第十三話 いざ旅へ──飛行史書いろいろ
「でけ〜!翼が四枚もある〜!」
「大きいね〜!大きな翼と小さな翼が〜別々に動いてるよ〜。器用だね〜!」
「脚、太ぇ〜!」
「太いね〜!僕たちの腕じゃ〜周りきらないよ〜」
「触りてぇ〜!」
姿は雁に似たむっちりボディ、しかし、頭部から胸元までがピンク、腹と背と翼が白、下半身が緑という、雁と似て非なる三色団子鳥魔獣を見上げながら、オレっちとエイベルは、はしゃいでいた。
「ハイハイ。確かに体は大きいけど、鳥魔獣は臆病でとてもデリケートな魔獣なんだ。だから、触っちゃダメだよ」
飛行所の係員の馬獣人のお兄さんが、騒ぐオレっちたちに注意を促す。
ウルドラへと旅立つ日、執事さんが御者になって魔牛車でオレっちとエイベルを、近くの飛行所まで送ってくれた。
意外なことに、マルガナではウルドラ行きの直行便は出ていない。
理由はウルドラシルだ。この巨大な木が生えていない広大で拓けた平地は、マルガナにはない。どんなに大きな施設でも、必ずウルドラシルとセットなのだ。
実際、この飛行所の敷地もそう広くはないし、建物も大きくない。まあここは、小獣国内専用の短距離飛行所なので審査は必要ないし、チケット売り場と係員の控室、乗客の待機所と鳥魔獣の調教師兼世話係がいる魔獣舎さえあれば十分なのだろう。
「あと30分ぐらいで飛び立つから、中に入って待っててね!」
芦毛の馬兄さんが、見事な歯並びの口元を開けて爽やかに言い放つ。
大人しくしててね!ってことですな。初めてづくしで、つい、はしゃいでしまった。ゴメンね。
機内──じゃなく、浮いた船内で、エイベルや他の乗客たちと、飛び立つ瞬間を待つ。小型だが、乗組員を含めると50人は乗船していた。
座席が大人用サイズで大きかったので、尻尾穴に尻尾を通した後、背中に背負ったリュックをクッション代わりにして、その体勢のまま、記念用に買った飛行史書を読んでみた。
ふむふむ、なるほど。この浮遊魔導器付き旅客機は、『鳥浮船』と呼ばれているのか。
『航空船の歴史は、統一国時代、海鮮物や海洋資源を大陸中央にあった第一首都に輸送するために竜体化した竜人が、海に浮かぶ船ごと運んだことから始まりました』
⋯⋯竜人って、もしかして大雑把な加護種なの?それとも単なる効率重視?
『それ以前は神話時代からの転移輸送が主体でしたが、古き神々が去りし後、膨大な魔力を消費するこれらは、次々と使用できなくなっていました。しかし、飛行できる竜人たちの登場により空の大規模輸送が可能となり、前記の通り、船ごと、あるいは荷車ごとの移動が盛んとなったのです。やがて、飛行できない加護種たちのために移動用の船も作られ、それらは観光用も兼ねるようになりました。後に様々な形状の航空機が作られましたが、現在でも好まれるのは古来よりの形状です』
定番ってやつですか。
挿し絵には箱型だったり円盤型だったり、鳥籠そのものだったりしている型もあった。
『やがて統一国が〈海の呪い〉により瓦解し、竜人たちが沿岸部より姿を消すと、それまで一部の地方商人が使っていた鳥魔獣による輸送が主流となり、今日の『鳥浮船』となったのです』
へー、輸送用の鳥魔獣って、昔はマイナーだったんだ。地方商人か──多分、航空事業は竜人に牛耳られていただろうから、小規模な空輸送でひっそりと商売してたんだろうな。
◇◇◇◇◇
「あー、あー、乗客の皆様ぁ!」
客室乗務員のオウム獣人のオバハン──じゃなくて、マダムが、拡声魔法で皆の注意を引く。
「あと20分ほどでぇ、当鳥浮船は、出発致しますぅ!初めての方もいらっしゃると思いますのでぇ、今一度ご説明させて頂きますぅ!まず、安全面から──この浮船は大型浮遊魔導器付きのためぇ、万が一、鳥魔獣から切り離されたとしてもぉ、落下することはありません〜。ですがぁ、移動することはできませんのでぇ、自力で飛べない乗客の皆様にはぁ、この魔法具をお貸し致しますぅ!」
