第百三十六話 やっぱりチートっていいなぁ
「か、カガリス様ッ!」
これほどカガリス様の帰還を待ち望んだことはなかった。少し感じる圧でさえ、今は嬉しい。
『あ、あの!ダンガリオが⋯!拐われてきた子供たちも、どっちも危ないんですけど、え~と、とにかくダンガリオが心配で──』
えーい!馬魔獣を御しながらだから、上手く頭が回らん!
《意味がわからん。オメーの記憶を覗くぞ》
あ。そーいうチートもあったのね。便利。
少し冷静になると、子供たちを信用できる人に預けてからダンガリオを助けに行くのが正しい順番なんだけど、それだと⋯⋯多分、間に合わない。
《⋯⋯成る程な。このお人好しめ!元竜人のダンガリオって奴が粛清されるのは当たり前だ。今さら善行しても、過去の罪は消せるもんじゃねぇ!》
『本人もそう言ってましたけど⋯⋯でも⋯⋯』
最後に見たあの苦しそうな顔が、頭から離れない。ダンガリオは決して悪人ではない。ただ、運が悪いというか、騙されやすいというか──
『そもそも、カガリス様の転移先が、闇組織の連中の逃走ルート近くだったから、こんなことになったんですよね?』
《⋯⋯急いでたからな》
『このままダンガリオを見捨てたら、オレ、一生後悔するような気がするんです』
《オメーが思うほど、アイツは気にしてねーと思うぞ?》
『⋯⋯』
彼は、オレっちたちを逃がした時点で満足している。助けなんてこれっぽっちも期待してないだろう。
『でも──オレは気にするんです!!だからお願いします!助けてあげて下さい!!』
無理難題なら諦めもするが、カガリス様なら子供たちを助けることも、ダンガリオを救うことも、同時に可能なのだ。
《⋯⋯いいだろう。ガキ共は、魔馬車ごと簡易空間に入れておく。元竜人の男の方は──ヤベェな。跳ぶぞ!》
『キュ!?』
アッサリと承諾された上に、いきなりの転移──そして、コレまたアッサリと体を乗っ取られた。
☆ ダンガリオ視点 ☆
「⋯⋯どうやって回復したかは知らんが、結局、二度も苦しい思いをするとはな。馬鹿な奴め」
「⋯⋯」
パールアリア最大の闇組織のボスであり、第一世代の元竜人でもあるエンゲスは、俺の頭を足で踏みつけながらそう言った。
思った通り、コイツは単騎で馬魔獣を駆り、ここまで追ってきた。こうなる事は想像がついていただけに、自分でも驚くほど冷静に、奴からの暴力を受け続けた。
「ハァ⋯⋯。俺だって、今さらウルドラに戻るなんて嫌なんだがな。ネーヴァの上層部は、俺たち闇組織の人間を毛嫌いしてるらしくてよ。一般人には手を出さねーが、俺たち関係だと何処ぞの収容所に送られちまうんだとよ」
ネーヴァの噂はアレコレと聴いたが、エンゲスの話が本当なら、パールアリアの上層部などとは比べものにならない程優れた指導者らしい。
パールアリアの高位神官の一部は、国内の闇組織を通じて、ウルドラの闇組織とも繋がっていた。
禁止されている筈の闇賭博や魔素金属の横流し、そして人身売買──竜神殿の神官という地位を利用した者たちは、エンゲスのような奴らと長年結託し、私腹を肥やしてきたのだ。
エンゲスは、今から約150年ほど前、ウルドラ国内で殺人を犯し、国境を越えて逃亡した凶悪犯だった。竜の神の加護を自ら放棄し、それを後悔することも無い──普通では考えられない精神の持ち主なのだ。
俺が言うのもなんだが、第一世代とは本当に厄介な者だ。竜体化はできないが、体力も魔力も人間の三倍以上あり、寿命も500年近くある。エンゲスはそれを最大限に利用し、パールアリアの闇組織に根を張った。
それまであった闇組織とは比べものにならない程の規模と支配期間──どれだけの者が、この150年間にコイツの犠牲となったのか⋯⋯考えるだけでも恐ろしい。
どっちにしろ、麻痺した体ではもう戦えない。救いは、獣人の子供たちを逃がせたということだ。
そもそも、罠にはめられて竜の神の加護を喪った時から、俺はいつ死んでもいいと思っていた筈なのに──結局は、犯罪を犯してまで見苦しく生にしがみついた。
愚かだった。
⋯⋯黒の竜賢者たるアルファロン様には、本当に申し訳ないことをした。
自らの死期が近いことを悟ったあの方は、白の賢者様へ紹介状を書いてくださるほど俺に目を掛けて下さったのに。まさかそれが、他の連中の妬みを買うなんて思いもしなかった。
ああ⋯⋯ウルドラでの日々が次々と思い出される──俺は、ここで死ぬんだな⋯⋯
「⋯⋯?」
なんだ?口の中に甘い水が──この水、前にも飲んだ気が──
☆ タロス視点 ☆
思いっきりピンチやんけ!!
