第百三十三話 とんでもない転移先
《人間の権力者ってのは、高い所が好きなんだよな?》
『あ〜、そうですねー』
眼下の人々をゴミのようだと言ってたどこかの大佐もいたしなぁ⋯⋯権力者が高い場所を好むのは、間違いないだろう。
《だったら、絶対、あそこだよな!》
カガリス様の視線の先には、厳重な警備がされている階段があった。わかりやすっ!
《フフン!》
アチラからはコチラの姿が見えないので、カガリス様は堂々と階段のど真ん中を通った。
おそらく、セキュリティ用の魔導器も稼働していたハズだが、カガリス様の神力には反応していなかった。きっと、魔力のみの感知仕様なのだろう。
長い階段を上りきると、さらに豪奢な内装の階へと出た。通路には何人かの警備兵がおり、それらの巡回コースから当たりをつけたカガリス様は、西側の通路へと進んだ。
『あ。多分、あの部屋ですね!』
金細工の華やかな装飾が施されている大きな扉を見た瞬間、ラスボス──もとい、大統領の政務室だと察した。それに、ガッシリとした体格の警備兵が二人、扉の両側にいるもんね。絶対、ここだ!
《よし、行くぞ!》
『あの、でも⋯⋯扉が開いてませんけど?』
姿が見えないとはいえ、扉が勝手に開いたら、さすがに両側の警備兵たちも異変を感じるだろう。
《開くさ》
『?』
オレっちが首を傾げた瞬間、左右の警備兵が動いて、ゆっくりと扉を押し開けた。
《ククク。奴らには、俺が大統領に見えてるのさ》
『暗示ですか。これまたアッサリと掛かりましたね⋯⋯』
《人間だからな。ここの階の兵は他よりも魔力量が多いが、それはあくまでも人間の群れの中の話であって、加護種には遠く及ばねぇ》
この人たち、魔力量だけじゃなく大統領に対する忠誠心も厚いんだろうけど、カガリス様のチート能力の前では、その忠誠心も木っ端微塵だな。
《!?》
アレっ!?
扉の向こう──大統領の執務室には、誰もいなかった。
あるのは、大獣国のセフィドラの木で作られたと思われる大きな机と椅子、そして、緋色のソファーだけ──大統領、どこ行ったの!?
「おい、大統領とやらはどこにいる!?」
カガリス様が、虚ろな表情をした警備兵たちに向かって叫んだ。
「⋯⋯大統領はここに⋯⋯いえ、上の飛行所⋯⋯」
「そうです。屋上の⋯飛行所に⋯⋯」
《チッ!そういえば、どこかに行くとか言ってたな!》
『え~と⋯⋯パールアリアの北西でしたっけ?』
《どこでもいいが、ステータスだけは視せてもらう!跳ぶぞっ!》
『キュッ!?』
オレっちの返事を待つまでもなく、カガリス様は転移した。
転移した大統領府の屋上は、大きな建物の上だけあって、とにかく広かった。その中央に、大統領専用だと思われる大型の鳥浮舟が見える。
『⋯⋯あれっ?鳥魔獣じゃない!?うわッ、でっか!!』
飛行所だというのに鳥魔獣の姿はなく、代わりにいたのは、恐ろしい程の巨体を持つ二匹の変異魔獣だった。
姿は獏に似ているが、鼻が象のように長く、肩や背から生えた翼が六枚もあった。黒い翼は、陽光に照らされて青や緑⋯紫色にも見える。鴉と同じ、構造色ってやつか。
でも、こんな変異魔獣なんていたっけ?ヌーエのようなよく知られたメジャー系じゃなくて、どマイナー系?
いや、そんな事より──
《よし、アイツだな!距離はあるがステータスを──》
カガリス様が、鳥浮舟に乗り込もうとする集団の中心にいた大統領のステータスを視ようとした。
《ん!?》
カガリス様の視線を邪魔するかのように、突然、黒いフードで顔を隠した長身の人間が、大統領の背後に立ち、その姿を隠してしまった。
フードを深く被っているので顔や視線は見えないが、カガリス様から見て真正面の位置に来たということは、見えないハズのカガリス様の姿が視えてるってことで──
そう思った瞬間、パァンとカガリス様が何かに弾き跳ばされた。
視覚と聴覚のみのオレっちにはダメージが無いが、カガリス様の視界が反転する。
《この神力は──まさか!何でアイツが⋯!!》
こんなに動揺したカガリス様、初めてじゃない!?それに、この感情──驚きと⋯⋯え~と何だろう⋯⋯ちょっとビビってる感じ?
