第百三十四話 カパッとお口を開けます!
⋯⋯。赤毛の大男にして、第一世代のダンガリオさん⋯⋯なんでコイツが、満身創痍でここに転がっとんの!?
そうだ!ステータス・オープン!!
げっ!!MPはともかく、HPの残数がヤバい!!え~と、ナニナニ?
ネーヴァによる侵略で、パールアリア内の闇組織と繋がってた高位神官たちがウルドラに亡命する事になったため、国内での売り場を失い、仕方なく売れ残りの子供たちをウルドラの闇組織に転売することになって──だと!?
ハァァア!?パールアリアの神官が、人身売買やっとったんかい!?どこまで腐っとんねん!!!
いや、それより次だ、次!え~と、パールアリアの闇組織自体もネーヴァから攻撃対象とされているため、共にウルドラへと逃走中。しかし、ここにきてダンガリオは自己嫌悪に陥り、この混乱した状況を利用して、子供たちを逃がそうとした⋯とな。
⋯⋯。まあ、彼はもともと騙されて犯罪奴隷にされただけで、根は真面目で正義感も強かったようだし。
だけど、奴隷用の契約魔法があるからなぁ。普通は逃走防止だけだけど、ダンガリオのは命令に背いたら魔力とスキルが封じられる仕様だったみたいだ。
それで、子供たちを逃がす時に体術のみで戦うしかなかったんだな──結局、ボコられたみたいだケド。
そりゃあ、竜人の第一世代といえど、組織という人海戦術には勝てんわ。
しかし、このステータス画面って便利だよな〜。リアルタイムで更新してくれるから情報集めが、めっさ楽。ただ、管理してる神の残留思念⋯管理者の興味度の違いで、ドえらい差が出るケド。
さて、どうするか。オレっちには、他人に施す治癒スキルが無い。自己治癒のみだからな。ダンガリオを治してあげたいけど──ああ!カガリス様だったら、ここにいる皆も、神の力技で救えたのに!!
ハァ⋯っと、オレっちはため息を吐いた。つくづく自分の弱さが情けない。⋯というか、惨めだ。ハァ⋯⋯
ため息しか出てこんがな。ん⋯息?あっ!!!
オレっちは、ふっくらした自分の両頬をそっと触った。
カガリス様の簡易空間があるやんけ!!眷属へのご褒美用のアイテム満載の!しかも、オレっちの頬袋から出し入れ自由!!⋯⋯でも、カガリス様が戻ってないし⋯⋯使えるのかな?
⋯⋯。えーい、モノは試しだ!
オレっちは、カパッと大きく口を開けた。一番近くにいた犬獣人の子が、目をまん丸にしてビックリしている。
いや、絶望し過ぎて奇行してるワケじゃないからっ!!
オレっちだってスマートに簡易空間から出したいけど、コレってカリスの伝統的なやり方らしいから、仕方ないの!!
よし!──何でもいいから、怪我を治せるアイテム!出ろ!!
金色の液体の入った小瓶が、目の前にポンッと出てきた。
──やった!!使える!!!
え~と、鑑定、鑑定。
★神花の蜜(カガリス神による自作薬)
カガリス神の体に生えている花の蜜を集めた物。この蜜は治癒特化だが、他にも様々な効能を持つ蜜がある。ただし、他神族の加護を持つ者に与えると、アレルギー反応が起こる。
他神族⋯⋯竜の神々の眷属である竜人には使えないってことか。でも、ダンガリオはもう人間だしな。大丈夫だろ。
ところで──どのくらい飲ませれば⋯⋯あ~、そこまでは、説明してくれんのね。怖いから、ちょっとでいいか。
荒い息を吐いている口に、少しだけ瓶を傾ける。金色の液体を、チョロっとだけ口内に入れた。これで効果がなければ、もっと──
とか思ってたら、みるみるうちに外傷が無くなった。息も静かになり、すぐにパチっとダンガリオの赤茶色の目が開いた。
──なんという絶大な効果よ!さすがは神の花!カガリス様の体のどこに咲いてた花かはわからんが、スゲー!!