大柄な藍色の髪のオッサンが、ダンガリオの赤い髪を踏みつけてグリグリしていた。
カガリス様が瞬時に、オッサンのステータスを視る。
結果、元竜人──第一世代のサイコパスだった。
HPもMPもダンガリオほど高くはないが、別の意味でヤバい。
カリスマ性と大胆な行動力──これだけなら長所だが、暴力的で他者に対する憐憫の情を持たないという点で、人として終わってる。
幾つかの犯罪履歴が記されているが、どれもこれも酷すぎて、つい、目を逸らせてしまった。
《畜生以下の輩だな。加減は必要ねぇ、っと──!》
カガリス様はソイツの真後ろに転移すると、右脚で蹴りを入れた。何の変哲もないただの蹴りだが、サイコパス野郎は勢いよくすっと飛ばされ、ゴロゴロと何回転もしながら地に転がった。
悲鳴を上げる間もなかったのか、無言のまま白目を剥いている。
《弱ぇえ。⋯⋯だがコイツ、死んでねぇな。体の丈夫さだけは、竜人のままか。いや、タロスの体だから、パワーが足りなかっただけか?》
『そのどっちもだからでしょ⋯って、ダンガリオが、また死にかけてる!!カガリス様!簡易空間から回復薬を!!』
《面倒くせーな⋯⋯》
カガリス様が花の蜜を、ダンガリオの口にチョロっと垂らす。
二度目だから効き目が弱くなってるかも──と心配したが、前回同様、瞬時に外傷は無くなり、ダンガリオの白くなっていた顔には血の気が戻ってきた。
「⋯⋯君は、誰、だ⋯?」
喉に潤いがないのか、しわがれた声でダンガリオは問うた。
「あの⋯カリスの子は⋯黒い、瞳だった⋯⋯だが⋯その輝くような、金蜜色の⋯瞳は──」
それは、神だからです!⋯と、言いたいが、そこは誤魔化さないと──
《そりゃ、神だからな!》
⋯⋯。なんで!?──なんでバラすの!?
☆ カガリス視点 ☆
ダンガリオと言ったか。コイツ⋯⋯外見が、人間だった頃のケルベルの奴に似てるな。やたらデカい図体に彫りの深い顔──特に、筋肉の付き方がそっくりだ。
たが、内面は随分違うようだ。
ケルベルの奴は、大雑把で思考の浅いところがあったが、コイツは融通の利かない、いろいろと深く考え過ぎる気質のようだな。
ふーん。竜の奴らの加護を喪ってはいるが、肉体にはまだその残滓⋯血の契約があるから、能力的には竜人のままなのか。
ま、それはさておき──使えそうな駒ではある。頑丈そうだから壊れにくいし、竜人と違って大陸中を自由に移動することができるしな。
何にせよ、少しは役には立つだろう。使い捨てできる点もいいしな。
クククククク⋯⋯