《君も、私を過剰に恐れないで欲しい。⋯⋯かと言って、あの子のようにズケズケ言ってくるのは困るけれど》
ヴァチュラー様の困惑した感情が伝わってくる。
その時、初めて僕はヴァチュラー様と共感した。
タロスって──どこか⋯⋯何かが違うよね!?