「⋯⋯なあ、エイベル。コレって傘だよな?」
「うん。傘だね〜」
順番に手渡された魔法具の見た目は、普通の雨傘にしか見えなかった。
飛べないオレっちは青い傘をもらったが、自力で飛べるエイベルには、傘は配布されなかった。ちなみに、大柄な体格の獣人には、やはり大きなサイズのものが渡されていた。
「コレは降下用の魔法具でぇ、使い方は簡単!パッと開くだけでぇ、ゆっくりと降りていくことができるんですよぉ!ただ操作移動はできないのでぇ、風魔法を行使できる方は魔法で。飛行できる方は風魔法が使えない方のお手伝いをしてあげて下さいねぇ!」
まさかの客任せだった。
「さて次は、移動中に関してですがぁ、与圧に対しての重減魔導器や酸素濃度を調整する魔導器がありますのでぇ、いつでも甲板に出られますぅ!ですがぁ、転落に関しては不安がありますのでぇ、固定してある手すりなどに掴まるかぁ、傘魔道具を持ち歩くかぁ、自前の翼で飛ぶなどの対策をしてぇ、自己責任でお願い致しますねぇ!」
そーいや、乗船前に記入した書類にもやたらに『自己責任的』の文字が多かったな。
前世とは違い、この世界には様々な加護種たちがいる。そのせいか、予想できない事故も多い。
ただ、自分たちはそういうものだという自覚があるから、訴訟など起こす者はほぼいない。しかし、時折、無加護である人間たちの一部が、賠償金目当ての訴訟を起こすことがあるらしい。航空史書によると、一時期人間の国の観光客が多かった時代があって、その対策として書類に明記してあるのだとか。
「大型船専用の飛行所まで約一時間ほど掛かりますぅ!その間、どうぞ空の旅をお楽しみ下さいぃ!」
少し底が浮き上がった鳥浮船の左右に三羽ずつ、計六羽の雁鳥魔獣が、四枚の白い翼を広げ、真上へと飛ぶ。オレっちとエイベルは、甲板に出て、出発するその瞬間を見ていた。
雁鳥魔獣が上空でホバリングすると、彼らの茶色の脚下に魔法印が浮かび、鳥浮船の甲板の上にある六つの球体が青く光った。魔法牽引だ。
やがて、雲一つない快晴の空へと、鳥浮船が浮かび上がった──。
「風が気持ちいいね〜」
「そうだな。ここなら冷却魔法具もいらねーから、久々にブア毛から解放されたぜ」
傘は手放せねーけどな。
快晴なのに傘持ちのオレっち。エイベルがいるから転落の脅威はさほど感じないが、何事も『備えあれば憂いなし』だ。
出発して30分──鳥魔獣は、全魔獣に共通する特性として圧倒的なスタミナを誇る。この雁鳥魔獣もノンストップで半日以上も飛行できるそうだが、長距離には使われず、もっぱら短距離で国内移動ばかりしているという。長距離にはもっと大きな鳥魔獣が優先されるらしいので、次は違う鳥魔獣なんだろうな。楽しみ〜。
さて、前世の飛行機とは違い、高度は三千から四千メートルほどと低め。
酸素濃度を調整する魔導器が稼働しているおかげで息苦しさもないし、めっちゃ快適。魔法バンザイ──と言いたいところだが、この鳥浮船、前世の化石燃料と同じで、消費魔力がハンパ無いの。
特に底を宙に浮かせる大型風魔導器。だから飛行代もお高めなんだけど、オレっちは子供扱いだから大人の半額で済んだ。エイベルは魔法が使えるから成人手前金額で三分の二。ちなみにエイベルは、オレっちの保護者って事になっている。就学前なのにおかしくねぇ?って首を傾げるよね?
解りやすく説明すっと、魔法やスキルが使えるってことは、戦闘用装備一式を持ってんのと同じことなんだ。
自分の身を自分で守る事ができるけど、反対に他者を攻撃する事もできる。だから体は子供でも、魔法持ちは責任があるんだぞ⋯って認識を持たせる意味で、半大人認定されるんだと。
料金はともかく、やっぱ魔法が使えるっていいよな〜。できる事が格段に増えるもんな〜。
☆ 補足 ☆
飛行所=空港、飛行場です。
この世界、竜人や鳥獣人がいるため、大小様々な発着場、ヘリポート的な物も含め、全て『飛行所』と呼ばれています。