えっ!?チートな神様が、コイツを怖いと思ってんの!?
《やべぇ!!アイツ用の対策なんぞしてなかった!!──逃げるぞ!!!》
『キュ!??』
秒で撤退を決めたカガリス様に理由を問う間もなく、視界が変わった。転移だ。
◇◇◇◇◇
《マズイことになった!早急に上へ報告しねぇと⋯⋯俺は、本体に戻る。しばらく戻れねーから、オメーはどっかに隠れとけ!!》
『待って下さいよ!!ここ、どこなんですか!?』
《適当に⋯跳んだ⋯から⋯⋯わか⋯》
あ。声が小さくなって、気配が完全に消えちゃった。
どうしよう⋯⋯ここってどこなんだろう?草だらけで、ウルドラシルみたいな巨木もないし⋯⋯せめて小獣国内の町中だったら、場所を把握できたのに。
ここに居ても仕方ないので、獣道さえない雑草だらけの場所を適当に進む。たとえここが山の中だとしても、陽が高くまだ明るいので、魔獣たちも少ないハズ──
「⋯⋯で」「⋯⋯だよなぁ」
キュ⋯?人の話し声!?やった!助けても〜らおうっと!
「あの!」
背丈よりも高い草の茂みから飛び出すと、少し離れた廃墟のような場所に、人間の男たちが二人いた。二人共、ものスゴ〜く驚いた顔をしてる。
あっ!変身が解けたから、元の姿──カリスに戻っちゃったんだ!でも、ここがどこだかわかんないけど、小獣人ってそんなに珍しくもないでしょ?
「お、おい!商品が外に出てるぞ!?」
「どうやって逃げたんだ、コイツ!?」
はあ!?商品?逃げた!?──まさか!?
そのまさかの闇組織の連中だったらしい。あっさり捕まり、薄暗い建物の中にポイッと放り込まれた。
カガリス様、なんちゅーとこに転移してんねん!!いくら焦ってても、コレはないやろ!?⋯って、それはともかく、何でもいいから早く戻ってきてよー!!シクシクシク。
「⋯⋯大丈夫?」
「キュ!?」
暗くてわかりにくかったけど、よく見たら、数人の獣人たちがいた。大獣人と小獣人の子供たちだ。きっと、奴らが『商品』って言ってた子たちだな。
4、5歳から13歳ぐらいまでの子たちが、5、6──オレっちを入れると7人か。
「キミたち、誘拐されたの?」
「⋯⋯いろいろだよ。僕は拐われてきたけど、コイツは親戚に売られたらしいし」
この中では最年長っぽい見た目の熊獣人の男の子が、隣の獅子獣人の子を見た。
「父ちゃんと母ちゃんが事故で死んだ後、叔父さんに引き取られたんだけど⋯⋯借金があったみたいで、それで⋯⋯」
クソだな、そいつ!!
「私は、友達と遊びに行った先で拐われたの⋯⋯」
カモシカ獣人とシマウマ獣人の女の子たちが、身を寄せ合って冷たい石床の上に座っていた。
他にも犬獣人と猫獣人の子供が──ん?あの壁の隅の大きな黒い塊は──暗くてよく見えないな。
「うっ⋯クッ⋯!ハァ、ハァ⋯⋯」
少し近づくと、苦しげな声と荒い息が聴こえた。
──人間の男だ。かなり大柄な⋯⋯アレ?アレレ!?この人って、まさか元竜人の──第一世代のダンガリオさん!?
☆ 補足 ☆
捕まっている熊獣人の子供は、まだ8歳です。大獣人、つまり大柄の加護種なので、体が小獣人よりも大きいのです。故に、この中では11歳のタロスが、一番の年長さんです。