「君は⋯⋯誰だ?君が俺の治療を?」
「オレは、タロスと言います。え~と⋯⋯たまたま魔法薬を持っていたので⋯⋯」
なんか苦しい説明だが、他に言いようがない。
「あの、それより⋯⋯動けますか?」
「ああ。どうやら内側のダメージも治ってるようだ。というより、恐ろしく体の調子が良い。⋯⋯ありがとう」
そう言うと、ダンガリオはスクっと立ち上がり、両腕を振った。
わかってたけど、ホントにデカいなこの人。オレっちの二倍以上──240センチぐらいはあんのかな。この廃墟の天井が高くてよかったね。でなきゃ、常に屈んでなきゃ歩けないもん。
「⋯⋯この光の入り方だと、まだ日が高いな」
ダンガリオが、天井近くにある高い格子を見上げる。最低限の採光と空気の入れ替えのためだけのものらしく、横長の細い格子窓だった。
「え~と、あっ、今、お昼の12時32分ですね!」
オレっちは、左手首に着けていた腕時計ならぬ魔刻計を見た。
コレ、今年の誕生日に旦那様に頂いた最新式の時計なの。空気中の魔素を取り込むという優れもの。あくまで補助機能なので、魔石は必要なんだけどね。
「⋯⋯移動は夜間のみだから、まだ時間はあるが⋯⋯脱出は無理か。ところで⋯⋯君は、いつここに?見覚えのない加護種なんだが?」
「⋯⋯その⋯⋯ついさっき、迷子になっていたところを拐われまして⋯⋯」
「小獣人が、今の時期にパールアリアの地で迷子?⋯⋯ああ、商売人の子供か?」
「は、ハイ!」
話の流れに身を任せ──勝手に勘違いさせとこ。
「しかし、運が悪かったな。人身売買の──しかも、国境を越えて逃げようとしている奴らに捕まるとは⋯⋯いや、だが、俺を回復させてくれた礼はする。隙を見て逃げろ。奴らは俺が動けないと思っているから、きっと油断している」
ハッとした。彼は──ダンガリオは諦めてないんだ。どうにかして子供たちを脱出させようとしてる。
「移動する前に、食事を持ってくる筈だ。チャンスはその一回──」
おそらくダンガリオは、また体術のみで戦い、子供たちが逃げるための時間稼ぎをするのだろう。でも、次は絶対に殺される。それに、上手くいったとしても、体力の無い子供たちが逃げ切れるだろうか⋯?オレっちも自信がない。
う~ん⋯⋯ダンガリオが盾になって逃げるチャンスを作るか、カガリス様が戻ってきてチートでなんとかするか──希望はその二つだけど、後者の方が確実なんだよねー。
だから、カガリス様!早く戻ってきて──!!!(切実)
◇◇◇◇◇
☆ ダンガリオ視点 ☆
しくじった──組織が混乱し、とりあえずウルドラへと逃げる途中だからチャンスだと思ったんだが⋯⋯まさか、ボスが残っていたとは。
今朝、ウルドラの闇組織に交渉しに行ったのは、ガマスの奴だったのか。俺の勝手な思い込みが、最悪のタイミングにしてしまった。
同じ第一世代のボスさえいなければ、体術だけでなんとかなったんだが⋯⋯今更だな。
とにかく、あのタロスという子供のおかげで命拾いした。さすがの俺でも、内臓を傷つけられていたから、このまま苦しんで死ぬだけだと思っていたからな。ボスが俺にトドメを刺さなかったのは、苦痛を長引かせて死なせようとしていたからだ。
騙されたとはいえ、闇組織で犯罪を重ねた者には相応しい死に様だろうが──最期に一つだけ、償いたい。次こそは絶対に⋯⋯何としても。
しかし、あのタロスという小獣人の子供──もしかして、『カリス』じゃないのか?
何年か前に鳥浮舟を襲撃した時、組織内の人間が『あの希少種だけでも、大金が手に入ったのにー!』などと、喚いていたな。
その時に聞いたカリスの特徴が、頭の花冠に白い毛、丸まった尻尾──うむ。一致するな。⋯⋯だとしたら、何故に戦時下の⋯しかも敗走しているパールアリア側にいるんだ?
疑問は尽きないが、とりあえず商売人の子供としておく。そもそも逃がす予定の子なのだから、その辺りの事情は考えても仕方ない。
竜の神々よ。俺はもう貴方がたの加護種ではありませんが、どうか──子供たちを御守り下さい。その後で死したとて、俺は後悔しません。多くの過ちを無かったことにはできませんが、最期に一つだけ⋯⋯これだけは──
☆ 補足 ☆
竜人は、女性でも男性でも、骨太の長身の者が多いです。ですが、ダンガリオのような237センチもある者はさすがに少なく、いい意味でも悪い意味でも目立ちまくりです。
かつての彼の竜体化した姿は、大型の火竜でした。アニメやゲームで出てくる定番の竜なので、大体の予想はつくと思います。ホントに、そのまんまです。
しかし、現在の彼の髪と瞳の色は、以前よりも赤みが薄く茶色掛かっています。ちなみに、彼の消えてしまった二本の角は、鮮やかなオレンジ色でした。




